第4話「御子内さんと僕」


八咫烏プロモーターに喚ばれて参上した。ボクの今回の対戦相手はいったいどんな妖怪なんだい?」


 朝っぱらから巫女さんに話しかけられるという、前代未聞の事態に対して、僕ができたことはそう多くない。

 とりあえず、誰何しただけだ。


「えっと、どちらさまで?」

「なんだ? わざわざ自分で喚び出しておいて、ボクが誰だかわからないなんていうんじゃないだろうね?」

「すいません、僕には巫女さんの知り合いはいなくて」

「……昨日、八咫烏に手紙を届けさせたのはキミだろうに? ボクはそれを受けてここまでやってきたんだけど」


 これでわかった。

 彼女は昨日の神主さんが言っていた八咫烏が喚んできてくれるという助けなのだ。

 よくわからないが、きっとゲゲゲの息子の妖怪ポストみたいなものなのだろう。

 すると、この巫女さんは目玉の息子ポジション?

 今まで考えたこともなかったけど、意外と世の中にはそういうものが存在して、人々がすがるべきものも用意されているのかもしれない。

 ただ、いわゆる退魔師っぽい職業の人が巫女装束ってのはありがちだけど。


「手紙を書いたのは僕です。すいません、あの手紙を読んで人がきてくれるなんて信じていなかったので」

「ふーん、そうなんだ。それにしてはきっちりと角が折られていて、筆者の必死な信心が伝わってきたけどね」

「それは多分神主さんのアドバイスがあったからです」

「わかった。ボクも喚びだされた相手に疑って掛かられるなんてことは、日常茶飯事だ。いつまでも気にしていては仕方ない、許してあげよう」

「ありがとうございます」


 すると、巫女さんは懐から何かを取り出して、僕に手渡してきた。

 四角い厚紙で、どう見ても名刺だった。


[退魔巫女 御子内或子みこないあるこ 携帯番号090-○○○○-○○○○]


 とだけ書いてある。

 どうやらこの巫女さんは御子内さんというらしい。

 しかし、巫女であるのかないのか、よくわからない名前だなあと思わず心の中でツッコミをいれてしまった。

 僕が名刺に気を取られている間、御子内さんはずっと僕の部屋の前を見つめていた。

 お祓いでもしてくれるのかと思っていたら、彼女はおもむろに地面を蹴って二階の窓に飛びつく。

 びっくりするほどのジャンプ力だった。

 オリンピック選手かなにかなのだろうか。

 それから、彼女は部屋の窓のあたりをじっくりと検分していた。

 あそこには僕の置いた盛り塩があるはずで、それを見ているのだろうか。

 御子内さんは降りるときも驚異の運動神経を見せて、そのまま音も立てずに着地する。

 手にはやっぱり黒くなった盛り塩が乗っていた。


「これは、キミが置いたのかい?」

「は、はい」

「多少の効果はあったようだ。撃退とまではいかないが、嫌がった様子が残っている」

「そうなんですか」

「ただ、それも今日一日ということだろう。魅入られたというキミの妹さんは今日のうちによその土地に逃がすしかないだろう。そのアテはあるかい?」


 手紙に書いておいたこと以外にも、御子内さんは色々と知っているみたいだった。

 あの巨大な女―――八尺様かどうかはわからないけど―――のことについても詳しいのだろうか。


「たぶん、親が説得できません。この土地では、あのお化けについては知られていなくて周囲の助けが得られそうにないから」

「……生命がかかっていても、か?」

「三日もらえれば絶対に僕がなんとかします、涼花の兄の僕が、絶対にあいつを助けます。でも、最低でも三日はかかると思うんです。親を説得して、車を用意して、逃げ出す先も決めて、支度もするとなると……。あいつも僕もただの未成年ですから。だけど、約束します。僕がなんとかしてみせます。その間、初対面の人にこんなことを言うのもなんだけど、あいつのことお願いできませんか?」


