第85話「ツープラトン」



 レイさんの選んだ戦い方は一言で説明するのならば、「すべてを叩き落す」だ。

 彼女の〈神腕〉の力はわかっている。

 軽く撫でただけで人間サイズの〈口裂け女〉を何回転もさせてぶっ飛ばすぐらいの破壊力を備えているのだ。

 それは身体の大きな妖怪相手でも変わらない。

 あの巨体の〈うわん〉さえものともしないのだから。

〈手長〉の長いかいなを潜り抜けるのではなく、片っ端から掌をあてて弾き返し、叩き落し、そしてリズムを作らせない。

 妖怪には基本的にフェイントやタイミングを変化させるという戦術はなく、ほとんど力任せの攻撃に終始するのが普通だ。

 この〈手長〉〈足長〉でさえも同じ。

 いつまでも当たらない攻撃に焦れて、今度は〈足長〉の長い脚で蹴りを放ってきた。


「無駄だぜ」


 足の力は手の三倍というのが常識だが、〈足長〉の場合も一緒だろう。

 とはいえ、当たらなければ意味はなく、これも軽々とレイさんに食い止められる。

 かつて御子内さんの怒涛のラッシュさえも躱しきったレイさんにとって、コンパスが長すぎて軌道が読みやすい蹴りなんてどうということはないのだ。

 この時点で、リングの上の半分を占領しているように見える二匹の妖怪に対して、ほぼ確実に優位に立っているのは紛れもなく〈神腕〉の巫女であった。


「おい、これからどうするつもりだ? お手て振り回して終わりなのかよ」


 レイさんの挑発に対して、〈手長〉〈足長〉は変化をもって応えた。

〈手長〉が仲間の肩から飛び降りたのだ。

 分離、といっていいのかはわからないが、二匹で一体の妖怪が、それぞれに別れて同時に襲い掛かることに決めたようだった。

 ともに信じ難いリーチを誇る妖怪と対峙しながらも、巫女レスラーは怯まない。

 むしろ楽しそうでさえあった。


「レイさん、余裕っぽいね」

「アルっちみたいな戦闘狂バトルジャンキーと友達をしているとね……。危険が癖になるから」

「ああ、なるほど」


 ここで同意してしまうと後で何か言われそうだけど、事実だから仕方がないか。


「そこ! うるさい!」


 地獄耳だったらしい、御子内さんが眦を吊り上げて、指さしてきた。

 本人も多少は気にしているんだろうね。


『人間め!』

『人間め!』


 二匹は連動して攻めたててきた。

 蹴りつけてくる〈足長〉と孤を描く手の先の爪で切り裂こうとする〈手長〉。

 やはりコンビネーションは抜群だ。

 両方の長い四肢がまったく絡み合いもぶつかり合いもしないというのはかなり奇跡的な確率のようだが、逆にいえば当たらないようにしているため読みやすいともいえる。

 円を描きながら丸く動く。

 その小さな円と二つの円がまるで螺旋を作る。


「そろそろかな」


 攻撃がまったく当たらず、ついに妖怪たちはキレた。

〈手長〉の双掌打が飛んできて、その下にレイさんが潜り込んだ。

 そのまま背中を向けて腕を担いで、背負い投げ一閃。

 妖怪はこらえきれずに投げ捨てられた。

 ここで初めて妖怪たちはマットを舐めることになった。

 四肢が長いということは倒れてしまうととたんに不利になる。

 バランスが悪すぎるのだ。

 仲間がピンチになったかもしれないと考えた〈足長〉が動く。

 だが、悪辣にもそれを狙っていたものがいた。

 いつのまにかコーナーポストの上に、威風堂々と腕組みをして立ち上がった巫女が一人。

さっきまで黙っていたのはもしかしてこのためか。


「だっしゃあああ!!」


 迫りくる〈足長〉目掛けて超高度からのミサイルドロップ・キックが炸裂する!

〈手長〉に加勢しようとする〈足長〉を足止めした。

 その間にレイさんが〈手長〉を肩で持ち上げて、ブレーンバスターの体勢に移行する。

 なんと妖怪を持ち上げたまま、静止する。


「たあ!」


 再び、御子内さんが跳ぶ。

 今度は〈手長〉の胴体にドロップキックを放ち、その勢いを利用してレイさんがブレーンバスター―――脳天砕きを敢行した。

 立っている相手の正面に立ち、相手を前屈みにさせて相手の頭部を自分の腋に抱え込み、もう片方の腕で相手の腰を掴み、相手の身体が逆さまになるように真上に持ち上げる。

 ここから自ら後ろに倒れこみ、相手の背面をマットに叩きつけるのだが、御子内さんのキックの威力もプラスされて凄まじいダメージとなるだろう。

 二人分の体重をかけられて落下する〈手長〉。

 ダダーンとマットが音を大きな立てる。

 巫女レスラーたちの見事な連動だった。

 二匹の妖怪に勝るとも劣らない。


「次だ、或子!」

「おう!」


 或子さんが〈手長〉の後ろに回り込み、腰を掴んだ。

 背後から〈手長〉の腋下に頭を入れ、両腕で相手の腰に腕を回してクラッチしたまま持ち上げると、自ら後方に反り返るようにブリッジして、相手の肩から後頭部にダメージを与えるバックドロップの体勢だった。

