ー第6試合 巫女乱舞ー

第36話「都市伝説の中の伝説」



 ショーミん@little_apple_tea1011 :ねえ、みんな知ってる? 松戸の噂


 ♡あきこ×シンジ♡@akikooooooo : @little_apple_tea1011 なにをよ


 あゐち@aibakun_love : @little_apple_tea1011 @akikooooooo 松戸ってあんたの地元じゃん


 ショーミん@little_apple_tea1011 : @akikooooooo @aibakun_love  噂っていうかあたしが見ちゃったんだけどね!!!!!!!


 ♡あきこ×シンジ♡@akikooooooo : @little_apple_tea1011 ウゼ さっさとイエ あたしはヒマじゃねーの


 あゐち@aibakun_love : @akikooooooo @little_apple_tea1011 あきと同意 アラシにしやがれ観るからハヨせい


 ショーミん@little_apple_tea1011 : @akikooooooo @aibakun_love …………………………………………口裂け女


 あゐち@aibakun_love : @akikooooooo @little_apple_tea1011 はああああああああああああああああああああ?!!!?


 アホかい!!!


 クロサキダダ@mikazon : @little_apple_tea1011 今、口裂け女っていいましたあ!!


 ♡あきこ×シンジ♡@akikooooooo : @little_apple_tea1011 寝ていい? アホか


 ショーミん@little_apple_tea1011 : @akikooooooo @aibakun_love @mikazon マジヨマジマジ!! 口裂け女が松戸に出たんよ 超ショーゲキスーパーニュースだんべ!!!


 あゐち@aibakun_love : @akikooooooo @little_apple_tea1011 あたしも寝るお休み


 クロサキダダ@mikazon : @little_apple_tea1011 とりあえずRT


 ♡あきこ×シンジ♡@akikooooooo : @mikazon あいてすんな


 クロサキダダ@mikazon : @akikooooooo 明日学校でバカにする( ..)φメモメモ RTでどこまでショーミの寝言が拡散するか見てえwwwwwwwww


 ♡あきこ×シンジ♡@akikooooooo : @mikazon しょーもな ツイよごしでしかねえよ


 クロサキダダ@mikazon : @akikooooooo だな



      ◇◆◇



 ……友人のアホな呟きをリツイートしてから、クロサキダダこと黒嵜奈々枝くろさきななえはすぐに別にフォロワーに絡んだ。

 タイムライン上では、まだショーミんが口裂け女云々を呟いているが、あまりにしつこいので飽きてくる。

 もともと、霊感が強いということを売り物にコミュニケーションをとる女だったが、こういうおかしなことをツイートするタイプではなかった。

 だが、面白おかしいやりとりをするだけならばともかく、こういうオカルトっぽい内容はうちらには合わない。

 一応友達ではあるし、別にブロックするほどのことではないけれど、しばらくはミュートしてしまうか。

 奈々枝はショーミんのアカウントを見えないように―――ミュート設定にした。

 これでしばらく頭のおかしい呟きを見ないでツイッターが楽しめるというものだ。


「口裂け女ねえ」


 思わず嘲笑してしまった。

 今どきの女子高生のネタではない。

 なにがあったらそんなかび臭いものを引っ張り出してこられるのか。


「バっカじゃねーの」


 土曜日の真夜中近く。

 予備校から家までの道のりの数十分をツイッターに費やすのが、奈々枝の数少ない楽しみの一つであった。

 時間が経てば流されて消えていくつまんない呟きに時間を掛けている暇はない。

 リツイートしておいたし、別にすぐに意識から消してしまっても構わないだろう。

 もっと面白い話題が世の中にはいっぱいあるのだから、


「おお、トレンドに嵐きてんじゃん。くー、生で観たかったぁ」


 電柱についた電灯しかない夜道で新着ツイートを漁りながら歩いていたとき、ふと気がつくと一人の女性が隅に立っているのが見えた。

 もう五月だが曇りの多い季節ということもあり、やや肌寒いとはいっても、彼女のように厚手のコートを着ているのはさすがに奇妙だった。

 しかも肩までのワンレンの髪型は随分古臭い。

 俯いているからか顔はわからないが、遠目でもどこか異常を感じさせる女性だった。

 すぐわきを通り抜けるのも遠慮したいところだ。

 ただし、奈々枝の家に帰るためにはあの女性の前を通らなければならず、遠回りするとしたら十分は余計にかかってしまう。

 諦めて奈々枝は歩き出した。

 いやだいやだと思いながら。

 そして、その予感は的中した。

 すぐ目の前に行った時、女が話しかけてきたのだ。


「ねえ、お嬢さん」


 無視しようかと思ったが、返事をしないで逆ギレされるのもいやだという理由でしぶしぶ応じた。


「なんでしょうか」

「……一つ、聞いていいかしら」


 傍に近寄って初めて女が風邪をひいているのかとても大きなマスクをしているのがわかった。

 顔のパーツで見えるのは目と眉だけ。

 しかも、その眼でさえギラギラとしていて、とてもまともな人間ではない。

 マスク越しのくぐもった声も聞き取りにくかった。


「何を……ですか?」


 女がニヤリと……笑った気がした。

 マスクのせいで表情はわからないが、なんとなくそう感じた。


「ちょっと見てくれないかしら」


 そういうと、女はゆっくりとマスクを外した。

 奈々枝は逃げればよかったと後悔する。

 ゾクリと背中が凍えた。

 恐怖の脂汗が瞬時に噴き出る。

 

「ああ―――ああああああ!」


 女の口は耳まで、

 


 そして、女は化け物めいた大口を歪め、口腔内のサメに似た犬歯の羅列を見せつけて、


?


