第17話 神変調査官
レオニール帝国には神域がある。
帝国の南領、国直轄地である広大な砂漠の中央に存在する湖。
そこは世界共通に周知される根の女神が、顕現したと言われている。
根の女神の力とは一体なんなのか。
はっきりと把握している者などいない。
ただ加護は「つながり」とされている。
そして、それが世界に知られている理由でもあった。
多くの生者が何かしらの魔力を得ているが、その魔力は様々な属性からの力を借りているとされている。
その属性と生者の間の「つながり」が根の女神の加護のひとつとされている。
そして、神の力が未だに発現しているのは間違いない。
なぜなら。
神殿は、湖の底にあるからだ。
無論、神殿として機能している。
魔力を持つものにとって必要不可欠な加護を失う可能性を考えずに、この神殿を襲撃する愚か者はいるはずもないが、神殿回りには見えない壁が張られ水や侵入者防いでいた。
と同時に、神殿内は空気があり生者を生かす環境が調えられていて、種族を問わず選ばれた神官達が留まり生活している。
そして、ここが晶が召喚された地であった。
儀式の間。
神託を得る為の間である。
ここに、神殿に招待された青年が到着した。
「ようこそ、お出でくださいました。調査官どの」
動きやすいようにカスタマイズされた深緑の聖職服、手甲、柔らかい革でできた膝下までのぴったりとしたブーツを身につけた青年の名は、シクステン。
後頭部で無造作に結ばれた黒髪の上には同じく黒い耳があり、彼が獣人であることがわかる。
各国、各神殿とつながる転移陣によって、シクステンがこの場に現れた途端、背後から声をかけられ振り向いた。
「貴殿が、神殿長か」
白いローブをはおった老人が腰をおる。
「さようでございます」
シクステンは老人を見たあと、眼鏡の位置を人差し指で直して、老人の後ろに立つ女騎士に目を向けた。
女騎士は帯刀をしていなかったが、銀髪に紫色の瞳、青の隊服は雪に閉ざされた北方の国の有名な騎士団の特長そのものだった。
「貴女は?」
シクステンの問いかけに、女騎士は右手拳を左胸に当て、敬礼する。
「私はザルビナ国第9師団所属、アステル。失礼致ながら、貴方が神変調査官どのなのでしょうか」
神殿長とは違い、アステルは随分と率直な物言いだった。
シクステンは気にする様子もなく、むしろ口に微笑みを浮かべる。
「違いない。私の名はシクステン。要請をうけ、空の神殿より来た。…要請は神殿長だったはずだが、なぜ一緒にいるのか説明してもらえるのか?」
神変調査官。
はるか昔、火水風土を含む属性の加護を受けた多く者達が共同で作った空中神殿「空の神殿」に所属する一役で、神の事象を精査する調査官である。
空の神殿には主神はいない。役割は「記録」である。
各国の歴史や伝承、天変地異、魔王や魔族に関する情報、神の事象などの記録が神殿に集められる。
言ってみれば「世界の図書館」なのだが、ただ集められる訳ではない。
中には精査が必要な情報も寄せられる。
また、記録されるべき事象であるかの精査を求められる事もある。
その為にそれぞれ専門の調査官が派遣されるのだ。
今回は、根の神殿長の要請により派遣されたというわけである。
「もちろん。そもそも今回は、ザルビナ側が解明して欲しいと頼んだ話なのですから」
「……まずは、説明させていただきます。どうぞ、こちらへ」
神殿長が先導し、シクステン、アステルが続く。
3人は、儀式の間の隣にある控え室に入った。
王族も訪れる部屋は、神殿と思えぬ上質の調度品が揃っている。
神殿長に促され、シクステンとアステルはふかふかのソファに座った。
神殿長を補佐する神官が、3人の飲み物を運んできた。
「改めてお越し頂きましたこと、感謝申し上げます。調査官どの。早速ですが、先日のわが神殿での出来事はもう記録されておりますでしょうか」
「ああ。ライザール王国の祈りに女神が応え、少女が召喚されたという神変だな」
「その通りでございます。その儀式は滞りなく完了いたしました。しかし、あの日。もうひとつ事象がございました。調査官どのには、そちらの調査をお願いしたいのです」
「……どのような事象だったのだ」
「まず、ライザール王国の件から申しあげねばなりません」
神殿長は話始めた。
根の神殿への出入りは、原則、神殿の許可がなければならない。
神殿は各国にその許可を与え、その通行手形として特殊なメダルを与えた。
そのメダルと転移陣が揃って、この神殿に入る事ができるのである。
また、このメダルは、国が神託をうけるための儀式には不可欠であった。
「聖水で満たされたガラス瓶にメダルをいれ、当事者が祈りを捧げます。そして、我らが儀式を行うのです」
ライザール国王もそれにならった。
国王の祈りをのせ、神官らの儀式が進む中、ガラス瓶は七色の光を放ち始め、その光がつよくなったかと思うと破裂ー。
ーそして、晶は召喚されていた。
「……願いが聞き届けられた時、瓶は割れるのか」
「さようでございます」
「で?」
「実はその時、もう一方神託を願う者がこの神殿におられたのです」
「なるほど」
シクステンはちらり、と隣のアステルを見た。
「そう、ザルビナ国の者もこの神殿に来ていました。もうひとつの事象とは我々側に起きた事なのです」
アステルは視線を受けて姿勢を正し、神殿長から話を受け継ぐ。
「私は当事者ではありません。その御方は、ライザール国王の事はご存じではなかった。。ただご自分の番を待っていただけなのです。……聖水で満たされたメダル入りの瓶を用意して」
「まさか、それに異変が?」
「そう、割れました。しかし、まだ儀式を行っていなかったし、ただ侍女が粗相をしたと思ったのです」
「儀式はどうなった?」
「時期ではない、と判断されました。瓶は新たに用意しましたが、ザルビナの儀式には何の変化もなかったので」
シクステンは考えを整理するため、飲み物を口に含んだ。
アステルはそんなシクステンの表情を見守る。
「わかった。その異変が神変か調査することにしよう。まずは、召喚の神変記録を見直し、必要ならライザールへも行こう。……貴女はどうする」
「私がいてもお役にたてないでしょう。国に戻り、調査を引き受けて頂いた事を報告します」
「そうか。事情を聞きにザルビナに行くかもしれない。それも伝えておいてくれ」
「無論です。その際には全面的に協力させていただきます」
シクステンは立ち上がった。
「それでは、始めようか」
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