 御子内さんはふっと笑った。

 僕この時初めて、御子内さんがすっごく可愛い人であることに気がついた。

 目が大きくてくりっとしてて、鼻筋も整っていてバランスがよく、白い肌は透き通るようで、なにより全身にあふれる気品が眩しいほどだ。

 巫女装束がこれほど似合う人もそんなにいないと思う。

 ベストジーニストならぬ、ベストミコニストだ。


「なに、ここから逃げろというのはただの用心のためさ。ボクがここに来たからには、本来しなくていい行動だよ。あえて口にしたのは、キミの覚悟が知りたかったからだ。〈高女たかめ〉と戦うためにね」

「〈高女たかめ〉?」


 僕はその聞いたことのない単語をオウム返した。


「ああ、〈高女たかめ〉だ。八尺から九尺のタッパを持ち、白い着物を身に付け長い髪を持った、いとけなき童子を狙う女の姿をした怪異。今回、キミの妹を襲ったのはそいつだ」

「……八尺様ではないの?」

「それは最近のインターネットでの呼び名だな。〈高女〉は岩手をはじめとする東北中心に目撃例が見られる妖怪で、土地によって名前が異なっているんだ。まあ、キミがその呼び名が気に入っているのなら、それでいいがね」

「詳しいですね」

「バカにしないでくれ。ボクはこう見えても専門家だよ。なんでも知っているのさ。まあ、〈高女〉と戦うのは初めてだから少しだけ武者震いしているのは否定しないけどね」


〈高女〉と戦う……。

 マジでこの人は言っているのか。

 僕はまだその〈高女〉だとかいう妖怪にお目にかかっていない。

 ただ近くにいる気配にブルっていただけだ。

 近くにいるだけであんなに恐ろしい相手に対して、この人は戦おうと言っているのか。

 僕は胸の奥に何かが湧き上がるのを感じた。

 次に、両目の奥が熱くなる。

 目元から水がこぼれた。

 僕は泣いていた。

 感動のあまりに。


「お、おい、なんで泣いているんだ。ちょっと待てよ。対応に困るだろ」

「でも、で、でも」

「やめてくれよ。そんなことをされるとボクも困る」

「僕なんかのために、ここまで来てくれた御子内さんに、いったいどんなお礼をいえばわからなくて。報酬だってそんなに用意できないのに……」

「報酬……?」

「はい、どんなに高額でも一生かけて支払います。御子内さんが死ねといえば死にます」

「死なれては困るんだが……。あと報酬については後で話し合おう。とりあえず、泣くのをやめてくれ」


 何故か必死に懇願されたので、僕は目を拭って涙を払った。

 顔がまだ熱いけど多分大丈夫だ。


「じゃあ、とりあえず、キミの妹さんの話を聞こうか。家の中に案内してくれ」



    ◇◆◇



 御子内さんを我が家にあげようとしたら、まず両親がびっくりたまげた。

 それはそうだろう。

 朝早くに女っけのない長男が可愛い女性を部屋に連れ込もうとすれば、普通は驚く。

 しかも、その格好が巫女装束。

 昨晩の妹についての土下座騒ぎも生々しい段階では、いかに寛容な両親であったとしてもそう簡単には受け入れられない。

 だが、僕はそんな両親の心配やら干渉やらを完全に押し切った。

 昨夜の恐怖体験を経た後では、常識的な対応やら振る舞いやらに構っている余裕はないのだ。

 放っておいたら、妹の生命に関わるのだから。

 両親を押し切る間、玄関で待たせてしまっていた御子内さんのところに行くと、なにやら三和土に座り込んで苦戦していた。

 履いていた黒いブーツを脱ぐのが大変なようだ。


「あ、すまない。買い替えたばかりでね、このリングシューズ。まだ紐が堅いんだよ」


 ん、今、妙なことを口走らなかったか、この人。

 リングシューズとか、なんとか……。

 てっきりハイカラさん的な意味で履いている黒いブーツだと思っていたのだけど、もしかして違うのか。


「よし、脱げた。さあ、お邪魔します」


 颯爽と立ち上がった御子内さんを連れて、僕は自分の部屋まで行った。


