第12話バカはバカなりにバカになれ


「ここにするわ。なんだか活気があるし」

『俺は飯は食えないし好きにしてくれ』


 ソーニャは近場にあった、酒場に入った。

 中は、丸テーブルが乱雑に置かれている感じだ。

 カウンターにはマスターらしき人がドリンクを出している。

 客層はちょっと荒くれ者っぽい人が多いか。

 傭兵とかなんだろうか。

 大体が男で、女性は少ない。 

 店員はすべて女性だな。

 ふむ、中々、可愛らしい制服姿だ。

 メイド服に近いけど、普段着でもおかしくない感じにアレンジされている。

 店員さんはみんな可愛い。

 なるほど、客に男が多いわけだ。

 店員さん目当ての人も多いんだろう。


「いらっしゃいませ。お客様、お一人様ですか?」

「ええ」

「かしこまりました。こちらへどうぞ」


 その中から、ちょっと垢抜けないけど、村では一番かわいいと言われそうな女の子が声をかけてきた。

 素朴さがあって、家庭的な印象が強い。

 俺の勝手な想像だけどな。

 ソーニャはロングの金髪だけど、この娘は栗色の髪にセミロングだ。

 これは……どっちも捨てがたい!

 俺の胸中なんて知る由もないソーニャは店員に案内されて、二人用のテーブルについた。

 水を持って来た店員に注文をすると、辺りを見回す。


「人が多いわね」

『繁盛してるんだろ。女の子目的の男が多いし』

「……ああ、そういうことね」


 俺の言葉に、ソーニャは嘆息した。


「男ってバカばっかね」

『それよく言うけど、違うと思うぞ』

「へぇ? どういうことよ」

『男も女もバカの比率は大体一緒だと思うぞ。ま、調べたわけじゃないけどな。

 ただバカの活動範囲と分類が違うだけだ。

 男は平均的にどこでもバカはいる。だから目立つような気がする。

 女は局所的に集中してバカが集まるってだけだろ。

 結局、女は男をバカだと思い、男も女をバカだと思っているわけだ。

 そういう風に見下すと、いずれ足元すくわれるからおススメしないね』

「……一理あるわね」

『ま、なんでも他人よりも自分を省みろってこったな。

 俺は俺の道を行くから、他人はどうでもいいね。

 俺以上のバカはいないと自負してるしな』

「す、すがすがしいわね、あんた。元々、そんな性格なの?」

『俺は人間の時も今も変わらん。他人なんざ知ったこっちゃないね。

 ま、ほとんどの人間に無視されてたけどね!』

「そ、そう。なんか大変だったのね」

『おい、その目やめろ!

 俺が人生で三番目に傷ついた出来事は、滅茶苦茶優しい奴の憐れみの目なんだからな!

 優しさが人を傷つけることもあるんだよ!』


 某イケメン、石垣君のことである。

 彼は最高な奴だ。

 けれど、家柄もよく、不幸を知らない分、最底辺の人間の気持ちがわからない。

 同情は時として相手を傷つけることを彼は知らなかったのだ。

 ふ、でも、俺はその憐れみさえも快楽に変えられるけどね!


「悪かったわね。気を付けるわ」


 ソーニャは面倒くさそうに肩を竦めた。

 まったく、いい奴なのか面倒な奴なのかわからんな、この娘は。

 でも、悪人ではないのだ。

 ちょっと一般的ではないし、頭おかしい部分もあるけど、俺よりはマシだろうしな。

 はは、自分で思って泣きたくなってきた。

 ソーニャは水をあおり、つまらなそうに店内を見回した。


『もしかして村に帰りたいのか?』

「……いいえ、今はそうでもないわ」

『そうか。ならいいけど、無理に勇者にならなくてもよさそうなもんだけどな。

 いやなら帰ればいいんじゃね?』

「そういうわけにもいかないわよ。

 一応、勇者に選ばれたのなら、魔王を倒せるのは私だけってことになるし。

 それに村のみんなに迷惑掛かるじゃない。それはイヤなの。

 ……私が本物かどうかはわからないけれど」


 ソーニャは内心、審査で失格になりたいと思ってそうなんだよな。

 俺としては、別に名誉とかどうでもいいし、ちやほやされたいわけじゃない。

 だからソーニャが勇者になろうが、俺が聖剣じゃなかろうがどうでもいい。

 ただ、エロい状況にいられればそれでいいんだ。

 あー、なんで剣になってまで性欲が残ってるんだろうな。

 むしろ性欲が力になるってなんだよ。

 剣なのに。

 剣なのに、煩悩があるってさ、もう滅茶苦茶だよぉ……。


「まずはテストを受けないとね。どうなるかわかんないけど」

『気楽にやりゃいいさ。俺を扱えないなら、もう居直って殴っちゃえよ。

 多分、誰かと戦うだろうしさ』

「……馬鹿にしてると思われそうね」

『勝ちゃいいんだよ、勝ちゃ。なんなら勢いでどうにかしろ。

 素手でいけ。素手こそが勇者の証みたいなドヤ顔しろ。

 なんか言われそうになったら「よっしゃああああ」とか叫んどけばオッケーだ。

 俺も応援してやるから。そりゃもう全力の迫真で。

 ついでに「まさか、あれは!?」「知っているのか!?」「あれこそが勇者だけに許された拳術!」みたいなことを言って解説入れてやるから』

「ぷっ……バッカじゃないの、あんた」

『なんだよ、こっちは大真面目だぞ』


 俺は真剣に話しているのに、ソーニャはくすくす笑っている。

 なんて失礼な奴だ!

