魔王さまはスライムがお好き

秋之瀬まこと

第1話

 我輩は魔王である。名前はあるが、長いので今では皆『魔王さま』と呼ぶ。

 そんな我輩の趣味はスライムをムニムニすることである。


 魔族の王である魔王の日常は意外と忙しい。

 例えば、弱い魔族や人間に敗れた魔族に住処や食料を手配したり。

 例えば、人間どもに侵略されかけている領土、村、里に援軍を向かわせたり。

 例えば、魔王軍の再編や恩賞のサインだったり。

 ただただ強力な魔法が使えて強ければなれるものではないのである。


 そう、魔王は脳筋では勤まらない。それが我輩の考えである。

 今まで脳筋の魔王たちが代々統治して、常にしっちゃかめっちゃかであったことも我輩の考えの正当性を裏付けてくれるだろう。


 我輩の最近の悩みは人間どもの軍勢。

 組織的に攻め込んでくる人間どものおかげで、てんてこ舞いである。


 こちらは脳筋魔王たちのケツを拭いている段階なので、なかなか組織的な反攻に出れないでいた。だがついこの間、新しく任命した四人の将軍に軍勢を与え、反攻作戦に出たばかりである。


 それにしても、である。人間の領内に放っていた密偵――人狼たち――の報告書を見て、人間は恐ろしい種族だと思わされた。

 同じ人間同士でも生まれながらの一部特権階級の人間がそれ以外の人間から搾取する。特権階級の人間はまるで家畜のように下々の人間を見ているようである。

 なんと、おぞましい。

 こんな社会構造ではそのうち立ち行かなくなってしまうのでは?と思っているので、我輩にとって人間は良い反面教師として参考にさせてもらっている。


 そんな下等で下劣な生物に住処を奪われ、命を奪われた我が同胞たちを思うとハラワタが煮えくり返る。


 我輩の気持ちがささくれだって来ると、執務室にいる一匹のスライムが寄って来てくれる。そのスライムを膝の上に乗せて撫でる。スライムなので表情はない。だが、気持ち良さそうに身体を動かしている事はわかる。長年一緒にいるのでこのスライムのことは何と無くわかるのである。


 我輩とこのスライムの出会いは、我輩がまだ子供の頃に森を散歩中の時であった。

 スライムという魔物には核がある。核を守り、自在に動くために核の周りに流動的なボディーが存在するという生物。なので、核が壊れるとスライムは死んでしまう。

 散歩中に出会ったこのスライムは、身体に人間どもが使う無数の矢が刺さり、そのうちの一本は核を傷付けていた。まさに満身創痍で助からないかとも思ったが、回復魔法が上手く効いたようで一命を取り留めた。


 今になって考えれば、その頃の我輩は子供だったとは言え魔族の中でも膨大な魔力量を誇っていた。その大量の魔力を回復魔法に使えば通常よりも回復量が増えるので力任せの回復が可能だったのであろう。


 それ以来、このスライムと我輩は共に居る。

 魔法の先生に怒られた時も、ツマミ食いがバレて母親に怒られた時も、そのことが更に父親にバレて魔法を打ち込まれてぶっ飛んだ時も、近所に住んでいる幼馴染で初恋のお姉さんが結婚していく時も。そして、魔王になった今も。

 どんな時も、スライムの身体をムニムニすると自然と心が落ち着くのである。



 我輩がスライムを撫でながら物思いに耽っていると、横から声が掛けられた。

「魔王さま、お茶が入りました」

「うむ、ありがとう」

 お茶を持ってきてくれたのは我輩の側近である魔族。先代魔王の治世から側近をしているじいやである。種族は謎だが、理性的な者で先代の事は苦労していただろう。


「じいや、スライムとはやはり素晴らしいものだな」

「はぁ……」

「ひんやりとしていて適度に湿ってる。スベスベとしていてただ触り、撫でていてもとても気持ちよい。だが! この魅惑のボディーの真骨頂は弾力にあると、我輩は考えているのだ。じいやはどう思う」

「魔王さまの仰る通りだと思いますよ。プルプルと動いている様子も大変に愛らしい」

「やはり、そう思うか!」


 そんなスライムであるが、魔物の中では最弱の部類。

 人間どもにもよく殺されてしまう……。

 もういっその事、人間滅ぼした方がいいのかもしれないと何度思った事か。


 あんなに愛らしいスライムを一方的に虐殺するなど、鬼畜の所業だと言わざるを得ない。



 我輩が魔王に就任した当時は、一緒に居るこのスライムの事をいぶかしんでいた側近たちであるが、今では魔王城内にスライムの間、中庭の一角にスライム広場を作るほどにスライム好きになっていた。


「スライム広場に私のお気に入りのスライムがいるんですよ」

 そう語るの我輩の執務室を警備している近衛兵。本当は近衛兵なんてやってることが不思議なくらいに高位の悪魔のはずなんだが。

「ふむ。そのスライムはどこがお気に入りなのだ?」

「私を見つけると寄ってくるんですよ! その姿がまた可愛くて」

「確かにスライム好きとしては涎が出るほどの光景であろうな。それが自分に向かってきているなど、考えただけで頬が緩むというモノだ!」

「そうですよね! やはり魔王さまはわかって下さいますね!」


 こうして魔王城内はスライム好きが増えていく。すべては我輩の計画通りである。

 スライムの魅力が皆に伝わることが最近の喜びの一つになっている。



「さて、そろそろ執務に戻らないとな」

「はっ! 自分は警備に戻ります!」

 お茶を入れてくれたじいやが戻ってきたのを合図に、近衛兵とのスライム談義を切り上げ執務に戻る。

 今日は書類仕事がメインである。



 やたらとしっかりした造りの、重厚な机に向かう。たぶん、脳筋な先代魔王たちの打撃でも壊れないように、頑丈なものをこの執務室に入れているのであろう。


「さて、じいや。最初の報告書と書類は何かな?」

「はい。まずは人間どもの軍勢によって住処を追われた難民に関しての書類です」

「うーむ……」

 じいやに手渡された書類に目を通す。なんとも悲惨な内容である。


 我々、魔族の住んでいる領域から見て、人間達の国々は北にある。作物を育てるにも住むにも我が魔族の領土は魅力的なのであろう。だからと言って無抵抗に侵略されるのは間違っている。やつら人間どもは、我々魔族にとってただの侵略者なのである。


「人間どもの領土付近に住んでいたからと言って、四割が殺されるとは……一体どんな規模の軍勢だったのだ?」

 我輩の問い掛けに手元の資料に視線を落とすじいや。

「約三千の騎馬兵、約五千の歩兵と約百の魔道士による軍勢だったようです」

「あの辺りに住んでいた魔族の倍近くか……それで良く六割も逃げられてたものだ」

「女子供を逃がすために戦闘員、非戦闘員問わず男達が足止めに徹したそうです」

「そうか……」

 背もたれに体重を掛け、思わず天井を眺めてしまう。恐らく、一方的な虐殺になったのであろう。それでも、守りたいものを守れた。その意志をしっかりと受け止め、逃げ切れた約二千四百名に支援をしなければ。これは魔王たる我輩の仕事なのだから。



「次は、軍の再編かの?」

「はい、左様でございます。今まで我々は大規模な軍勢を組まずに散発的に人間どもと戦って来ましたので、種族の垣根を越えた軍の編成に若干の戸惑いがあったようです」

「あったよう――と言うことは、今はそこまででもないのか?」

「はい。各種族の特性を活かしつつ、弱点をお互いに補い合える多種族での編成で、人間どもの侵攻を退けられた事実がありますので。あの防衛戦以降、皆この編成の有効性を肌で感じたのでしょう」

「そうか、それは僥倖であった。この先、反攻作戦に打って出るときに半信半疑では、士気にも関わる問題だからの」


 各種族間での連携が取れれば、今までのように人間どもに一方的にやられるという事態は回避できるのではないかと我輩は考えていた。その考えはやはり正しかったようだ。

 そもそも、人間どもには羽がなく空を飛べなかったり、地中をある程度の速度で掘り進めたり出来ない。それならば、空中と地中からの攻撃と通常の陸上戦力が上手く連携を取れれば魔族が有利になる。そのうち対策が打たれるだろうが、意識が空、地上、地中に分かれるというのはそれだけで兵士の精神を疲弊させる効果があるだろう。


「今までは防衛戦であった。食料や武器の類は現地に容易に運ぶことが出来たが、これから領土を取り返すためには、敵の勢力圏へ出向かなければならん。そうなれば食料や武器を運ぶ部隊も必要になるだろうと考えているのだ」

「なるほど……確かにその通りでございますね。して、どのような構想をお持ちなのですか?」

「うむ、まだ決めかねているのだ。食料や武器を運ぶ荷台を動かす者と、それを護衛する者で編成しようとは思っているのだが、どちらにもそれ相応の速度を求めたいのだ。人間どもに襲われたときに迎撃しつつ逃げ切れるような、速度と力が平均的だと良いのだろうな」

「平均的な種族、ということですね。うーん、少しこちらでも調べてみますので数日お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」

「わかった、よろしく頼む」


 これで補給部隊の目処が立った。補給部隊が上手く機能すれば、人間どもに奪われた領土への進軍にもある程度の勝算が見えてくる。

 後は、この間任命した四将軍たちの活躍次第だ。


「じいやよ、四将軍の方はどうなっている?」

「はい。彼らに命じていた反攻作戦の中間報告が上がってきております」

 じいやが手元にある書類をこちらに渡してくれる。

 書かれた文字に目を通す。――ふむ、今のところ極めて優勢に進められているようだ。

 四将軍全員と配下の軍勢全てを出撃させたのは過剰戦力だったか? いや、戦力を出し惜しみして敗北したら目も当てられない。それにこれ以上、我々の同胞や領土が人間どもに踏み荒らされることを許すわけにはいかないのだ。


「今のところは順調に進んでいるようだな。この調子で人間どもの軍勢を押し返せればよいのだが……ゆめゆめ油断の無いよう四将軍に伝えて欲しい」

「ははっ!」


 今回の戦闘で人間どもに戸惑いが生じれば、反攻作戦の準備に時間が使える。もし愚かにも、すぐに再侵攻してきても多種族で編成した我が軍が上手く機能し、追い返せるはずだ。

 もう少し余裕が出てきたら、人間どもの各国間の繋がりにも打撃を与えられるように策を講じたいところであるし、兵士たちの錬度を上げたり、よりよい武器の開発などやらなければならない事は沢山あるが、とにかくこれ以上侵攻を許さないこと。そして、反攻作戦の準備を確実に行うことが軍事面での目下の目標である。

 時間を稼ぎより有利に、より確実性を上げ、戦略的に勝てる要素を増やす事も我輩の仕事なのであろう。


 ある程度、書類に目を通してから中休みを取る。室内で書類を見ていると目が疲れてくるし、息も詰まってくるものである。なので、中休みは天気が良ければ基本的には城の庭を散歩している。

 今日も天気が良いので、スライムを抱きかかえながら庭を散歩する。外に出て嬉しいのか腕の中でプルプルと揺れているのだが、この振動がまた心地良いのだ。


 庭の真ん中辺りまで歩き、空を見上げる。雲が少し出ているが、優しく暖かい日の光が心地良い。抱きかかえていたスライムをひと撫でして、そっと地面に下ろす。

 しばらく我輩の周りをグルグルしてから、花壇の中に入っていた。

 スライムとは不思議な生物で、土などが付いても汚れないのだ。いや、土が身体に付着はするのだが、いつの間にか身体の内部に入っていて表面は常に綺麗なのである。


 我輩が考察するにスライムは身体全体を使って栄養を摂取するのだろう。以前、袖に付いていた汚れが抱いていたスライムの体内に取り込まれる瞬間を見ているので、ほぼ間違いないと思っている。


 花壇の中をズルズルと這い回ったり、身体を流動的に使って飛び跳ねるスライムを観賞しつつ、人間どもとの戦いについてぼんやりと考える。


 今までも魔族と人間との間で小競り合いは何回もあった。しかし、どれも魔族の領土と接している人間の貴族が軍を編成して攻めて来たにすぎない。だからこそ、各種族だけでも十分に追い返すことが出来た。

 今回の大規模な人間どもの侵攻。各国に放った密偵たちからの報告から見るに、魔族の領土に接している国々がお互いに連携しつつ、国を挙げて軍隊を送ってきている。この状態には何か裏があるのではないか? 原因が何かあるのではないか? 人間どもの侵攻が始まってから、我輩の頭の片隅に常にある疑問である。


 この蛮行を魔王である我輩が許すわけにはいかない。我々の領土から叩きだし、魔族に対して戦いを挑んだ事を後悔させ、二度と魔族に刃向かわないように徹底的に戦う必要がある。なので、領土内の人間どもには絶望と共に死んでもらわないといけない。


 魔王として、人間どもへの対応を改めて心の中で誓い、いまだに花壇の中で遊んでいるスライムを呼ぶ。

「そろそろ執務室に戻るぞ!」

 もぞもぞと花壇から出てきたスライムを抱きかかえ中庭を後にしようとしたとき、空が黒い雲に覆われ始めたことに気付いた。

 ……ふむ。何事もなく今日の執務を終わらせられれば良いのだが。



 中休みの散歩から執務室に戻る。残っている書類は恐らく、食料関係と住居関係のものであろう。食と住処の安定は全ての基盤になると我輩は考えている。食べるものが不足していると、その他のことに力を回せなくなる。明日も食べるものがあるという安心感と、雨風をしのげる寝床。この二つが満たされることがスタートラインだと思うのだ。


「さて、残りの書類にも目を通そう」

 執務室の自分の椅子に座りながらじいやに声を掛ける。

「優先度が高いものはこちらの書類になります」

 じいやが差し出してきた書類たちに目を通す。


 そろそろ、各種族間での調整にも限界が来ているようだな。

 かねてより考えていたが、我々も人間どもの様に国という体勢を取る時期なのかもしれない。魔族は基本的に、種族間での交流――食料や物資などの交換や援助などはあっても、あくまで各種族間、村間里間などの単位で相互協力していた。

 その為、人間どもの大規模で組織的な侵略に対して分が悪いのだ。一対一なら中型以上の魔族は人間に勝てるのだが……。後手に回ってしまった今は、奇襲や人間どもの盲点、弱点、欠点を付いた作戦で戦線を押し返すのが一番効率がよい。だが、その後の事を考えると、真っ向から蹴散らせるだけの地力を持つ組織を作るべきであろう。

 全ては人間どもを追い返し、この先侵略されない為である。


 書類に目を通しながら思考の海に潜っていると、なにやら扉の向こう側が慌しい。

「む? 何事か?」

「確認して参ります」

 じいやが扉の方へ歩みを進め始めた時、扉がノックされた。


「何事だ?」

 じいやが声を掛けながら扉を開ける。

「執務中、失礼致します! 人間の勢力圏へ哨戒に出ていた部隊から報告が!」

 まさか、また人間どもの侵攻か?

「――直ちに報告せよ!」


 哨戒に出ていた部隊の報告をまとめると、今まで人間どもが侵攻してこなかった地域に約七千の軍勢が侵攻してきた。と言うことである。


「じいや、地図を持って来い!」

「はっ!」

「おい、近衛兵。今すぐに出撃できる部隊を調べて来い!」

「はいっ!」


 ……とりあえず、今集められる情報を元に撤退戦の準備をしなければ。一時的でも人間どもに魔物の領域を踏み荒らされる事は気に食わないが、同胞の命には代えられない。


「魔王さま、地図をお持ちしました」

「うむ、ご苦労。そっちのテーブルに広げてくれ」

「はい」 

 執務室にある、大きめのテーブルに地図を広げさせる。

「哨戒に出ていた部隊はどこで人間どもの軍勢を発見したんだ?」

 報告に来た兵士に尋ねる。

「こちらの山岳地域です」

 兵士の指差した周辺は、山岳が主な地域で我々魔族はもちろん、人間どもからしても軍を進めるのに苦労する地域である。ここら辺の地域は外敵も少なくて、気性の穏やかな魔族が多かったはずだ。


