第27話ソロモン王と魔の使役
「渡してちょうだい……ランプをそしてあなたの魂を……印章の代わりに」
そう言って黒い柩から出てきた美女はオレの首に手を掛けた。
全身に魔力を打ち消す強力な瘴気を身に纏っている。
精霊アニスとの魔導訓練で攻撃呪文や魔導装備呪文を散々練習したのに強力な瘴気に当てられてしまい全く魔法が使えない。
なんてことだ。
「アタシの弟子に気安く触るんじゃないよ! 出でよ炎の召喚獣! サラマンダー!」
キシャアアアアアア!
炎の召喚獣が激しいブレスを吐き、俺に取り憑いていた瘴気を振り払った。威嚇しながらオレと女の間に入りオレの魂とランプを奪おうとしていた女をオレから引き離す。
「アニス……いや師匠、ありがとうございます」
アニスはオレより年下の少女に見えていたがこの数日で優秀な精霊であり魔導師であることをオレは実感している。
今日からはアニスを師匠と呼ぼう。
「千夜、これからは実戦で魔力を高めなきゃいけないみたいだな。お前にはまだ早いと思っていたがこれもお前の運命だ! あの女は境界ランプの持ち主であるにもかかわらず悪魔に魂を奪われた可哀想なニンゲンの成れの果てさ。美しい外見に惑わされて手を抜くんじゃないぞ」
境界ランプの元持ち主か……。
「例の両親を生き返らせようとして悪魔に魂を奪われたという?」
女はサラマンダーの炎に髪や顔を焼かれたかのように見えたがすぐに修復して美しい容姿を取り戻した。
「そうよ……正確にはこの身体の持ち主だった女の魂を私がいただいたき身体を貰い受けたの。この悪魔ゴエティアがね」
悪魔ゴエティア?
するとアニスがゴエティアについて語り始めた。
「悪魔ゴエティア……ソロモン王に仕えていたとされている強力な悪魔達の総称だ。元々は著名な魔導書の表題がゴエティアというタイトルだったからゴエティアと呼ばれていたが、どうやら悪魔達の一族名のようなものだと判明した。悪魔ゴエティア族は全員で72人。実際はもっと数多いと言われている。1番有名なのは偶像に身を変えて人々を支配したという悪魔ベリアルだな」
ソロモン王がたくさんの悪魔を手下にしていたという伝説は民話として流布しているだけで公式な資料は何も残っていない。
だがオレでも知っているくらいにはメジャーな伝承でもある。
その悪魔達のことをゴエティアというのか?
「もしかして、魔導王と謳われていたのはソロモン王のことなんですか?」
オレは境界ランプの持ち主の中から選ばれるという魔導王について具体的な人物像は何も聞かされていない。
けれど悪魔ゴエティアがランプの持ち主の魂を奪ったということは境界ランプと悪魔ゴエティアの間に何か契約が取り交わされていたという証拠でもある。
悪魔は契約者の魂を奪うからだ。
「そうよ! ソロモンの鍵は史上最高の魔導書……その作者史上最高の魔導師はソロモン王! まさに魔導師の王魔導王の名に相応しい方だったわ」
悪魔ゴエティアは恍惚とした表情でソロモン王について語る。
「……私はこの身体の持ち主の願いを叶えようとしたけれど彼女の魔力では両親を蘇らせることはできなかったの。せめて彼女がソロモンのような魔力の何分の一かでも持ち合わせていれば私に魂を奪われることもなかったでしょうね……可哀想に無力なのにランプの持ち主なんかになるから……」
悪魔ゴエティアは儀式に失敗した元ランプの持ち主を無力と言った。
「……そして、ボウヤが境界ランプを持ってこの洞窟に近づいてきた時から私は眠りから覚めた。でも残念ね。ボウヤの実力ではこの身体の持ち主のように悪魔に魂を抜かれて終わりよ。おとなしく印章の代わりにランプと魂を引き渡すことね」
印章……それがおそらく悪魔ゴエティア達の契約の証しなのだろう。
オレはタロットカードから一枚引いて魔導装備を召喚した。
この悪魔ゴエティアに1番強力に効く装備を身につけるために。
しかし、出てきたカードは『恋人』のカードだ。
何故?
オレは恋人達を見守る天使を彷彿とさせる聖職者のローブを纏い弓矢を手にしていた。
「ふん……その貧弱な聖職者の装備で何をするつもり?」
ゴエティアがバカにしたような表情でオレの装備を見る。
確かに……
でも師匠アニスは言った。
魔法というのは術者が信じるところから始まる。
おそらくこの恋人のカードには悪魔ゴエティアを倒す秘密が隠されているはずだ。
オレが悪魔ゴエティアに向けて矢を放つと、棺の封印に失敗して倒されたはずの見張りの魔人がゴエティアを庇うように前に出て代わりに矢を受け止めた。
「俺の大切な恋人を打たないでくれ」
その瞬間、オレの頭の中に一組の仲睦まじい男女の姿が浮かび上がった。
魔法の境界ランプを手にした魔導師の美しい乙女と彼女に恋するたくましい若者の姿だった。
そしてその男女こそ、今目の前にいる美女と魔人に身を変えた男そのものなのだった。
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