 俺はね笑わせるのは嫌いじゃないけどな、笑われるのは嫌いなんだよ!

 ったくよぉ。

 存在するだけで、周囲の人間が俺を見て笑うような情景を思い出しちゃうだろうが。

 指差されてちらちら見られたらマジで生き地獄だからな!

 あれ、ほんとやめろよ、人を笑うとか最低だから!

 法治国家じゃなかったら、その場で裸になって追いかけてトラウマ植え付けてやるところだわ。

 感謝しろよ、法律があることにな!

 あら、ここは異世界だから、そういうのはないよね?

 くくく、俺をバカにする奴がいたら、俺のパァラダァイスを見せつけてやろう。

 …………俺、剣だったわ。

 ソーニャはようやく笑いが収まって来たらしく、目尻に溜まった涙を指先で拭った。


「はぁ、笑った。あんたみたいなバカが一緒でよかったわ。楽だし」

『褒めてる? 褒めてるよね!? そう信じていいよね!?』

「うーん、半々?」

『……あ、ありがてぇ。褒められた経験なんて……幼稚園の時以来だわ』

「あんた……不憫な人生歩んできたのね」

『その目をやめろと言うに』

「ごめんごめん、ま、どうでもいいわね。今は剣だもの」

『俺としたらそれなりに今の生活を楽しんでるからな。ぶっちゃけ生きてりゃ楽しめる』

「……その精神力がすごいわね」

『元最底辺の人間なめんなよ』


 こちとら生まれながらにして格差を実感して生きて来たんだ。

 子供の時分から俺は下の人間だと認識させられたのさ。

 悲観してると思うかい?

 はっはっは、ばっかめ!

 最低辺ってことはな、あとは這い上がるだけなんだよ。

 下はないの。

 横はあってもな。

 だから考え方によってはちょっとしたことで楽しめたり、幸せ感じたりできるんだよ。

 楽な人生だろ?


「なんかさ」

『あん? どしたよ』


 珍しく、ソーニャは柔らかい表情だった。

 ふむ、この娘、こういう顔をしていれば可愛いのにな。

 いつもみたいに不機嫌そうな表情だと、剣呑として魅力が薄くなる。

 いや、それはそれでいいと思うけどな。


「……なんでもない」

『言いかけてやめるとか、ものすごい気になるから、やめて!』

「また今度ってことで」


 またくすくす笑っている。

 ……ったく、なんだよ、ちょっと可愛いじゃないか。

 はっ!? 

 ま、まさか。

 こいつ、俺に惚れたか……?

 そうだ!

 この反応、この表情、思わせぶりな言動。

 もうこれ来てるっしょ?

 俺の時代、到来っしょ?

 モテ期、うほほーーーい!

 ……おい。

 違う違う。

 そんな考え方はやめろ。

 今までを思い出せ。

 ブサイク、デブ、存在メリットゼロと言われた俺が、だ。

 誰かに好かれるとかないから。

 あり得ないから。

 三十年以上そうだったから。


 あっぶな、あっぶな。

 こういう女の思わせぶりな行動で勘違いさせられたら、もう本当死にたくなるわ。

 自惚れて告白しようものなら、簡単に断られたりするから。

 しかもすんごいイヤな顔されて。

 八方美人な女とかほんと、表面上だけはいい人だけど害でしかないわ。

 優しくするなら、適度にしろよ!

 無駄なスキンシップとか、距離感とか、そこら辺のバランスとれよ!

 場を乱したくないとか、可哀想だから回りくどく言うとか。

 そういう方法をとる方が相手を傷つけるから。

 それって結局、自分が悪く見られたくないってだけだろ!

 偽善者が! 自己中心的人物が! くっそ!

 俺だってモテたいんだよおおお!

 わかってる。俺は剣。聖剣。もう女の子にモテるとかそういう次元じゃないわけ。

 擬人化チートとかないかな……。

 ないか、神様と会ったりもなかったし。

 ステータスオープン! とかもできないし。

 レベルとかもないし。

 普通の異世界だし。

 ちきしょう! もっと俺に恩恵をくれ!

 エロいこと考えると切れ味が良くなります。

 んだよ、これ!

 しょぼすぎんだろ!

 まあ、わかってたよ。

 俺に与えられる恩恵なんてそんなもんだってね。 

 美少女と関われるだけで、運がいいと思わないとね、うん。

 そして、ソーニャの笑い声を聞きながらも、俺は妄想に思いを巡らせた。

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