「ここらの地域に住んでいる魔族は、避難を開始しているのか?」

「はい、哨戒に出ていた部隊が避難の護衛についています!」

 哨戒部隊の人員は百前後しかいないが、それでもいないよりはマシであろう。正規の訓練を受けた兵士がいてくれれば避難ルートも考えられているだろう。

 しかし、この山岳地域は四将軍が進軍している方向とは随分違うな。別の国の軍勢なのであろう。


「魔王さま、人間どものこの侵攻ルート……」

 じいやが何かに気付いたような、少し言い辛そうな雰囲気で口を開く。


「む? どうした?」

「この山岳地域を抜けると、スライムの里があります。……ここら辺です」

「なんだと! それは本当か!?」

「はい。以前、スライムの居る地域について調査していた時に判明した事です」

「哨戒に出ている部隊はスライムの里の事を知っているのか?」

「……恐らくは知らないと思われます。道らしい道はないのでそこに住んでいる種族が居るとは気付かないでしょう」

「人間どもの軍勢がスライムの里に気付くと思うか?」

「それはなんとも言えませんな……」

 じいやは難しいそうに眉をひそめている。

「だろうな……スライムの里の方に侵攻ルートを取られれば見付かってしまうだろうな」


 人間どもの軍勢に見付かったら、スライムの里など格好の餌食だ。一日も経たずに蹂躙されてしまうだろう。


 見付からないことを祈るだけだが、どうも地図を見ていると嫌な予感がする。山岳を抜け始めた辺りでそこそこ開けた場所が、スライムの里のあたりである。進軍中の軍勢の休憩場所には、もってこいなのではないか?

 下手に砦化されると厄介な場所でもある。高所を取られると、それだけ攻めるのも大変になってくる。スライムも心配だし、戦略上もよろしくない。どうしたものか……。


 コンコンコン、っと扉がノックされる。


「誰だ?」

「近衛です。出撃できる部隊があるか調べて来ました!」

「わかった。入れ」


 入室を許可すると、近衛兵が肩で息をしながら入室してきた。恐らく全速力で城内を駆けて来たのであろう。平常時なら廊下を走るなど叱るのだが、今はそんなことを言っている場合ではない。


「それで、どうだった? すぐに出撃できる部隊はあったか?」

「それが……今、出撃できる部隊は我々近衛兵隊と、城の周辺を警備する部隊しかなく、その部隊を出撃させる事はこの城の警備を薄くすることに繋がる為、実質上出撃できる部隊はありませんでした……」


 近衛兵の報告で、執務室内は静寂に包まれた。

 出撃できる部隊はない。やはり、四将軍全てを出したのは間違いだったか……。せめて、一人は残しておくべきだった。



 静寂の中、スライムが我輩の膝の上に乗ってきた。執務中は部屋の隅のほうをウロウロしていたりして、我輩の邪魔にならないようにしていたので、こういったタイミングで我輩の膝の上に乗る事は今まで一度も無かった。

