第三話 ガウガメラの戦い2(神戸北部VS姫路)

「というわけで我々が普段行っている戦術の行動は進む、止まる、退くのいずれしかありません。つまりこの騎馬戦ではこの3つの行動をどう上手く組むのか。そして戦術の組み合わせが上手かった方が勝つ。ただそれだけなのです。だから戦略論と言っても難しいことを考える必要はないですね。というか三刀屋さん聞いていますか?」

 天神と北上は黒板に次の大会の作戦の図を書いていた。次の試合まで1週間。つい昨日地区大会終わったように感じている彼女達からしてみれば、時間に余裕などない。特に天神は次の地区大会に向けて寝る時間を削ってまで作戦を考えているほどだ。

 そしてその他騎馬隊長の10人は一つの会議室に集まっていた。ここの会議室はいつも練習しているグラウンドのすぐ近くにある。

 部屋の広さは10人しては少々広すぎる。それも無理はないだろう。

 ここの施設は元々、関西にあるとあるプロ野球球団の二軍が使用していた施設なのだから。他にも人工芝の球場に、一通りの機材が揃っているトレーニングルーム、多目的広場など様々な施設が揃っている。彼女達はプロ並みの場所で練習などをしているのだ。

 ただそこで厄介な問題がある。それは、彼女達のほとんどがその場所から実家までの距離が遠いということだ。

 その練習設備は神戸市北区の中心部よりもずっと北にある。また駅からも徒歩20分以上と遠い。その為夜遅くまで練習するということはできない。しかし彼女達もそこに関してはあまり贅沢は言えなかった。

 最寄りの駅までの交通費はキチンと市から払ってもらっているからだ。もしそうでなければ何人の人が北部地方の代表を辞退することになったのか。そもそもチーム結成など出来ていなかったかもしれない。 

「三刀屋さん? 起きています?」

 その会議はほとんどの人が真面目にノートを取っていた。ただ、三刀屋を除き。三刀屋は一番前のしかも真ん中という目立つ場所に座っていた。そこで堂々と寝息を立てながら寝ている。鼻提灯が出来てしまいそうだ。

 三刀屋季美。騎馬第二隊の隊長で、天神が一番手を焼いている問題児。

 こうやって会議に参加することですら、三刀屋にしてみれば珍しいことだった。普段は遅刻など当たり前のようにしてくる。

 さらに、学校生活においても三刀屋のいい噂など聞かない。学校に行っていないだとか、不良と喧嘩をしたとかそんなのばかりだ。

 それでも三刀屋はこの中では優秀な騎馬隊長であるため、天神も強く叱ることが出来なかった。

「うるさい。起きているよ」

 チッと舌打ちをする。周囲の空気がピリと凍ってしまい空気がどんより濁ってしまう。

「えっと……それなら顔を上にあげてくれるかな?」

「なんでそれをしないといけないんだよ。面倒くさい。無駄な行為。私は昨日から寝ていないんだから少しは寝かせろよ」

「この会議は次の戦いの中でとても重要で……もしこの話を聞いていなくて三刀屋さんのせいで負ける可能性だってあるわけで」

「んなもん、知るかよ!」

 三刀屋はドンッと足を振り上げる。そして教壇にある机が激しい音を立てながら斜めに傾いた。幸い、近くにいた北上のお蔭げで倒れる前になんとか抑えることが出来た。

 しかし、その三刀屋の態度によって教室の雰囲気は険悪となる。とてもこのまま会議を続けられるとは思えない。

「私だって完全に寝ているわけじゃない! ちゃんと耳で聞いている! 理解だってしている。ほら、何か質問して来いよ! 今日の授業の内容について! なんでも答えてやるからさ!」