 と訊いてきたのである……。



       ◇◆◇



 僕は疲れた肩をさすりながら、帰路についていた。

 ついさっきまで力仕事をしていたのだからかなり体力がなくなっていた。

 とはいえ、実際に疲労を感じさせられたのは、一緒にトラックに乗っていた運転手についてなのだけど。

 休日を利用して、高校生でもできるという引っ越しのアルバイトをやることにし、僕は助手となって三つの現場で働いた。

 体格としての線は細いけれど、ある事情から格闘技用のリングの設営で慣れているせいもあり、力仕事には問題はない。

 重い荷物を持っての階段の上り下りだって苦痛と呼べるほどではない。

 だが、人間関係で小さな失敗をしてしまった。

 これまでこういう助手の仕事をしたときは、運転手と会話をしたりして、なんとか雰囲気をよくしようと努めたり、一回やって手順を覚えたら気を利かして先回りをして動くようにしていた。

 ほとんどの運転手さんとはそれでやってこれた。

 だが、そういう行動のことを嫌がる層というのは一定数いるものだ。

 つまり、アルバイトは黙っていうことをきいて労働力としてだけ動けばいい、会話を求めたり頭を使うのはプロにとっての越権だと認識しているタイプが。

 その手の人にとっては同僚だけが仲間であり、バイトというのはロボットであればいいのである。

 僕はその辺の見極めを間違えてしまった。

 最初のフレンドリーさを勘違いしてしまい、少し踏み込みすぎたのだ。

 その運転手は、次第に僕のことを「生意気なやつ」と判断するようになり、最後のあたりで爆発した。

 おまえは運ぶことしかしなくていいんだ、仕事出来ねえんだから、俺たちをバカにすんなよ、と説教が始まった。

 車内という密室の中での二人きりの状態では反論することもできず、フルボッコのまま、「もういいから、降りろよ」ということまで言われてしまう。

 何度も世話になったバイト先なので止める訳にもいかず、僕は頭を下げまくってなんとか終わった。

 酷いストレスだった。

 僕って実は精神的に弱かったんだな、と食欲がなくなるぐらいに。

 

「……ああ、もうあそこのバイトしたくないな」


 また、あの運転手とあたったらと考えると憂鬱になる。

 最寄りの駅に降りて歩いて帰ろうとか思っていたら、前から声をかけられた。

 聞き覚えのある、というか聞きたいと願っていた朗らかな声だった。


「京一、そろそろ帰ってくると思っていたよ」


 紅白の巫女装束とロングブーツ、革のアームバンドが勇ましい美少女が駅前のベンチに腰掛けて待っていた。

 どういうわけか、珍しくズタ袋のような大きな鞄を持っている。


「どうしたんだい、しょぼくれた顔をして。そんなため息しかでなさそうな様子をしていたら、福の神でさえも跨いでいってしまうよ」

「……僕を待っていてくれたの?」

「ああ、そうさ。どうしてもキミが必要な案件があってね。迎えに来たんだ」


 僕が必要?

 今の僕にとっては何よりも嬉しい言葉だった。

 ついさっきまで自分の情けなさを実感していたところだったのでなおさら。


「〈護摩台〉を設営しなくてはならないの?」

「いや、違う」


 御子内さんの助手として散々〈護摩台リング〉を設営して経験から、僕の必要性と言えばそれだと思っていたのだが、彼女はかぶりを振った。


「今回の妖怪退治には〈護摩台〉はいらないんだ。だいたい退魔巫女が一発殴れば消えてしまう程度の妖怪だからね」

「……じゃあ、どうして僕が?」

「レイからの要請なんだよ。『或子の助手を連れて来い』ってね」


 ―――明王殿レイというのは、御子内さんの同期の退魔巫女だ。

 この間、ちょっとした事件で彼女と知り合ったけれど、レイさんに呼び出されるような覚えは僕にはない。


「なんで、僕を?」

「うーん、それはボクも不思議だったんだけど、京一があのときの〈うわん〉の謎を解いたことが原因じゃないか。ああいう謎解きみたいなことはボクら退魔巫女には難しいことだし、あいつも感心していたようだからね」

「なるほど……今度の御子内さんの相手はちょっと普通じゃないということか」


 単純な武力の問題ならば、御子内さんレベルの猛者ならばどんな敵とだってやりあえるだろうが、そこに妖怪特有の神秘が絡んでくると厄介なことになるというのはわかっていた。

 特に、現代になってからは妖怪の存在や意義というものも急速に変容し、かつてのやり方では対処できなくなっているそうだ。

 若い退魔巫女にはそういう意味での研鑽も求められているらしい。

 御子内さんは今どきの女子高生とは思えないほどハイテクに弱く、未だにメールは苦手だし、その他のSNSもまったくわかっていないが、それではこれから先の妖怪退治はできないだろう。

 だから、そういう面での彼女のサポートをすることが僕の仕事の一つだ。

 御子内さんがツイッターだとかフェイスブックをやったとしたら、きっと色々と炎上するだろう路線に進むことは想像に難くないし。


「いいよ。じゃあ、明日、何時に集合する」


 僕が予定帳を取り出すと、腕をガッシと掴まれた。

 ちょっと困るよ、ペンで書きづらいじゃないか。


「今すぐ行くよ」

「へっ?」

「今日はボクと一緒にオールナイトだよ、京一。夜明けのコーヒーを一緒に飲もうじゃないか!」


 その言い回しの意味を理解しているのかいないのか、僕と腕を組んだまま、御子内さんは上機嫌で出てきたばかりの駅の改札へと向かおうとする。

 どうやら僕には拒否権はないらしい。


「しょうがないなあ」


 照れくさいので頭を掻きながら、僕はちょっと変則的な巫女装束の美少女と回れ右をするのであった……。


 

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