第28話「ある最期」
「……セルシオは、トヨタのレクサスから発売された高級車だ。だから、当時、多くのユーザーが購入した。もうバブルははじけていたけど、小金を持っている人たちはまだ残っていたからね」
僕は鬼哭啾啾といった感じで、打ち捨てられて無残なスクラップとなったセルシオを見ながら言った。
「高級車を買うユーザーにとっては、その車を所有しているということがステータスである必要がある。乗り心地とかはあまり関係ない。高級車のユーザーという肩書こそが大切なんだ。セルシオもそういう理由で買われた。だけど……」
「だけど?」
「海外のブランド―――ベンツとかと違って、トヨタの高級車には歴史がない。歴史がないから、少し古くなったら、型落ちしたら、すぐに買い替えられてしまう。このセルシオは初代の型だけど五年もしたら、二代目になり、さらに数年で三代目で外観も変わったら、元々セルシオに愛着のないユーザーはこぞって買い替えた。結果として―――」
〈付喪神〉となったセルシオはもう動かない。
「中古として市場に大量に流れ込んだ」
あいつはその中の一台だったのだろう。
「ベンツとかBMWの中古は値段が高い。中古でも所有していることで『外車のオーナー』としてのステータスが付随するからだ。だが、セルシオは国産なので高級車であったとしても中古だと簡単に手ごろな値段になってしまう。……そこで、安くなったセルシオを買いまくる層というのが現われた」
「売れたのなら、それでいいじゃないか」
「うん。セルシオの安定感と見た目の重厚感は型落ちしても高級車のイメージを保っている。それはある意味、威圧的でもある。乗っているだけで他のユーザーを威嚇できるということから、その手のイメージを求む層―――チンピラやゴロツキといった連中が手に入れたがり、改造したり、無茶な割り込みや追い越しを繰り返したりして、―――セルシオのイメージは地に堕ちた」
僕は近所のゴロツキのお兄さんのことを思い出した。
ああいう人がこぞって買えば、どんな高級車でもおかしな肩書がつく。
マーク2が暴走族専用とまで呼ばれたり、ハイエースが拉致誘拐のための車と揶揄されたり、そういう負の肩書だ。
「今、セルシオのイメージは最悪だ。安定したフロントデザインは悪い顔の見本と言われたりしてね。そして、そういうユーザーが飽きたら市場に流し、第三、第四の似たような客が購入していったりしてさらに悪くなる。大切に乗ろうなんてするものは減るだけだった。―――らしいよ。僕が知っている限り」
そして、あいつみたいに、
「セルシオに限った話ではないけど、そういう話はたくさんある。そうやって最後には心無い連中によってパーツだけ剥ぎ取られ、どこかの路上や空き地や山の中に捨てられた車は星の数ほどあるんだ。だから、あのセルシオも―――〈付喪神〉になったんじゃないかな」
「……どうしてそうわかるんだ」
「あいつが撥ねた人たちに、無職とか住所不定が何人もいたんだ。おそらく、元の所有者だったんだろう。そして、あいつを無残に扱った連中なんだよ」
「て、もしかして……」
「復讐。―――だったんじゃないかな。だから、音子さんは次に狙われる相手が特定できた」
「……うん」
音子さんが頷く。
ポケットから折りたたまれたコピーを取り出した。
それは陸運局にあるだろう、あのセルシオの登録記録だった。
どうやって手に入れたのかはわからないが、今までの所有者の一覧が記されていて、その下から四つには赤線がひかれていた。
あのセルシオによってすでに重傷を負わせられた被害者たちなのだろう。
そして、名前は最期に一つだけ残っていた。
「狙われていたのは最初にあいつを購入した金持ち。さっき、パトカーが停まっていたのを見たよね。おそらく、あそこの住人で後継ぎ息子だったんだろう。これは僕の勝手な推測なんだけど」
「ああ、さっきの、アレかい?」
「警察はさすがに被害者の共通点に気がついた。多分、前歴を探せば、以前に同型のセルシオを所有していたことがわかったから、記録を遡ってみたんだろう。そしたら、逆の順でどんどん元の所有者が轢かれていることが判明し、用心―――というか事情を捜査するためにあの家に赴いたという経緯なんだと思う。実際、それは正解で、同じように目星をつけていた音子さんがセルシオをピンポイントで迎え撃つことができたのだから」
あとは御子内さんも知っている通りだ。
たった二十五年でこんなにボロボロになってしまった元高級車は〈付喪神〉となり、恨みを抱えていたのだろう、自分を捨てた持ち主たちを襲って回った。
結果、邪悪な怪異として正義の退魔巫女に退治されたのだ。
だが、本当に悪いのは誰だろう。
僕は考えずにはいられなかった。
車好きとして、もしかしたら自分たちもそこに含まれるのかもしれないと悩みながら。
「ねえ、京一」
「なんだい」
「あとで社務所に車を回してもらうよ。それであいつは回収する。放っておいたらまた〈付喪神〉になる可能性があるから、しかるべき場所に預けることにすべきと一言添えてね」
「……ありがとう」
御子内さんの優しさが心地よかった。
「じゃあ、あとは社務所に任せてご飯を食べに行こう。さっきのタクシーをまた呼んでさ。電話番号は聞いておいたんだ」
「そうだね。―――音子さんもどう」
「……シィ」
僕が音子さんに声をかけると、ちょっとだけ御子内さんが眼を眇める。
「音子は誘ってないんだけど」
「……アルっちの指図は受けない。あたしは朝から仕事していて、お腹がすきまくり」
「だったら、これを食べる? さっきハンマーのついでに買っておいたんだ」
差し出したのは、丸い蒸しパンだった。
味はともかく長く保存できるのが美点の。
ちょっと女の子の好みではないだろうが、八咫烏の話では籠城しているらしい音子さん用に買っておいたものだ。
しばらくはこれで我慢できるだろう。
だが、こんなものでも良かったらしく、
「グラシアス、京いっちゃん」
と頭を下げて受け取ってくれた。
しかも袋から取り出すと美味しそうに食べてくれた。
良かった。
「京一」
「何、御子内さん」
「キミは随分と音子に肩入れするね」
「そんなことはないよ。ボクは君の助手だからね」
と思ったら、上からバサバサと大きな羽ばたきの音がして、
『貴様ゴトキガ巫女ノ助手ヲ名乗ルナドオコガマシイワ!』
八咫烏がわりこんで抗議をしてきた。
さっきは仕方なく共闘してあげたけど、やっぱりどうしてもこの鳥類は好きになれないな。
御子内さんの助手は僕で十分であり、八咫烏はお呼びじゃないよ。
僕が身の程知らずの鳥類と言い合いを始めていると、
「……陽気な曲でも聞きながらご飯を食べよう」
音子さんが僕の服の裾を引っ張りながら言った。
もう蒸しパンは食べ終わったようだ。
「そうだね。そういう店があるといいよね」
「……また音子には甘い顔をする」
なんだか不機嫌なままの御子内さんをなだめながら、さっきタクシーを降りた場所へと歩き出した。
その時、僕は朽ちたセルシオがまた動きださないか、何度も振り向いてしまった。
また、あいつが襲い掛かって来るんじゃないかという恐怖があった訳じゃない。
ただ、もう一度だけでも、あいつが昔のように車として軽快に路上を走っていく姿が見たかったというだけであった……
参考・引用文献
「シリーズ藩物語 川越藩」 重田正夫 現代書館
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