「ほお、結界とまではいかないが、しっかりと目張りがしてあるな。塩もきちんと盛られていたようだし。君はかなりしっかりしていて、いい退魔師になれるぞ」

「ありがとうございます。―――おい、涼花、もう朝だから出てきていいぞ」


 だが、涼花はでてこない。

 すぐそこに居ることはなんとなく気配でわかる。


『本当にお兄ちゃんなの? 八尺様じゃないの? さっきお父さんの声色を真似て出てきなさいって言っていたよ。……ごめん、信じられない』

「それ、マジか?」

『嘘言っても仕方ないよ。あたし、何があっても出ないからね』

「……あのな、涼花」

「仕方ない、行くぞ」


 僕は妹の説得を続けようとしていたのに、脇に立っていた御子内さんはなんのためらいもなくドアのノブを握って中に入っていった。


「ちょっと、御子内さん!」


 部屋に入ると、電灯を消した暗い片隅で涼花が震えていた。

 いきなり突入してきた御子内さんを怖がっているのだろう。

 しかし、御子内さんはまったく気にも留めず、電灯のスイッチを点けて部屋を明るくし、窓に張った新聞紙やら四隅の盛り塩やらを確認していく。

 その姿はまるで捜査一課の刑事のようだった。

 最初は怯えていた涼花もそのうち、この巫女装束の闖入者を横目で観察するようになっていった。

 僕が近づいて肩を抱いてやると、ほっとしたのか緊張がとれてなくなっていく。


「……ねえ、お兄ちゃん。あの巫女さん、誰?」

「うーん、多分、退魔師」

「退魔師って……漫画じゃないんだから」

「実際、そうとしか呼べないんだよ。でも、安心しろ。見た目はちょっとエキセントリックだけど、真面目ないいひとみたいだから」

「いきなり突入されて、いい人と言われても……」

「僕だってよくわからないけれど、きっと信用していい人だと思うぞ」

「―――お兄ちゃんが言うんなら、あたしだって信じるけど……」


 僕たちの間の会話が終わったのを見計らったように、調査を続けていた御子内さんが振り向く。

 腕を組む姿は本当に凛々しい。


「よくやったな、君たち。原始的な手法ではあるが、きちんと〈高女〉の侵入を拒むための方法論は実践されている。これのおかげで、妹さんは一日生きながらえた訳だ。ボクの遅れが最悪の結果にならなくて、ホッとしているよ」


 褒められた。

 ちょっと嬉しい。


「だが、同じ手段がまた通じるとは限らない。今日の夜にもまた〈高女〉はやってくるだろう。その時こそ、妹さんの生命は風前の灯となる」

「そうなんですか?」

「だが、安心していい。今、ここには、ボクがいる。どんな妖怪だろうとノックアウトしてやっつけてしまう、世界チャンピオンのボクがね」


 ……巫女さんの口から、ノックアウトとかチャンピオンとか聞くと違和感が半端ないんですけど。

 だが、涼花の方はどうやら彼女の自信満々な態度にどうやら心を許したらしく、少しだけ表情に力が戻っていた。


「あの、貴女が、その八尺様からあたしを逃がしてくれるのですか?」

「逃がす? 何を言っているんだい?」

「えっ」

「ボクはどんな妖怪の挑戦だって受ける。巫女の燃える誇りにかけてね」


 そう言って、彼女は両手首に巻いている革のリストバンドに手を当てた。

 どうやら大事な品のようだ。

 きっと霊験あらたかな神道の道具なのだろう。

 見た感じはどうみてもパワーリストだが。


「これはね、チョップ小橋が天龍源一郎から受け継ぎ、天龍源一郎がグラン浜田から受け継いだ由緒ある品なんだ。これを身につけたボクが、たかだか〈高女〉なんていう妖怪に負けるはずがないじゃないか……」


 そして、美貌の巫女さんは宣言した。


「今日中に、ボクは君たちを脅かす妖怪を退治して見せるよっ! 巫女の熱き闘魂にかけてねっ!」




 ……うん、僕がこの人を信じたことは間違いじゃないはずだ、おそらく、きっと、ちょっとだけ覚悟をしておくけど。

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