第8話新境地開拓に必要なのは勇気……!


「――で?」


 腕を組み仁王立ちをしているソーニャ。

 俺はと言えば、地面に散々叩きつけられ、踏みつけられパンチラを拝みまくった上で、土にまみれている。

 おほう、見下されている感じがして、しゅ、しゅごい。

 急に興奮してきた。

 しかし、俺の嗜好とは関係なく、ソーニャは虫でも見るかのように俺に視線を向けている。


『で、とは、な、なんでしょう?』

「わかるでしょ? あなた、男なのね?」


 ちぃぃっ! ついにバレてしまったか。

 むしろさっきの戦いの後半はもうバレちゃってもいいや、みたいな感じだったけどさ。

 はあ、せめてこの生ぬるい環境をもう少し味わいたかった。

 ふ、だが、バレては仕方ない。

 俺は居直り、ソーニャを睨んだ。

 いいぜ、こうなったらとことんやってやろうじゃないの。

 俺が本気を出せばどうなるか思い知らせてやる。

 そう、俺はまだ実力を発揮していないだけだ。

 俺はソーニャを真っ直ぐに見た。

 だが、ソーニャの眼光に俺の気勢は削がれてしまう。


『……は、はい』


 情けなく、震え声を発した。

 だって怖いんだもん。


「すべて話しなさい。嘘はゆるさないわ」


 おうふ、こんなに一人の女性に怒りを向けられるのは初めてだ。

 今までは、相手はどこか気持ち悪さがあり、関わりたくないという感じだった。

 だが、ソーニャは真っ直ぐ俺を見つめている。

 思いっきり殺意が出ているが、それでも俺をきちんと見てくれているのだ。

 ふむ……なんだ、この感情は。

 この思いは。

 そうか。

 これが……。

 新境地か。

 キモイ、ウザいなどの忌避系言葉責めとは違う。

 これは、そう、お説教系言葉責め!

 ダメでしょ! 何してんの! 馬鹿じゃないの! そういう系だ!

 うんうんうん!

 いいね!

 そういうのもいいね!

 そう思えば、ソーニャはお姉さん的な存在で、今俺は叱られているシチュエーションな気がしてきた。

 年下だけども。

 それはそれでいいんじゃない?

 年下に責められるという状況……。

 ほう?

 ほほう?

 ……ふぅ。


「何黙ってるの? 折るわよ」

『しゅ、しゅびばせん!』


 目が真剣だった。

 もし俺の答えが間違っていたら即座にへし折るという意思が見える。

 もしかしてあれか、俺は窮地に立っているのか。

 甘く見てはいけない。

 楽しんでいる状況じゃない。

 俺は頭の中のピンク色状態をなんとかマジモードに戻した。

 考えろ!

 言葉を選べ。

 失敗すれば即座に死ぬぞ。

 せっかく剣に生まれ変わったのに、もう死ぬなんてイヤだ!

 剣生を楽しみたいんだ、俺は!

 必死に頭を働かせた。

 そして、俺は意を決して答えた。


『え、えとですね、実はわたしくめは男でして、というのも、実は別の世界では人間でして』

「別の世界? 人間?」

『え、ええ。いわゆる転生という奴かと。

 この世界とは違う、異世界、地球の日本という国で生きてまして……。

 色々あって死んでしまってから、なぜか聖剣になっていた、と』

「ふーん……かなり無茶苦茶な話だけど、こんな状況でそんな嘘は吐かないと信じてあげる。

 けれど、あなたは今まで、記憶が混濁していると嘘を吐いていたわけよね」


 こいつ、よく覚えてやがんな。

 くそ、あんな簡単な会話、覚えてんじゃねえよ。

 むしろほとんど俺の話、聞いてなかった振りをしていたのか。

 今後は言葉に気を付けよう……。

 あ、でも、俺との会話をきちんと記憶してくれていると思うとちょっと嬉しいかも。

 ち、違う! う、嬉しかないやい!

 何を言っても言い訳にしかならない。

 だったら、もううだうだ言っても仕方ないぜ!

 俺は、このまま突き進む!

 むしろ逆ギレしてやる!


『まあ、そういうことだな。何か問題でも?』

「あるに決まってんでしょ!? あんたエッチな目で私を見てたんでしょ!

 もういいわ、ぶち折ってやる!」


 ひえええええええ、目がマジだああああ。

 今までは脅しだったのに、今度は決意表明しやがった!

