第37話古代文化研究所
「真名(しんめい)を名乗ってはいけないよ。魂が抜き取られるかもしれないからね。たとえば私の父である先代『精霊王ジン』は本来私達の種族名である『ジン』の名しか名乗っていない。他の精霊も相手に支配されたくない時、表面的な名前すら名乗りたくない時、真名(しんめい)を明かさない時は『ジン』と名乗るものが多い。真名(しんめい)にはそれほどの支配的なチカラがある」
調査任務に向かうにあたり早朝から精霊王の宮殿会議室に集合したオレ、精霊セラ、カラス特別大尉、境界ランプの使い手シャルロット嬢は精霊王ガイアスからそんな忠告を受けた。
「……あの、では精霊王ガイアスという名前は真名(しんめい)ではないんですか……?」
オレがふと疑問に思ったことを尋ねてみる。
「私の『ガイアス』は真名(しんめい)ではなく表面的な名前だよ。でもね、本当に凄腕の魔導師は表面的な名前から真名(しんめい)を導き出すこともできるのだ。だから先代精霊王は『ジン』としか名乗らなかった。今じゃそんなに強力な魔法を使える者もいないからみんな表面的な名前くらいは明かしているがね。たとえば君の千夜(せんや)という名前は表面的な名前だが君自身は自分の真名(しんめい)を知らないのかな? 」
千夜は表面的な名前……。
オレはずっとこの千夜(せんや)という名前が本名のつもりで生きてきたけど魔法の世界にはさらに真名(しんめい)というものが存在するのか。
でもオレは自分の真名(しんめい)がなんなのか知らない。
みんなが持っている魔導名すら持っていない。
「知りません……。オレはずっと自分の名前が千夜(せんや)だと思っているし。魔導名すら持っていないし、オレにも真名(しんめい)があるんですか?」
オレの素朴な疑問に精霊王ガイアスは真剣な表情で答えた。
「真名(しんめい)には魂を支配するチカラがある。自分自身の真名(しんめい)を知らないのなら名乗る心配もないし、それはそれでいいのかも知れないね」
とにかく、気をつけるように……と精霊王ガイアスに忠告される。
「とにかく要警戒任務ということですわね。千夜さん、一緒に頑張りましょう」
「にゃあ」
今回一緒に任務につくことになった魔導師貴族のシャルロット嬢がオレにそう話しかける。
シャルロットは相変わらずのお人形のような美少女ぶりで金髪の髪をポニーテールに結び任務用に軽装の魔導服を着ているがそれも似合っていて可愛らしい。
今日は珍しくロングスカートではなくショートパンツだ。初めて見るシャルロットの美しい脚にオレはクラクラしていた。
オレがシャルロットを意識していることに勘付いているシャルロットの魔導猫は紫色の羽と毛並みをふわふわさせながらオレに何か言いたげな目で見つめてきた。
「早くシャルロットと子供を作って」
この紫色の魔導猫がオレに幻術で話してきた内容はあまりにも衝撃的でからかわれているのかと思ったが、猫はシャルロットとオレが本当に子供を作ることを望んでいるようでにゃあにゃあ鳴きながらしきりにオレ達を接近させようと促してくる。
もしかしたら本当にシャルロットの身を案じて早くオレの持っているランプのチカラをシャルロットとの間に子供を作らせることで継承させたいだけなのかも知れない。
結局、妙にシャルロットを意識してしまい
「ああ、うん……」
という生半可な返事しかできなかった。
その後、調査任務のためシルクロードのとある小さな町に境界ランプでワープした。
シルクロード……それは古代ローマ帝国から長安を結ぶ果てしない砂漠の道。
名前の由来はアジア地域から絹を運ぶためのルートだったからと言われている。
実に多くの交易品がシルクロードを渡った。
絹などの貴重価値の高い布、翡翠や瑪瑙などの宝玉、胡椒などのスパイス、さまざまな野菜や果物、そして数々の魔術道具や魔導書。
魔法のじゅうたんや魔法のランプ、魔力を秘めた指輪やツボなどおとぎ話に出てくる魔導アイテムはシルクロードを渡り世界に広まったものも数多いという。
そんあシルクロードにある小さな町。
この小さな町の中に魔導師達の魔導実験を行う施設があるという。
表向きは『古代文化研究所』ということになっているそうだ。
その施設に入った人間は1年間姿を見かけなくなり戻ってきた頃には魂が抜けたようになって帰ってくるという。
精霊達の噂では悪魔ゴエティア達が人間の魔導師に扮して魔導実験を行っている可能性が高いと言われているらしい。
「賑やかですけど見た所普通の町ですわね」
シャルロット嬢が感想を述べる。
町の規模は小さいもののオアシスに面していて砂漠地帯の中では貴重な中継地点。
屋台、酒場、露天商、ラクダを休ませるキャラバンの人々など人口密度が多く、行き交う人々は肩をぶつけることもしばしばだ。
魔導施設があると噂されるだけあって、魔導師らしき人々もチラホラ見かける。
露店では未だに少し怪しげな魔法アイテムを売る商人の姿も見られる。
けれど、魔導師系の人々にとって普通の町というカテゴリーに含まれるようだ。
「とにかく問題の魔導施設について調べてみよう。噂では、古代文化研究所という施設ということになっているらしいから古代の化石を見つけたと言って調べてもらいに行けば潜入できるよ」
そう言ってカラス特別大尉は古代生物の化石のようなものを袋から取り出して見せた。
「それ、本物ですか?」
考古学者志望のオレにとってはあっさり化石を持ってきているカラス大尉に驚いてしまうが……。
「精霊国には化石がとても良い状態でたくさん転がっているんだ。魔導師たちにとっても1番ランクの低い化石だよ」
化石はカタツムリを大きくしたような形状で結構価値が高く見えたが実はそうでもないらしい。
「じゃあ、どんな化石なら価値が高いんですか?」
オレが質問すると、カラス大尉はちょっと意地悪そうに笑って
「そうだな……千夜君の肩に乗ってるそのミニドラゴンとか高いんじゃないかな?」
「キュー! やめてくださいキュー!」
ルルが化石にされると誤解したのかパタパタ羽を動かし慌てだした。
すると水売りの少年がオレたちに声をかけてきた。
「お兄さん達、水はいかがですか?」
カラス大尉はすでに調査モードなようで感じよく水売りの少年にお金を支払う。
「私たちはこの発掘した化石を研究所に調べてもらうためにこの町にきたんだけど……もし場所を知っているなら案内してくれないかな?」
そう言ってカラス大尉は案内代としてさらに多くの金銭を提案する。
「えっこんなにいいんですか? えっと古代文化研究所ならここから5分ほどです。ついてきてください」
少年いわく古代文化研究所は古代の霊に取り憑かれた人のカウンセリングもしているそうで、長期治療を施設内で行っているそうだ。
霊に取り憑かれた人のカウンセリング……。
もしかしたらそれが魔導実験の手がかりなのか?
「ついたよ。化石、価値が高いといいですね。それじゃあ」
古代文化研究所は一見何の変哲もない薄茶色の現代風三階建ての建物に見えたが精霊セラいわく、少し強い霊気を感じるという。
「では、いくぞ……」
カラス大尉が施設のチャイムを鳴らし、調査任務が本格的に始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます