ダンジョンマスターな悪役令嬢

朝寝東風

第1話

「嫌! 誰か助けて!」


 私は伯爵令嬢にあるまじき悲鳴を上げながら、逃げて行く兵士に手を伸ばします。しかし彼らは全速力で逃げました。何人かは私がちゃんと捕食されるか確認するために振り返ります。そして恐怖に顔を引き攣らせ、二度と振り返りません。ここは1000年以上の歴史を誇るグランドダンジョンの地下20階。ここまで潜れるのは国の精鋭でも一握りです。そして私をダンジョンの生贄にするためだけに危険を冒したのです。


 それでも私は諦める積りはありません。何とか四つん這いになって逃げようとしますが、左足は既にがっちり捕まれています。右足にも生暖かい触手が絡みつきます。必至に両腕を動かしますが、か弱い私の力では対抗出来ません。少しずつ相手の本体に向かって引き摺られます。


「何でよ! 私を誰だと思っているの? こんな仕打ちをして……きゃあああ!」


 触手に脇腹を撫でられた衝撃で可愛い声が出てしまいました。情けない、と自分を叱責します。何故今日まで生きて来たのか無理矢理思い出し、歯を食いしばります。淑女たる者は常に不動心でいないといけません。亡き母の遺言です。


 気を取り直して動きます。しかし左肩が思うように動きません。いつの間にか触手が巻き付いていました。引き摺られる速度が更に速くなりました。頭の周りに巻き付かれましたが、何とか目だけは見える様に頭を必至に振りました。無駄なのは分かっているのです。それでも最後のその時まで諦めません。死中に活有り。父の言い付け通りです。


 外に向かって伸びていた右手に触手が到達します。もはやここまでです。それでもこんな化け物に捕食される気はありません。死んでも伯爵家の誇りは守って見せます。物心付いた時から常に私は伯爵家の看板を背負ってきたのです。ご先祖様に顔向け出来ない真似は出来ません。


 舌を噛んで自害しようとしたその瞬間、触手が顎下に巻き付きました。これでは口を開く事が出来ません。


「んんん!」


 どうやら楽に死なせてはくれないみたいです。本の知識では、穴と言う穴から入って内臓を吸い出すらしいです。実際は死体なんて残らないので、どれだけ正しいのか分かりません。けれども、触手が幾重にも体に巻き付いているのは分かります。外から見たら、コクーンに見えるのでは無いかしら?


 ああ、何でこんな事になったのかしら。母の遺言も父の言い付けも家の誇りも全部しっかり守って来たのに……。修道院送りか断頭台の露になるなら理解出来なくもありません。モンスターに生きたまま食われるなんて、余りにもむごい最期です。そう思いませんか、殿下?


 ブチッ。


 それが私が生前聞いた最後の音です。もし死因を正確に把握出来る存在がいれば、圧死だと断定するでしょう。深い深い闇に落ちた私にはどうでも良い事です。


「横を失礼するよ」


 タキシードに身を包んだ青年が私の横を通り過ぎました。


「え、ええ」


 私は今まで何を? そしてここは……。そうですわ、今は学園の卒業パーティーの真っ最中では無いですか。私とした事がもうボケたのかしら? 先程私の横を通った方は確か3年生。となるとパーティーが終わったら卒業生ですね。私の記憶が正しければ内務官になられたはず。


 王国貴族を集めたこの学園は3年制です。私は2年生を終え来年からは3年生です。大半の生徒は入学する前から卒業後の進路が決まっています。私は第2王子の妻になる事が決まっています。本来は殿下が私をエスコートするはずですが、今宵はどうしても外せない用事があるとか。これを欠席すると将来に響くのですが、彼は分かっているのでしょうか? 将来の夫ながら心配です。


