鬼姫吟味書付
あしき わろし
第1話 兇賊
むせ返るような血の匂いが、湿気の多い屋敷に立ち込めていた。
暗がりに横たわる死体は、すべて心臓をひと突きにされている。
その傍らに、がっくりと膝をつく若者がいた。
「私は―――なんてことを―――」
ひゅっ―――。
と、部屋の片隅で風を斬る音がした。
刀を振って血を払ったのは浪人風の侍だった。
この凄惨な現場に平然とたたずんで、むしろ、かすかな微笑さえ浮かべている。
死体は店主から奉公人までざっと二十人余。最後のひとりまで物音ひとつたてずに殺された。
すべてこの男の仕業なら、相当な使い手ということになる。
闇のなかを、男が小走りに寄ってきた。
「先生、すべて積み込みましたぜ」
「ふむ―――いかほどであった」
「へへ、ざっと三千両は下りませんよ」
浪人は、うちひしがれる若者に声をかけた。
「聞いたか、おぬしの手柄だ」
「私の―――?」
つぶきながら浪人を見あげる若者の目は、すでに尋常の色ではなかった。
「先生、こいつは―――」
「ふむ。もういかぬか」
浪人は心を動かしたそぶりもなく、
「仕方なかろう」
「あとで口を割られても面倒でさ」
「いかにも―――おい」
そう呼びかけると、
「どれ、早速だが報酬をやろう。おぬしが待ちわびたものだ。はずんでおくぞ」
「お―――おお、おお!」
しかし―――。
若者が這い寄った瞬間、ころりとその首が落ちた。
「おみごと―――」
「なに、こんなもの、斬ったうちにも入らんさ」
「いやいや。いつ見ても、ぞっとしまさあ」
浪人はぱちりと刀を鞘におさめた。
首を刎ねたられた胴体から、おびただしい血がほとばしる。
しかしその亡骸は、這いつくばった姿勢のまま動かなかった。
「へっ。野郎、首を刎ねられたことも気づいちゃいませんぜ」
「ふん」
「見なせえ、いまごろ胴が倒れていきやがら」
だが浪人は、目もくれようとしない。
「どれ、引き上げよう。そろそろ夜が明ける」
「おっと、いけねえ。先生との仕事はこれだから」
と、頭をかきながら、
「先生、まだ小雨が降ってますぜ。ついでに傘も失敬していきましょうや
配下の男は口を歪めて笑った。
「どうせもう、こいつらにゃ要らねえんだから」
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