 俺を持ち上げ、ソーニャは木や岩に俺を叩きつける。

 ギャリンギャリン。

 ゴインゴイン。

 効果音が異常だ。

 や、奴は本気だ。

 力加減がない。

 もう全力だ。

 振りかぶってぇぇ……斬ったああああ。

 いったいよ。

 痛いのよ。

 俺から出ている金属音が半端ない。

 火花も散って、視界が目まぐるしく変わる。


『や、やめ、ぶえええっ!』

「死ね死ね! 折れろ、折れてしまえ!」

『ご、ごめん、ギャアア! ごめんなしあ! ギャアアア!』


 悪魔は狂喜を口元に浮かべ、俺を痛めつけ続けた。

 こいつはやっぱりサドだ。

 本人に自覚があるかはわからないが、た、楽しんでやがる!

 さすが変態勇者村の筆頭、頭おかしい女!

 あの村長さえ、認めた嗜虐心の塊。

 自己中心的わがまま娘め!

 もうやめて!

 その光景は凄惨。

 恐ろしくおぞましい。

 俺は、ここで、死ぬのか。

 そして再び走馬灯が。

 イヤ、もういいわ!

 二度も、最悪な人生を思い返したくないわ!

 俺が諦観の中、もうどうしようもねえや、へへ、と呟いていた時、突然、衝撃がなくなった。


「はあはあはあはあはあはあはあっ!」


 鬼!?

 俺を見下ろすソーニャは異形の化け物のような佇まいだった。

 お、おお、神よ。

 殺されてしまうのならせめて一息に。

 痛いのは……ある程度はいいけど、ラインを超えるとマジで痛いだけだから。

 マゾもレベルがあるから。

 俺は常識レベルのMだから!

 俺は痛み系より、言葉責めとか精神的責めの方が好きなタイプだから!

 そこんとこ間違わないでくれる?

 ファッションSとかMとかいるけどさ、ああいうの迷惑なわけ。

 逆に押し付けのSとMも迷惑なわけ。

 私毒舌なんだ、とか言って、性格が悪いのを許してもらおうとか無理だから。

 毒舌な時点で相手のことを考えないクズだから。

 口が悪いと毒舌は違うから。

 昔気質で口は悪いけどいい人とかいるけど、それとは別の人種だから。

 まず治せよ、その毒舌とやらをよ!

 どんなことを事前に言っても、簡単に相手を傷つける人間は死ねばいいと思うよ?


 俺は多少はね、ほら、自分の中で楽しみに変換できるけどね?

 でも、むしろ、素直になれなくて、あなただけに毒舌になっちゃうんだとかはちょっとキュンってするよ?

 そこんとこ上手くやれば、みんな幸せなわけ。

 なんで免罪符を押し付けて、思考停止しちゃうかな。

 そこから進めば、ウィンウィンになれるのにさ。

 つまり、互いに受け入れなければ成り立たないわけ!

 そこを勘違いして一方的に押し付けるとか最低なわけよ、わかる?

 人間関係、なんでもそうでしょ?

 嫌がることはしない、これ当たり前のことね?

 嫌がることを無理やりして楽しむっていうのは、嫌がることを無理やりしてもらうのを望んでいるわけだから、嫌がることはしてないの、わかる?

 それとSとMに対してさ、何でも痛めつけるのが好き、何でも痛めつけられるのが好きとか決めつけるのやめて?

 それに痛みにも、肉体的、精神的とかあるから!

 しかもその中で好きなジャンルとかもあるから!

 なんでもいけるのは天才だけだから、生粋のSとMだから!

 そんな人、早々いないから!

 知らないくせに、知ったかぶって踏み込んで、やりたい放題して勝手に引くのマジでむかつくから。

 下手なイジリをして、こいつ面白くないわぁ、とか言ってるクズと一緒だよ?

 イジリが下手なら面白くなるわけないだろうが!

 クソつまんねえ奴が、イジルなよ!

 俺をイジルのは難易度高いってわかれよ、ボケ!

 ちゃんとわかってる人は、相手をきちんと見て、ラインを見極めるからね?

 それができるのは、超絶イケメンで超絶リア充で性格よし、家柄よし、笑いのセンスもあって観察眼がある、人生で唯一、俺に優しくしてくれた元同級生の石垣君だけだから!