 プロレスでの象徴的な投げ技でもある。

 さらにその反対側にレイさんも回り込んでいた。

 そのまま二人の力でダブルでバックドロップを放つ気なのだ。


「せいやっ!!」


 腕が長いせいで肘を使って逃げることもできず、頭から叩きつけられた〈手長〉がマットに顔を伏せる。

 かなり効いているようだ。

 それでも、まだまだ巫女レスラーたちの猛攻は続く。

 

「タッチしなくてもいいの!?」

「ツープラトンに入ったら、そのまま一気呵成に仕留めにかかるのが定石」


 つまり、二人がかりとなったらそのまま休むことなく攻めたてろということか。

 ……なんかルール違反な気もするけど。


『人間っ!』


 ようやっと〈足長〉が戦線に復帰する。

 だが、もう遅い。

 荒れ狂う暴風と化した御子内さんたちを止められるはずがない。

 御子内さんの奇襲のカニバサミが長い脚を挟み込んで引き倒すと、レイさんの掌打が上下に張り飛ばす。

 速い、あまりに速い。

 まさに疾風怒濤のコンビネーションアタック。

〈手長〉も〈足長〉もともに立ち上がることすら覚束なくなっている。

 ただ、それでも相手は妖怪。

 かつては神仙でもあったという巨人種。

 咆哮とともに武器の四肢を振るう。

 しかし、巫女レスラーたちにはもう完全に見切られていた。

 御子内さんの鉄山靠てつざんこうが〈足長〉を吹き飛ばし、仲間を護ろうとした〈手長〉の肩を掴んだレイさんが同士撃ちを目論見、そのまま二匹はマット中央で激突する。

 妖怪特有の秘儀すら発する暇もないようだ。

 そして、二匹がぶつかり合うことで一体に戻った瞬間を狙っていたのか、妖怪を挟みこむような位置をとっていた巫女レスラーが同時にマットを蹴る。


「クロスボンバー!!」


 サンドイッチに挟み込む、アックスボンバーとラリアートの二重奏。

 タイミングがずれれば意味のない必殺のツープラトンだった。

 しかし、同じ釜の飯を食ってきた八極拳と劈掛掌ひかしょうの使い手にとって奇跡を起こすことは容易いことだ。

 首を狩られた妖怪たちはがくりと膝から崩れ落ちた。

 そのまま、レイさんが〈足長〉を、御子内さんが〈手長〉の首を掴んでマットに引き倒し、その両肩をつけた。

 フォールの姿勢だった。

 

 ワン

 

 フォールを解こうと暴れる〈手長〉を御子内さんは決して離さない。


 トゥ


〈足長〉がバタバタと脚を動かしてもレイさんはビクともしない。


 スリー


 どこからともなくカウントが流れ、唾を飲む瞬間が過ぎたのち、再びカンカンカンとゴングが鳴り響いた。

 そして、二匹の妖怪は消えていく。

 消滅―――いや封印されたのか。

 この海岸で暴れ回った妖怪たちの最期だった。


「よっしゃああああ!!」

「うっしゃああ!」


 二人の巫女レスラーがハイタッチを交した。

 さすがは親友同士だ。

 息がピッタリといったらこれほどのものはない。

 リング上には勝利の雄たけび(女の子だけどね)が響いた。


「やったね!」


 隣の音子さんとハイタッチをしようと手をあげたら、


「やった、京いっちゃん!!」


 首っ玉に抱き付かれた。

 いい匂いが鼻孔に入ってくる。

 女の子は砂糖とスパイスと素敵な何かでできているというけど、甘い香りを放つケーキみたいなものだと実感できた。

 僕も思わず腰に手を回しそうになったが、嫌な予感がしたので視線をずらす。

 すると、僕らを睨んでいる鬼が二人いた。


「―――京一」

「―――音子、てめえ」


 なんだかよくわからないけれど、〈手長〉と〈足長〉以上の脅威が間近に迫っているということも、僕は実感していた。





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