 半ば無意識のうちに膝の上のスライムを撫でる。

 ……やはり、スライムの里を見捨てるという選択肢は我輩には無い。戦略上も不利になる可能性があるのだ。


「我輩が単騎で突っ込もう。我輩一人なら、魔法で瞬間移動も出来る。いざという時は撤退しやすい」

「魔王さま、それはいけません! いくら魔王さまでも、七千の軍勢はギリギリではないですか」

「大丈夫だ、問題ない。広域魔法で遠距離から吹き飛ばす」

「……せめて私を連れて行って下さい。何かあった時には、壁になる程度は出来るでしょう」

 その願い出は嬉しいが、じいやに死なれると色々と問題がある。脳筋の歴代魔王を支えてきた手腕は伊達ではないのである。

「むむ……。それはそれで困るのだが……」

「でしたら、私も魔王さまについて行きます!」

 そう言って手を上げたのは近衛兵である。近衛になるくらいには戦闘をこなせるのであろうが、どうしたものか。


「魔王さま! 私も魔王さまと同じくスライムを好きなものです! どうか。どうか、一緒に連れて行って下さい!」

 近衛兵の言葉が心に染み渡る。

「……そうか。我輩とじいやと近衛兵は『スライム大好き同盟』であったな」

「いえ、その同盟は初めて聞きましたが……ですが!もし、魔王さまがそうお思いでしたら、私と近衛兵の同行をお認め下さい」

「……あい、わかった。準備を整えて、またこの部屋に来てくれ」

「ははっ!」

 二人は急ぎ足で執務室を出て行った。

 話に入れず手持ち無沙汰にしていた、報告に来た兵士に声を掛ける。


「おい、お前。一つ頼みがあるのだが、よいか?」

「は、はい! なんでしょうか?」

「うむ、我輩たちが出撃している間、この部屋の前に立ち、警備をしていてくれ。くれぐれも頼むぞ?我輩が少人数で出撃したことがバレると色々面倒だ」

「ははっ!」

 後は、二人が戻ってくるのを待つだけか。

 膝に乗っかるスライムを撫でながら、心を落ち着ける。人間の約七千の軍勢くらいなら、魔王となった者からすれば問題なく蹂躙できるはずだ。それだけ、魔王とその他の魔族では保有魔力量に違いがある。



「魔王さま! 遅くなりました。我々の準備は整いました」

「うむ、では行くとしようか」

 執務室の一番奥に掛かっているローブを羽織り、出撃の準備が終了する。


「山岳地域までは瞬間移動で行くのですか?」

「いや、我輩も行ったことの無い場所には瞬間移動は出来ん。なので、行きは飛翔して行くことにする。お前達では我輩の速度についてくるのは厳しいと思うので、我輩が運ぶことにする」

「……お手数をお掛けして申し訳ありません」

「何、気にするな。お前やじいやが付いてきてくれることを、我輩は嬉しく思う」

「勿体無いお言葉です」

 二人は、片膝を付き頭を垂れる。


「さぁ、軽く捻ってやろうじゃないか」

 そう言って、ニヤリと笑う。



 執務室の窓から、二人の腕を引っ張って高速飛翔の魔法を発動させる。

 地図で見る限り我輩の高速飛翔を使えば、一時間もせずに周辺に到着できるはずである。

「――い、息が……」

 何か、聞こえたような気がしたが今は急ぐに限る。



「二人とも、そろそろ目的地域の上空に着くぞ」

「はぁ……はぁ……」

「く、苦しかった……」

「これから戦闘に入るかもしれないのだが、大丈夫か?」

「は、はい。大丈夫です……」

「なら、良いのだが」


 一旦、上空で止まり辺りを見回す。人間どもの国の方向を中心に軍勢がいないか?スライムの里はどこか?

「ま、魔王さま! あそこを!」

「どこだ――あれはっ!」

 近衛兵の指差す先。人間の軍勢が見えた。

 ――その軍勢は、何かを追い回している。

 そう、あれはスライムたちだ。やはり、というべきかスライムの里は襲撃されていた。

 襲撃?そんなものではない。あれは蹂躙である。一方的に追い立てられているだけだ。


 弱者をなぶり、虐げることが人間のやり方というなら、我輩がその流儀に則り人間どもを徹底的に蹂躙してやろうではないか……!



 大規模な魔法を使うと、逃げているスライムたちも巻き込んでしまう。

 まずはスライムに近い人間どもを駆逐することから始めよう。


「じいや、近衛兵。スライムの近くにいる人間どもを、今から魔法で蹴散らす。二人はその後、地上でスライムたちの護衛について欲しい」

「それは良いのですが、その後、魔王さまはどうするのですか?」

「我輩は小規模、中規模の攻撃魔法で距離をとりつつ、スライムたちと人間どもの距離がかせげ次第、大規模魔法で人間どもを掃除する」

 じいやと会話をしつつ、小規模の攻撃魔法に必要な魔力を貯める。

 火系統の魔法でも周辺に燃え移りそうなものは無いが、我輩が一番得意な雷系の魔法が良いだろう。雷系の小規模魔法なら千発くらいは一回に操れる。


 魔法の発射準備に貯めた魔力を開放していくと、我輩の周りに千の魔法陣が描き出される。

 突然上空に現れた無数も魔法陣を見て、人間どもは慌てふためいているようだ。同情する余地は一片たりともない。


「シュトローム!」

 千にも及ぶ電撃の群れが、スライムたちを追い回していた人間どもに直撃していく。電撃の初歩的な魔法ではあるが、魔王たる我輩の魔力量で放てば人間どもくらいなら一撃で殺すことができる。現に電撃に貫かれた人間の兵士たちは身体から煙を出して倒れて行く。