「いやいや、そういう問題じゃなくて」

「そういう問題だろ? 要は本番にちゃんと活躍できるかどうか。それだけだろ。どこかのちゃんと話を聞いていてそれを実践できないやつよりも……」

 三刀屋がその先何かを言おうとする。しかしその前にポンッと軽く北上が手を置いた。そして彼女は柔和な表情を浮かべる。

「三刀屋の言い分は分かった。そうだな。取りあえず今日の会議はこれで終わりとするよ」

 そして北上は扉の方を指さした。

「いい? あの扉を右に曲がってそのまま真っ直ぐ。そこにはふかふかのベッドがある保健室がある。取りあえずそこで休め」

「ちょっと! 出奈! 甘やかしたら……」

 北上は真っ直ぐ、黒色の瞳を輝かせながら天神の方を見ていた。口元はピクリと動いていない。それでも、長年ずっと一緒にいた天神は脳内に彼女の声が響いた。

 取りあえずこの場は任せて欲しいと。

 北上は昔から何かを考えて行動するということが得意だった。そして彼女は素晴らしい作戦を立てることが出来る。だからこそ、彼女をここに呼んだ。決して天神は仲がいいからというだけの理由でこの会議に呼んだわけではない。

 だから、この場は北上を信用することに。

「分かった。それじゃこの会議はここで終わりにしましょうか」

 幸い、作戦内容の8割の説明は終わっている。後は前日にでも軽く一言ぐらい言えば済むものだった。

「みなさん各自、グラウンドに出て練習を始めてください。恐らく久城さんたちがその準備をしてくれていると思いますから。それともし、この作戦に対して何か作戦があるのなら後で質問してきてください。それじゃ」

 天神がそう言うと、一斉にみんな立ちあがり扉から外へ出ていった。そして安堵の溜息や、笑い声が天神達にも聞こえてくる。

「どうした? 眠いんだろ? 三刀屋もさっさと保健室にでも行ったらどうだ?」

 三刀屋は棒のようにその場を立ち尽くしていた。顔は紅葉よりも赤く染まっている。

「う、うるさい。分かっているよ! 絶対に保健室に行ってやるからな!」

 フンッと鼻息を漏らして、足で太鼓のように床を叩きそのまま乱暴に扉を開けて外へ出た。

 外の日差しが突然教室を照らして一気に明るくなる。

「大丈夫。別に私は三刀屋を甘やかしたわけではないから」

 天神が口を半開きにして、北上に質問する前にそう言った。

「そうだね。出奈の事だしなんの問題ないよね」

 本当はもっと聞きたいんことがある。どうして三刀屋に対してあんな態度をとっただとか、これから三刀屋のことをどうするのだとか。しかしそのようなことはグッと胸の奥にしまいこんでみる。

「そうそう、天才の私だからね」

「それ、自分で言っちゃうんだ」

 太陽の光が彼女達の顔を輝かす。そのせいか、彼女達のチークを塗ったようなピンクの頬が今まで以上に気になってしまう。

「和泉には忘れないで欲しいことがあるんだ」

 彼女は相好を崩した。そしてフワッと優しく埃を払うかのように肩に触れてみる。

「私達がここにいるのは、何かと戦いから。私も和泉もそして三刀屋だってそう。理由があってこの場所にいるの」

「……知っているよ。そんなことは……」

 自分の胸にギュッと手を抑えて、その戦う理由を聞いてみる。

 元々、ここに来るはずのなかった自分がどうしてここにいるのかということを。

「それでどうして和泉は戦っているの?」

「そんなの出奈と一緒にいたいから……ただそれだけだよ」

「全国大会に優勝したいとかじゃなくて?」

「うん。それもあるけど。だけどやっぱり出奈の事の方が大切」

 天神はクルリと踵を返す。そしてそのまま窓側の方へと向かった。

 窓は開けっぱなしだ。と言っても、今日はほとんど無風のため部屋が涼しくなるという効果はほとんどなかった。

 その窓に手をかけて閉めようとする。

 その天神の肩をギュッと北上は骨がゴリッと悲鳴をあげるぐらい強く揉んだ。思わず顔をしかめてしまう。

「大丈夫だよ。ずっと一緒にいるから。私は和泉がいて私になれるの」

「……出奈」

 彼女の胸の奥からグッと熱い物がこみ上げてきそうになる。

 それは不思議な感覚だった。試合の時と同じように心臓は激しく高鳴っている。天神は緊張をしているのだ。まるで世界中がずっと揺れているように思える。

 そのはずなのにスッと肺の中に心地よい息が入って来る。いつまでもこの状態を味わっていたい。そんなことを思ってしまう。

「私は嘘をついたりしない」

「……知っているよ。嘘をつかれたことないもの」

 正面からも後ろからも太陽のような温かみが天神の全身をつついた。

「ねぇ、出奈……私達はさ」

 そして天神はあることを口に出そうとした。

「あの、ちょっとよろしいですか?」

 しかしとある人物によってそれは邪魔された。

 その声に驚いた天神は兎のように後ろに飛びそのまま窓にドンッとぶつかってしまう。それを見た北上は、腹を抱えて笑う。

 そして窓にぶつけた背中を抑えながらその声の主の方を見る。

 その少女は猫背のせいか、小柄な天神よりもさらに小さく見える。髪は三つ編みに結んでおり、目は渦を作るかのようにきょろきょろと回っている。そして手の方はどちらもブルブルと震えていた。