 学友や両親の知り合いと談笑しながら時間を潰します。お父様の派閥に連なる生徒は概ね大丈夫みたいです。私がしっかり睨みを効かさないといけません。寄り子の不祥事は寄り親の不祥事です。あっ! あちらで酔っ払って昏倒した3年生の方がいます。これは内定取り消し処分になるかもしれません。彼は敵対派閥の人間では無いですし、私からお父様に情報を流しておきましょう。恩を売っておけば役に立つ事もありましょう。


 そうこうしている内に玄関のほうで小さな騒ぎがありました。私は何事か確認すると欠席するはずの殿下がいらっしゃいました。何故私では無くあの女をエスコートしているのか分かりませんが、事を荒たげるのは貴族令嬢らしくありません。ここは悠然と構えておきましょう。珍しく殿下は私に向かって真っ直ぐ歩いて来ました。挨拶を交わそうと思った瞬間、殿下が爆弾発言をしました。


「イザベラ・ヴェミラス、貴様との婚約を破棄する!」


 パーティー会場に似つかわしく無い怒声が響き渡りました。殿下ことジョン様は陛下に似た端正な顔立ちで私を睨みます。殿下は顔は良いのですが、性格が悪く知恵も回りません。剣の腕は絶望的に悪く魔法は初歩的なものすら使えません。それでも私の婚約者なので全力で盛り立ててきました。


「殿下?」


 本当は「どうして」か「なんで」と聞くべきなのでしょうけど、余りにも突然だったのでなんとも抜けた台詞が口から漏れました。


「イザベラ! 貴様の犯した数々の罪、許し難し!」


 罪? はて何の事でしょう。仮にも伯爵令嬢、清廉潔白とはほど遠い存在なのは理解していますが、公衆の面前で問われる様な罪は犯していません。どちらかと言うと、表に出ては王家まで巻き込む罪ならいくつか……。


「殿下、罪とは?」


「姉上、もう良いんだ」


「ヘンリー?」


 弟のヘンリーが暗い表情をして殿下の横に立ちました。カールしたダーティブロンドの髪の毛を持ち、その澄んだ青い目で相手を見たらどんな年上の女性も篭絡出来ます。殿下と同学年になる様に一年さばを読んでいます。そのため同学年の中では頭一つ分小さいため、マスコットの様な役割を担っています。伯爵家の未来を考えるなら殿下と級友で人気者なのは非常に喜ばしい事です。


「姉上の犯した罪の数々は僕が告発した!」


「ヘンリーの勇気ある行動で貴様の所業が明らかになった!」


 殿下と弟が二人で盛り上がっています。どうやら弟は幼いだけでは無く、未熟でもあったみたいです。それを見抜けなかったのは姉である私の責任です。それはそうと、罪状を早く言いなさいと思うのは変なのかしら。具体的な罪が分からないと反論出来ません。


「はぁ。それでどうなるのです?」


 修道院送りが普通です。処刑も視野に入れるべきかしら。


「貴様の様な極悪人は滅殺刑に処す!」


「で、殿下、正気ですか?」


 滅殺刑とは死刑の上で魂を天に還さないで滅ぼす恐ろしい刑です。大陸全土でもほとんど執行される事はありません。殿下の発言に周りがざわめき立ちます。それはそうでしょう。16歳の私がこの大陸の最高刑に値する大罪を犯したと言われたのですから。


「全ての魂は天に還るものです。主神様もそう仰っています」


「ウィリアム様?」


 ウィリアム様は国教のトップを務める大司教の息子で、事有る事に聖典を引用します。母は侯爵家の次女でその縁で貴族用の学園に通っています。腰まで伸ばした流れる様な金髪と男性にしては細い線で女性人気が高いです。男性陣の大半からは剣も構えられない軟弱者と罵られています。そんな彼からの援護は予想外でしたが、滅殺刑から救われるのなら多少寄付を増やす事を考えましょう。


「しかし貴様の様な邪悪は見捨てる、と主神様は宣言されました」


「え?」


 少しでも期待した私が馬鹿でした。学園に入る前から宗教狂いの変人と詰ったのがいけなかったのかもしれません。国教が力を付けすぎると国の運営に悪影響を及ぼします。そのために肘鉄を食らわす必要があるのです。母方の侯爵家が距離を置き易い様に徹底的にやれと王命を賜っていたのです。


「どうやら大罪人は偉大なる主神様の威光の前で言葉も出ないと見えます」


 勝ち誇ったウィリアム様を見ると、陛下の恐れていた通りになっていると溜息が出ます。教義の作為的な解釈による宗教権益の拡大の当事者になるとは、運命とはなんと皮肉なのでしょう。ここで何か反論したらせっかくの大放談が無駄になりそうです。例えいわれ無き罪で断罪されようとも私は誇り高きZ家の長女です。最後のその時まで陛下の忠臣であり続けましょう。


「殿下は決を下された! エリザを拘束し、速やかに刑を執行せよ!」


 いつの間にか殿下の左に立っているフィリップ様が高らかに宣言します。宰相閣下の息子で今年卒業する秀才です。将来は殿下の下で宰相になると言われています。甘いマスクと文官の割りにはがっちりした体躯を誇り、背丈も180センチは越えています。水魔法と槍の名手としても国内外で有名です。水魔法に関係があるのか、この国では珍しい青い髪の毛を持っています。一説では水神の祝福を受けていると噂されます。


「フィリップ様、何を言っているのです? 罪状は不明で裁判も未定。こんなので伯爵令嬢たる私を拘束する事は許されません。宰相府の文官に内定している貴方様なら分かっておられるでしょう」


 法律を守るべき宰相の跡取りがこれでは先が思いやられます。それに彼なら私の実家の仕事が法律を破っても王家を守る事だと教えられているはず。殿下を諌める立場にありながら、殿下に同調するとは如何なる理由によるものかしら。それともこれは私を助けるための芝居なのかしら。どうもそんな雰囲気ではありません。


「問題は無い! これは俺の命によるものだ」


 殿下が声を荒げます。もはや溜息すら出ません。そもそも殿下にそんな命令を下す権限は無いのです。殿下に与えられた権限は無く、特権は殿下が罪を犯した際の超法規的措置だけです。第2王子が牢屋に入れられたら流石に不味いですから、当然の措置です。王位を継いだり、国王からなんらかの職を任されたらそれ相応の権限が与えられます。


 第1王子が有能なので、名誉貴族になると予想していますし、その前提で婚約しました。彼の価値は究極的には私が生む子供の父親だと言う一点に付きます。王家と伯爵家の血筋に近く国内の支持基盤が無い子供を将来の政略結婚に使うためです。殿下の祖父の時代に起こった戦争の爪痕がまだ残っており、王家は国内外の有力貴族と婚姻を結び、地盤の強化を計りたいのです。


「エリザよ、どんな詭弁を使ってももはや逃げられないぞ!」


 ジオフリー様が私の肩に手を置きます。壊しそうなほどきつく握りました。ジオフリー様は騎士団長の嫡男で2年生です。190センチで脳味噌まで筋肉で出来た様な大男です。実直で誠実と女性人気は高いですが、私から見れば騙され易いカモです。今回実働部隊を指揮しているのも殿下に言い含められたからでしょう。まともな騎士見習いならこんな事に手を貸しません。


 学生の騎士見習いが10名ほどの実働部隊は私が逃げるのを警戒してか私を包囲しています。こんなにもこの茶番に付き合う騎士見習いが多い事より包囲が甘い事が気になります。1年生は仕方ないとしても2年生と3年生の体たらくは嘆かわしいです。王国の主力を担う若手がこれでは将来が心配です。


「痛いです。貴族令嬢の肩に手を置くなど、貴方には騎士の誇りも無いの!」


 私の怒りに一瞬肩に掛かっている圧力が緩みます。このまま跳ね除ける事も出来ましたが、その様なお転婆は貴族令嬢としてあるまじき行為です。ここは我慢します。ジオフリー様も遅いながら騎士のマナーを思い出したのか、少し顔が青くなりました。他の騎士見習いも一歩下がりました。もはや包囲と言うより屯しているだけです。


 ここで一瞬の硬直状態が出来ました。次に動くの誰かしら。


「ジョン様、私のためにこれ以上傷付かないで、お願い」


 甘ったるい声をした女性が殿下の背後から現れます。そして殿下の右肩に手をそっと乗せます。彼女はマリア・クルムデア。男爵令嬢の泥棒猫です。160センチの寸胴で女性的な魅力は乏しいです。大陸で珍しいを通り越して珍獣扱いのピンクのとはいえ、私は彼女を相手にする事はありません。殿下が愛人の一人や二人囲うのは普通です。王国の安寧のためにも子供は多い方が良いのです。


「大丈夫だマリア。君を虐めていた大悪人は私が裁く!」


 虐め? 虐めの冤罪で滅殺刑を適用するつもりなのかしら。余りの展開に頭が追い付きません。雲行きが怪しくなって来ました。全員冤罪だと知った上で私を陥れるつもりなのかもしれません。それならもっと上手いシナリオを考えれば良いのに、と思わずにはいられません。


 これが茶番だと仮定しましょう。殿下の私刑執行は超法規的措置で無罪放免になると勘違いしているのかしら。弟は家族に類が及ぶ事を理解しているのかしら。ウィリアム様とジオフリー様はただの道化なのでどうでも良いです。筋書きを書いたのはHで肉漬けをしたのがF様かしら。ウィリアム様の入れ知恵なら、これが無理筋なのを知っているはずです。


 それでも私はこのままジオフリー様と外で待っていた大人の騎士団に連行され、グランドダンジョンの20階でモンスターの餌にされます。何故未来に起こる事を知っているのかしら? そうです。私はもう死んだのです。これは俗に言う走馬灯なのでしょう。


 パーティー会場の喧騒が止み、全てが灰色に変わりました。そして砂の様に全てが崩れました。


「面白いわね。いつ終わるのかしら?」


「これがおまえの源風景か」


 突然後ろから声がしたので振り向きました。180センチはある骸骨が静かに立っていました。右手には魂を刈り取るための大鎌を持ち、上から下まで黒尽くめのローブを纏っていました。私には彼が死そのものに見えました。足腰がガクガク震えましたが、なんとか気を取り直して質問してみました。


「あ、貴方様は何方かしら。ご存知かもしれませんが私はA=Zです」


 こけそうになりながらも、なんとか令嬢らしいお辞儀が出来ました。歩けるようになる前から始まった令嬢訓練は伊達ではありません。


「私か。私はダンジョンマスターだ。名前など無い」


 ダンジョンマスター? ダンジョンを支配する存在。そして魂を食らうため、ダンジョンで死した魂は天に還る事が出来ないのです。どうやらこれで終わるみたいです。


「魂を食ったりはしないぞ」


「そうなのですか?」


「再利用するだけだ。モンスターにするか装飾品にするかは質次第だがな」


「私はどうなります?」


「ダンジョンマスターなんか面白そうだとは思わないか?」


「私がですか?」


「2、3条件を飲めるのなら今一度命を与えようでは無いか」


 私は彼の条件を聞き、こちらの要望を伝えました。そして合意の上で彼の手を取りました。


 そして暗転。


「ここは何処しら? 暗くて何も見えないわ」


「え~と、電気のスイッチは何処かしら?」


 しばし、暗闇の中で蠢きます。ゴツンと壁に頭をぶつけてしまいました。


「痛い……でも痛くありません」


 結構勢い良くぶつかったかのに痛くありません。私が痛いと思うから痛いと言ったのに、体は痛みを感じていません。どういう事でしょう? 埒が明かないので大声で叫ぼうと一瞬考えましたがやめておきます。どう見ても異常事態です。まずは状況を整理しましょう。


 私は伯爵令嬢で、継母の運転する10トントラックに跳ねられ、生きたままモンスターに捕食されたのです。あれ? おかしいですね。なんか混線しています。何となくですが、分かりました。今の私はダンジョンマスターの卵で、前世は伯爵令嬢イザベラ・ヴェミラス、そして前々世は孤高の駄天使サクラコ・マキノです。


「堕★天☆使! 駄じゃなくて堕! そしてこの星マークがキーなのよ! 分かる、この芸術的なセンス? 分かるわよね、私の後世なんだから」


 理解出来ません。それにこれはきっと幻聴です。暗闇に長く身を置くと起こる状態異常です。そんな事を考えていると、胸辺りが淡く光り出し、拳大の球体が体から出て来ました。


「これで周りが見えそうです」


「ちょっと、無視しないでよ!」


「球体さん?」


「君の前世の孤高の堕★天☆使サクラコ・マキノよ。よろぴく!」


「私は選択を間違えたのでしょうか」


 グランドダンジョンのダンジョンマスターことイストーア様の手を取ったのは間違いだったのかもしれません。こんな面白生物が前々世だなんて認めたくありません。自責の念にかられている間もサクラコは私の周りを元気良く飛び回っています。


「昔の事を気にしても仕方が無い。こうなったらTASだよ、TAS!」


「タスとはなんですか?」


「まったくこれだから中世の貴族令嬢は……」


 盛大に溜息をつかれました。平手打ちの1回や2回は許されると思います。叩こうと思って狙いを定めたら、サクラコが悲鳴を上げます。


「待ったぁ! これは君の命なんだから攻撃したら死ぬ」


「貴方も道連れに出来るのなら、悔いはたくさん残りますが、恥は露見しないで済みます!」


「ここはお互いのために話し合おうじゃないか? せっかく生き返ったんだし、人生楽しまないと損」


「良いでしょう」


 私は話し相手が欲しかったのかもしれません。ついつい話し込んでしまいました。


「後世と思っていたけど後々世なのか」


「少なくても私はイザベラ・ヴェミラスとは別人と言う認識です」


「面倒だから同一って事で。ついでにエリザで呼び方を統一しよう」


「横暴です!」


「でも地縁とか大事じゃない?」


「それはそうですが……」


「ここは言った者勝ち! それに君が死んだ証拠は無い」


「死んだ記憶は有ります」


「君の脳内のみ! でも外の人間はそれを確かめる術が無い。それとも便利な魔法でもあるのかな?」


「死神様なら知っていると思いますが、一般的には知られていないと思います」


「良し、なら決定。君は今日からエリザだ!」


「仕方ありません」


「何事も諦めが肝心。さてと、ダンジョンを攻略しよう!」


 ダンジョンマスターになるために2つの条件を満たさなければなりません。ここのダンジョンの地下10階にいるボスを100日以内に倒せれば最初の条件を満たせます。失敗すれば魂が消滅するそうです。ここでダンジョンマスターの力を使いこなせない様では突破は無理なのでしょう。


「灯りが無いのが面倒です」


「それは大丈夫、ライトオン!」


 サクラコが叫ぶと部屋中が薄暗い光で照らされました。部屋を見渡す限り総石作りで、木製のドアが1つあります。


「では早速……」


「待ったぁ! 最初は説明書を読みなさい」


「説明書?」


 そういうのはお付きの仕事です。……そう言えば私は一人でした。


「【ステータス】と念じる。それで表示されないなら大声で叫ぶか狂ったように踊りまくる」


 気を取り直して【ステータス】なるものを開きます。眼前に半透明のプレートが浮かび上がりました。文字を目で追うと説明文が出ました。詳しい説明はサクラコに任せましょう。


■■■■■■■■■■■■


名前 :エリザ

種族 :ダンジョンポーン

クラス:悪役令嬢

DP :2000


ランク:F

レベル:1

維持費:10DP/日


スキル

 剣術


ダンジョン

 眷属召喚

 道具購入

 縁召喚@1


決算報告

 収入 :2000DP

 支出 : -10DP

 ―――――――――

 収支 :1990DP


■■■■■■■■■■■■


 今の私は不眠不休で動けるダンジョンポーンなるモンスターです。ダンジョン内なら一日10DPで存在を維持できます。ポーンはマスターの一部機能を仕えます。100日以内に10階のボスを倒すならDPは足りますが、それでは駄目なのでしょう。


 外のモンスターを倒してDPを稼ぎ、そのDPを使い眷属召喚でモンスター、道具購入で道具を用意します。縁召喚は私の前世から縁のある存在を配下として呼び出せます。これでも伯爵令嬢。これは期待できそうです。


「縁召喚!」


 ついつい気合を入れて叫んでしまいました。恥ずかしいです。誰もいないので、気にしないでおきましょう。


■縁召喚リスト■■■■■


1 ポチ


■■■■■■■■■■■■


 これはどういう事でしょう? 私の知り合いにポチなんていません。


「ポチ?」


「私の飼っていたペットのチワワ」


「チワワ?」


「犬の一種」


「認めません! 伯爵令嬢が交友関係で人見知りのボッチに負けるなんて! これにはきっと裏があります!」


「ボッチじゃない! 孤高よ、孤高」


「ふっ、縁召喚で犬しか出ないでは無いですか」


「ぐっ、痛いところを!」


 二人でしばらく言い合いましたが、不毛なので手打ちにしました。


「エリザの知り合いは生存しているからリストに出ない」


「出ても困ります」


 殿下が出たら足蹴にすべきかしら。


「またはAの状況を知る前に成仏」


「それの方が幸せでしょう」


 特に幼少から私を可愛がってくれた祖父母が、私が無実の罪で殺されたと知ればきっと助力を惜しまなかったはずです。それとサクラコは決して友達が一人もいない葬女ボッチでは無いと言う事になりました。自分の前世の醜態に軽く眩暈がしましたが、サクラコがいなければ途方に暮れていました。そういう意味ではサクラコには大感謝です。ボッチでは無いと言う設定を受けいれる程度の度量は見せましょう。


「コール、ポチ!」


 また叫んでしまいました! これはサクラコの呪いに違いありません! ここは普通に「永久の縁を辿り、我の前に姿を現しなさい、ポチ」あたり恰好良い台詞を言うべきです。「中二病乙」と呟くサクラコの意味不明な台詞は無視しましょう。


 100DP、500DP、1000DPから選択です。初回限定ボーナスで通常の1割のDPで召喚出来ます。100DPだと人格も無い擬似生命を持つモンスターになります。500DPだと人格がある擬似生命を持つモンスターになります。1000DPだと生命体になります。他にも色々差異が有りそうですが、私とサクラコでは分かりませんでした。


「500か1000DPが良さそうです」


「1000DP一択」


「そうなのですか?」


「ポチに新しい命を!」


 サクラコが鬼気迫る迫力で断言します。迷いましたが、前世を信じないのは女が廃ると言うものです! 巨大な魔法陣が眼前に現れ、光の中からポチが姿を現しました。チワワなる小型犬のはずなのに、目の前にいるポチは馬並みに巨大です。


「ワン!」


「ポチ、良く来てくれました。力を貸してください」


 頭を下げたら、飛び掛られました。命のピンチかと一瞬心配しましたが、顔をなめられるだけでした。どうやら私を主人と認識してくれたみたいです。


「くすぐったいです、ポチ」


「昔から巨乳には飛びつく癖がある」


「寸胴のサクラコよりモデル体系の私の方がポチの趣味に合うのでしょう」


「寸胴じゃない!」


「クゥーン」


「ポチ、そこで裏切るな!」


 サクラコとポチの会話を聞きながら、ポチのステータスを確認します。


■■■■■■■■■■■■


名前 :ポチ

種族 :グレートウルフ

ランク:E

レベル:1


■■■■■■■■■■■■


 ステータスを見る限り、強いです。明らかに私より格上です。ポチの体躯と爪を見る限り、私では絶対に勝てません。


「ステータスが数値化されていない」


 サクラコが文句を垂れます。


「私より強いだけで良いでは無いですか」


「維持費?」


「そう言えば幾ら掛かるのかしら?」


「ポチ、ドッグフードはチキン?」


「クゥーン」


「ポーク?」


「ワン!」


「ポチはDPじゃなく食糧がいるタイプ」


「なんですって! DPで買えるかしら?」


 急いでコアを調べるとドッグフードが10DPで買えました。サクラコとポチが会話を続けて分かったのですが、どうやら睡眠と水も必要みたいです。


「モンスターじゃなくて生命体」


「ランクがあるのですから、モンスターでは?」


「進化出来るけど魔石は無い」


「不思議です」


「とにかくポチの体調には気をつけて」


「分かりました」


 ポチが仲間に加わったことですし、早速ダンジョン攻略を開始しましょう。


「ちょっと待った!」


「なんですの?」


「ポチ召喚で終わるなんてナンセンス。安全ゾーンにいる間に情報収集を完璧にする」


 渋々従います。


 眷属召喚を選択しても何も召喚出来ません。ハズレでしょうか? 道具購入を選択すると色々な小物がありました。代表的な物は水10DP、ドッグフード10DP、青銅剣100DP、回復薬50DP、結界100DPでしょうか。今の所生き物は売っていません。


「この部屋、結界が発動している」


「そうなのですか?」


「エリザが結界を知ったから私もこの部屋の状況を理解出来た」


 お互いの知識や記憶がなんらかの方法で共有されるみたいです。現在の部屋は結界の効果で12時間はダンジョン内のモンスター進入禁止だと分かりました。ドアを開けると解除されます。考えずに外に出なくて良かったです。


 道具を購入するとしましょう。


「剣と盾は必要でしょう」


 小剣が得意なのですが、モンスター相手となるのなら叩き潰すタイプの片手剣の方が相性が良いです。ハーフシールドかスモールシールドを持てば一般的な攻撃を弾き易くなります。本格的なタワーシールドは使いこなせません。


「靴。出来れば厚手のブーツ」


 サクラコが足腰の保護を訴えます。今の体だとそれほど大事では無いのですが、サクラコの厚意を無にしないでおきましょう。


「衣服はどうしようかしら?」


「減るものじゃない」


 恥ずかしい事に、現在は裸です。ポチに見られるのは仕方ありませんが、不特定多数に見られるのは遠慮したいです。サクラコは裸族でも良いと言っていますが、寸胴のサクラコとモデル体系の私を一緒にして貰っては困ります。


 青銅剣、青銅盾、革靴、革鎧、普通の服を500DPで買い、500DP残りました。装備してみると、たまに見かける冒険者みたいです。吟遊詩人の語りではモンスターをバッタバッタとなぎ倒し、美しい女性と添い遂げるのです。9割9部はそれに至る前に死にますが、冒険者に憧れる子供は後が絶えません。


「これで良いかしら?」


「地図」


「冒険者はスキルを持っていると聞いています。コアの力でどうにかなりません?」


「スキルを与える機能は今の所無い」


「そうなると暗記か絵に描くしかありません」


「買える」


 DPは貴重ですが、命の方が貴重です。地図を描くための道具で20DP使いました。これで私の維持費とポチの食費まで計算すると残り450DPです。流石にこれ以上時間を無駄には出来ません。


 私は部屋を出ました。ドアが消え、結界が消滅しました。どっちに行こうと悩んだら、ポチが後ろを見て唸り出しました。私は何事かと思い先程まで居た部屋を見ました。そこには魔法陣があり、そこからゴブリンが5匹出てきました。そして、私に襲い掛かりました。


「ゴブリン!?」


 剣を抜こうにも地図を描くための道具を持っていた私は手が埋まっています。バックステップして距離を開けるのがせいぜいでした。その間にポチが突撃してゴブリン5匹を瞬殺しました。