 彼レベルの人間じゃないと無理だから!

 何なら、彼になら捧げてもいいとか思っちゃうから!

 いや、マジで。

 本当に凄まじい魅力を持ってる人と会ったら、同性でもヤバいから。

 それはそれとして。

 とにかく中途半端な人間には無理な領域だから、省みろ!

 そこら辺できないなら、離れて見て、へらへら笑ってろや。

 このダボが!

 ふうふうふう!


 おっと、わたくし、ちょっと我を忘れておりました。

 それはそれとして。

 ソーニャは俺を睨み、息を荒げている。

 怖すぎて、エロさがない。

 こんな吐息を漏らして、汗を滲ませているのに!

 いや、待てよ。

 おいおい、俺。

 そんな常人レベルの考えでいいのか、おい。

 良く見ろ。

 エロいだろ。

 怖いけど、エロいだろ。

 狂気的なエロさがあるだろ!

 僅かに血走った上に三白眼、ぜいぜいと息を吐き、全身汗だく。

 上気した肌と頬、乱れた衣服から覗く太腿、臀部、乳房!

 身体を激しく動かしたからか喉が乾いているらしく、唾を飲み込んでいる。

 あれ?

 エロいじゃん。

 これ、エロいじゃん!

 ひゃっはーーー!

 今日は新たなエロい境地に達する日だぜ!

 俺はもう訳わからん精神状況だったが、もうすぐ死ぬから許してね!

 ソーニャはしばらく呼吸を整えていたが、やがて落ち着いてしまう。

 時は来た、俺は死ぬ。

 さようなら異世界。

 結構好き……になるかもしれない可能性は秘めていたよ、変態の世界。

 地球よりは楽しかったよ。

 剣の生活も慣れ始めて、悪くなかった。

 それも終わるのだ。

 俺は最後に、ソーニャに一言残すことにした。

 短い間だったけど、少しは楽しませて貰ったのだ。

 その思いを伝えなければならない。


『……ありがとう、さようなら、ソーニャ』

「は? 何言ってるの?」


 きょとんとしているソーニャに、俺は恐る恐る聞いてみた。


『お、俺は、お、折り殺されるんでは?』

「……そんなことしたら、私が怒られちゃうでしょ。勇者なのに」

『え? 俺、死なないの?』

「死にたいなら折るけれど?」

『死にたくないよおおおおおお、許してくださいいぃ! 俺が悪かったですぅぅ。

 もう嘘は吐きません、素直になりますからあああ!』


 クズである。

 中々のクズであるという自覚はあった。

 しかも剣である。

 だから、地面に転がったまま動けず、懇願しているのだ。

 情けないがしょうがない。

 生きるためには泥水啜っても構いはしないのだ。

 というか、それくらいしないと生きられませんからね、俺程度の人間は。

 はっ、甘ちゃん共とは違うのだよ。

 土下座なんて軽いもんさ。

 靴位なら舐めますよ、ええ、ええ。

 プライド?

 そんなものが何の役に立つんですかね?

 けっけっけ、これくらいの屈辱大したことじゃないのさ。

 責め苦は慣れているし、むしろ褒美として昇華できる才能が俺にはあるのだから。

 うん、クソみたいな人生でも結構楽しめるよ、俺。

 俺は内心でほくそ笑み。

 いや、むしろ顔も笑っている、風だ。

 顔がないんだものね。

 ソーニャにも見えないし。

 なので言葉だけ気を付ければいいのだ。

 くく、馬鹿娘よ、さあ、許せ、俺を!

 表面上は反省した振りをしてやろう。

 そしてエロライフをこれから送ろうじゃないか。


『――そしてエロライフをこれから送ろうじゃないか!』


 ………………?

 ………………!??!?!?!?

 今、気のせいか何か聞こえたような。

 おや、ソーニャの様子が。

 震えている、だと?

 俯いて、顔が見えない。

 髪が乱れているので、なんか怖い。

 これは一体何が!?

 も、もしかして。


『あ、あの、俺、声出してた?』

「ええ、出てたわ、思いっきり」

『ど、どこら辺から?』

「くく、馬鹿娘よ、ってとこから」


 最初からじゃないすか、やだー。

 俺は乾いた笑いを出した。

 そして、思った。

 これから起こるだろうことを、期待し絶望し、そして。

 泣いた。

 人間、いや剣も、素直に謝ることって大事なんだね!

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