「えっと、川之江さん。まだいたんですね」

「すみません。生きていて!」

 最敬礼よりも深いお辞儀をする。

 彼女は川之江学瀬。10番騎馬の隊長である。天神たちよりも年下だ。

「いや、そういう意味で行ったのではなくて」

「すみません。本当、悪気はないのです!」

「いや、だから別に謝る必要とかなくて。えっと、質問があるんですよね?」

 天神自身が質問がある人はあとで来てと言ったから、何となく要件は分かっている。

「はい。ちょっとこのヒットエンドラン作戦というものがよく分からなくて」

 川之江はパッと天神にノートを見せる。

 そこには天神が黒板に書いたことだけじゃなくて、補足として伝えたこと雑談としていったことそのようなことが細かく書かれている。

 さらに、重要な部分など綺麗に色分けされており非常に見やすい。

「あぁ、この部分ですね。ヒットエンドランというのは騎馬戦では一番大事なものです。簡単に言うと、攻撃した瞬間体を後ろに引きそのまま防御の姿勢を取る。これがヒットエンドランの基本。ただ攻撃するだけではもし囲まれた時などただ騎馬を崩されるのを待つだけとなりますので。ヒットエンドランを実行するのに大切なのは騎馬の上がどのように相手の攻撃をよけるか。また後退命令をどうやって出すのかということとなりますよね」

 天神はペラペラと説明する。これらは彼女が多くの騎馬戦を見て学んだことだ。

「まぁ、騎馬の後退命令を出す方法は様々あります。騎馬の下の部分が独自に判断する場合とか。その中でも三番騎馬隊長の冴長さんの騎馬の動かし方はうまいですね。彼女は下の騎馬の手の上で小さく足を動かして指示をしているのです。こうすることでスムーズにヒットエンドラン作戦を行うことができますね。勿論これは相当な練習が必要となってきますけど」

 さらに天神は前に黒板の前に立ちチョークを持つ。そして今度は図で説明しようとする。

「そもそもどうして騎馬というものは倒れてしまうかというと」

「和泉……」

 しかしそれを北上が静止をかけた。

「そこらでやめておけ。川之江がドン引きしている」

 川之江はポカンと口を開けたままその場を立っていた。

「あれ……そういうことを聞きたいんじゃなかったのですか?」

「……確かにそうなんですけど。そこまでは頭に分かっているのです。だけど」

「実戦で上手くいかない。そういうことだな」

 北上が川之江の言いたいことを代弁した。そして川之江はコクコクと頷く。

 すると、天神はフムと顎に手をあて考える仕草を取る。

「私は、その……いつも試合で足を引っ張っているというか」

 そのことに関しては天神も少々気になっていた。いつも、試合で真っ先に倒れている。彼女が騎馬を崩したことを天神は見たことなかった。

 別に天神はそのようなことを気にしたりはしない。彼女は誰よりも真面目に練習をしているからだ。ただ、試合が終わった後にいつもこの世の終わりのような顔をする彼女を気にかけていたのだ。

 このままではこのチームからもやめてしまうのではないだろうか。そのようなことすら考えた。

「う~ん。そうだね。口で言うのはたやすいけど」

 パシンと天神は手を叩いた。

「それじゃ、今からちょっと個人特訓でもしましょうか」

「えっ、でもそれだと天神先輩たちの練習が」

「別に問題ないですよ。むしろチームを強くする。それが私の仕事ですから。こうやって強くなろうとしている人に個人特訓するのは大歓迎ですよ」

 そういい、天神は扉に手をかける。

「取りあえずグラウンドで待っていますね」

 その言葉を言い残し天神は鼻歌をならしながらグラウンドへ向かった。

 その後ろを北上はまったくとため息を吐きながら追う。

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