「なんて意地悪な!」


 私は憤慨しました。部屋を出てバックアタックなんて! 準備を疎かにしていればそこで死んでいました。……サクラコがいない場合の私の事ですね。


「ポチ、ありがとう」


「ワン!」


「魔石」


「分かりました」


 サクラコが急かすのでゴブリンが倒れた後に残った魔石を回収しました。この魔石をサクラコに当てると自動的に吸収され5DP増えました。ゴブリンの死体や持っていた装備は全て霧散していました。ダンジョンのモンスターは魔石が擬似生命を与えていると聞いていましたが、実際に見るのは始めてです。


「ゴブリンが召喚リストに載った」


 ステータスを見ると、眷族召喚にゴブリンが追加されていました。10DPで召喚出来て維持費はたったの1DP/日です。


「召喚します?」


「無駄遣いは禁止」


 サクラコに怒られました。確かに、ゴブリン10匹いても、ポチなら瞬殺しそうです。今回の事を教訓に油断しないと誓い、ダンジョン攻略を再開しました。


 攻略を開始して3日経ちました。ポチ無双でした。地下1階のマッピングは終わりました。この階層は一本道でCの形をしています。地下2階に下りる階段は開始地点の右上からもっとも遠い場所にありました。


■■■■■■■■■■■■


地下1階の地図


壁 壁 壁 壁 壁 壁 壁 壁 壁 壁

壁 壁 ロ ロ ブ ロ ロ ロ 壁 壁

壁 ブ ロ 壁 壁 壁 壁 ロ ブ 壁

壁 壁 ロ ロ 壁 壁 ロ ロ 壁 壁

壁 壁 ロ 壁 壁 壁 壁 壁 壁 壁

壁 壁 ブ 壁 壁 壁 壁 下 壁 壁

壁 壁 ロ ロ 壁 壁 ロ ロ 壁 壁

壁 ブ ロ 壁 壁 壁 壁 ロ ブ 壁

壁 壁 ロ ロ ブ ロ ロ ロ 壁 壁

壁 壁 壁 壁 壁 壁 壁 壁 壁 壁


下 地下2階への階段

ブ ゴブリン


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 地下1階はゴブリン5匹の部隊だけです。彼らは決まった魔法陣から召喚され、巡回ルートも固定です。1日1回、倒された分だけ召喚されます。そのため、1日で倒せるゴブリンの数は7部隊の35匹で35DP稼げます。


 最初の1日は良かったのです。私の維持費とポチの食費で30DPだったので、5DPの黒字でした。ポチが無双した結果、2日目で二人ともレベル2になりました。私の維持費が倍になりました。5DPの赤字です。


「赤字です。そろそろ下に行きましょう」


「駄目。安全マージン取る」


「タスとか言うのはどうしたのですか?」


「諦める」


「どうして?」


「目的はDPを使いこなす事。急ぐのは目的に反する」


 詳しい理由はいずれ分かると言われ、はぐらかされました。そのためサクラコがイエローカードを出すので地下1階で足止めを食らっています。まだDPに余裕があるとはいえ、私のレベルが上がれば維持費も30DP/日に増えます。そうなったら15DPの赤字です。それにポチの体も多くなっています。今は大丈夫ですが、もう少ししたら食糧を増やす必要がありそうです。


「次の階層の情報が無いから少々お先が真っ暗です」


「レベル3になったら降りても良い」


「2日は我慢します。それでレベルアップしないなら下に行きます」


「分かった」


 サクラコと話し、今後の方針を決めます。安全マージンを取ってDP不足に陥るわけにはいきません。結果だけ言えば、4日目でレベル3になりました。サクラコは知っていたのでは、と言う疑念を抱きましたが黙っておきます。私が剣を振るとカマイタチが飛んでゴブリンを倒せるようになりました。人間時代でも、レベルが1つ上がるだけで世界が変わると聞いていましたが、モンスターのそれは人間のレベルアップとは比べられない程強くなるみたいです。

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