 間髪入れずに第二射を放つ……これで残りは約五千。


「二人とも! 地上に下ろすぞ!」

「はいっ!」


 高度をギリギリまで下げ、じいやと近衛兵を降ろす。二人はスライムたちと人間どもの間で、戦闘態勢をとる。

 二人を放したことで両手が空き、我輩ももっと強力な魔法が放てる。


 中規模の魔法を準備しようと魔力を貯めていると、地上から魔法攻撃が飛んでくる。人間どもの魔法使いからの攻撃のようだが、我輩の魔法障壁を破れる出力では無い。

 地上では、じいやと近衛兵がそれぞれ魔法を放って人間どもをけん制している。

 あまり悠長にしているとじいやたちが危ないな……。まずは魔法使いたちを潰すとしよう。


「フランメ!」

 火系統の中規模魔法を放つ。魔法使いどもは大体、ローブを着ている。形式美なのか良く分からないが、恐らく燃えやすいだろう。

 数個の炎の塊が着弾する。人間どもも魔法障壁を張っていたようだが、そんな薄っぺらい障壁では何の意味もない。魔王の炎に焼かれて朽ち果てるがいい。


 人間どもは焼け死んでいく仲間を見て、慌てて撤退を開始したようだ。逃がすと思うか? 見逃してもらえると思っているのか?

 これはお前たち、人間の流儀に則った蹂躙劇だ。一度上がった幕を早々に下ろすわけがなかろう。泣き喚き、許しを請うが良い。そして、絶望のままに息絶えろ。我々、魔族の領土に土足で上がりこんだことを後悔させてやる。


「アオス・ブルフ」

 火系統の爆裂魔法。一撃で広範囲を吹き飛ばせる魔法だが、一撃で済ませるわけがない。無数の爆裂魔法が地形を変えていく。



 爆裂魔法によって舞い上がった砂埃が晴れていく。

 視界に映るのは穴だらけになった地面と、倒れている人間ども。うめいている者もいるようだが放っておいて良いだろう。どうせ、じきに息絶える。

 運よく生き残った人間どもの軍勢はおよそ、五百ほど。奴らが生き残り国へ帰るメリットとデメリットを少し考え、生きて帰すことにする。

 せいぜい、この蹂躙劇を国へ伝えると良い。それで侵略に戸惑ってくれると時間が稼げて、こちらにとってはプラスだ。

 懲りずに再度侵攻してくるようなら、今度は一人残らず消し飛ばしてくれよう。



「魔王さまー!」

 地上でじいやたちが手を振っている。手を振り返しながら地上へ降りる。


「魔王さま! ご無事ですか!?」

「我輩は大丈夫だ。お前たちとスライムたちはどうだ?」

 じいやが駆け寄ってくるのを手で制しながら声を掛ける。

「はい、我々は大丈夫です。スライムたちも我々が戦線に加わってからは誰も傷付けられていません!」

「そうか。それは重畳だ」

 じいやたちと話しているとスライムたちが寄ってくる。

「スライムたちよ! 遅くなってすまなかった! 人間どもの軍勢は我輩たちが追い返した。また元の生活に戻るがよい!」

 スライムたちは我輩の言葉を理解したのか、各々身体を震わせている。


「よし、我々も城へ帰るとしよう」

「ははっ!」

 じいやたちを魔法の範囲に収めて、瞬間移動の魔法を発動させる。

「スライムたちよ、また会おう!」



 無事、瞬間移動を済ませて我輩たちは執務室に帰還した。

「二人とも、この度は助力助かった」

「いえ、勿体無いお言葉です」

「そうですよ! スライム大好き同盟なんですから!」

「ははは、ありがとう。近衛兵よ、部屋の前で報告に来た兵が見張りをしている筈だ。変わってやってくれるか?」

「ははっ!」


 我輩の命令で部屋を出て行く近衛兵。静寂に包まれる部屋の中でスライムが我輩の側へ寄ってくる。

 足元まで来たスライムを抱きかかえ、椅子まで移動する。

「じいやも、ありがとう」

「いいえ、これも私の仕事ですから」

 そういうじいやは、満面の笑顔であった。



 椅子に座りながら、膝の上のスライムをムニムニする。

 ――あぁ、これが我輩の幸せなんだな。そう思った瞬間である。

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