安楽死法案可決

京 桜

プロローグ

 20XX年ー


 広大な緑に囲まれた地域に建てられた高さ4メートルの壁、そしてそこに存在する数々の建物。無機質で生命の気配を全く感じないこれらは、この地域においてある種の不気味さすら感じさせる。

しかし、その存在に異議を唱える者はいない。

何故なら、そこに存在する生命は全てこの建物の中にいるからだ。


 「龍崎回復センター」


 ここで働く社員はたった一人。あとはアンドロイドが数千体。

彼らの仕事は日本全国から送られてくるアンドロイドの修復だ。

そして更に、政府から莫大な資金援助を受け、更なる技術研究を続けている。

このような施設は国内で大小合わせて1000ヵ所を超えるが、その中でもここ、龍崎回復センターは、その能力、技術力共に国内屈指を誇り、政府は多大な期待を寄せていた。


 それもそのはず、館内唯一の人間であり、所長を務める龍崎慎一郎は学生時代からアンドロイドの研究において頭角を現し、国家からの援助を受け研究を重ね、アンドロイドの実用化というイノベーションを起こした仕掛人だ。


 この成功により、龍崎は巨額の富を得、世界の大富豪の仲間入りを果たした。

 元々180cmを超える身長のモデルのような体型と、眼鏡越しに光る知性と野望を秘めた瞳を合わせた端整な顔立ちは芸能人も顔負けするほどで、「全てを手に入れた日本人」として、その名を知らぬものはいなかった。


 そんな龍崎にとって、今日は非常に重要な日であった。

龍崎は自身のオフィスにひとり窓辺に立ち、外を眺めていた。

窓からは満開に咲き誇るソメイヨシノの庭、遠くには緑が強くなってきた山々が見渡せる。

龍崎にとってオフィスは、生活空間でもあった。

日々の通勤など全く合理的でない。どこかに城でも建てればいいのかもしれないが、オフィスが快適であれば、いつでも仕事に集中できるし、好きなときに眠ることもできる。いち早くアイデアを実現するには、常に職場にいるのが一番だーこれが龍崎の考えだった。


 散らない桜を作ったらー

龍崎がそんなことを考えていたときだった。


 「所長、新庄様がお見えになりました」


秘書の声が聞こえた。


 龍崎の背中が一瞬硬くなる。

一息ついて、静かに答えた。


「通してくれ」


程なくして、ひとりの男がオフィスに入ってきた。

龍崎とは対照的な体格のいい男で、その瞳は獣のようにギラギラ光っている。


「龍崎、久しぶりだな」

笑顔になると、不思議と優しい少年のように見える。


「ああ、新庄。悪いな、こんなところにまで呼び出して」

龍崎はそう言ってソファに促した。


「構わんよ。どうせ暇だからな。お前と違って」

言いながら、新庄はソファに腰をおろした。


「そうか…。お前は変わらないな。久しぶりなのに、久しぶりな気がしないよ。何年ぶりだ?」


「おいおい、野暮なこと聞くなよ。親友だろ?いつもそばにいたさ」

そう言ってまた笑った。


「そうだな…。久しぶりに酒でも飲むか?」


「いや、俺は酒は飲まない。すまんな」


「ああ…そうだったな。忘れてたよ」


「それで?俺に何か用があったんじゃないのか?思い出話するつもりでもないだろ」

新庄の瞳が鋭さを取り戻す。


「お前は…本当に変わらないな…」

龍崎の瞳が一瞬優しく光る。


「それなら、本題に入ろうか」

それを隠すように眼鏡を掛け直す。


「新庄、お前は、今の日本をどう思う」

新庄を真っ直ぐに見つめて尋ねた。


「日本か…」

新庄はそう言ってしばらく沈黙した。


一分程して、ようやく口を開いた。

「まだまだムダが多いな。昔の半分以下になったとはいえ、公務員も議員も多い。もっと減らせるだろ。それに国民…儲けた奴はビジネスも社会貢献も忘れて遊んでいやがる。豊かになるってのはそういうことかねえ。全く、人間てのはいつの時代も変わらんな。困らなければ努力もしねえ。結局歴史は変わらんよ。栄えて滅び、栄えて滅び…また滅ぶだろ、近い将来」

新庄はどこか遠くを見つめていた。


そして、そんな新庄を龍崎は熱い視線で見つめていた。

「お前…やれるか?」


「何をだよ」


「お前は、この国を変えられるか?」


新庄がまた黙り込む。


そして一分後、再び口を開いた。


「今すぐってわけにはいかねえな。それと…俺が1000人いないと始まらねえな」

新庄は鋭い瞳をギラギラさせて、そう言った。


「そうか…。お前と話せて良かったよ」

高鳴る鼓動と昂りを胸に隠して、龍崎は静かに答えた。

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