『闇の王様』を待ちながら 2




 広い、広い、世界の終わりのような草原を渡り終えた後、フェリ達は裕福な町の宿屋にて休んでいた。


 宿には一部屋ずつ、ふかふかの寝台と居心地のいい揺り椅子が設けられている。既に寝間着に着替えたフェリは、椅子を揺らしながら半ば目を閉じていた。

その膝の上では、ぺたんとトローも腹這いになっている。フェリの動きに合わせ、彼もうつらうつらしていた。眠りかけている二人に、クーシュナは苦言を呈した。


「我が花よ。そのまま寝てはならぬぞ。眠るのならば、寝台にするがいい」


「………ううん………もう、食べられない、かなぁ?」


「何をだ、何を」


「蛸………なら………食べ、………ま、す………よ?」


「そなたの食の好みが、我には本当よくわからぬのだな」


 そう言いながらも、クーシュナはフェリを起こさないように、影でそっと抱き上げた。

 まるで宝物を扱うように、彼は彼女を丁寧に寝台に横たえ、毛布をかけてやった。溜息を吐きながら、クーシュナはトローも持ち上げ、窓枠に近づけてやった。トローは寝ぼけながらも、器用にぶらんとぶら下がる。


 さて、これで完璧だと、クーシュナはランプの灯りを消そうとした。

 その時、フェリが小さく囁いた。


「ねぇ、くーしゅな………なにか、お話をして………」


「むっ、お話だと? 我が花よ、そんなことを願うとは、そなた大分寝ぼけておるのではないか?」


「………だってね………あなたの話を………ふとね、聞きたくなった、から………」


 そう、フェリは呟いた。むっと顔を歪め、クーシュナはしばらく黙った。

彼は少し前に、草原であった出来事を思い返した。『闇の王様』―――久しぶりに聞いたその呼び名を反芻し、彼はそっと口を開いた。


「遠い、遠い、昔のことです。あるところに、ひとりぼっちの闇の王様がいました」


 彼はそう語り出した。


 ランプの光に包まれた、穏やかな部屋の中で。


 クーシュナはある二人の運命の出会いについて、おとぎ話のような言葉を紡いだ。


「これはひとりぼっちの闇の王様が、ある少女に出会うお話です」


 それは長い長いお話だった。

 二人の出会いと、別れと、出会いについてのお話だった。


 彼が全てを語り終えた時、部屋には静かな寝息が響いていた。

 

 フェリは既に眠っている。トローも器用に逆さまになったまま、鼻提灯を作っていた。二人の寝顔を眺め、静かにクーシュナは笑った。かつて、全てを滅ぼす『闇の王様』だった幻獣は、小さな声で囁いた。


「今、我は確かに幸せだぞ、我が花よ」


 そう言って、クーシュナは身を屈め、白い少女に口づけた。

 まるで、花嫁に贈るような、娘にするような口づけだった。



『闇の王様』は今でも少女と共にいる。

 その旅は、きっと末永く続くことだろう。



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『幻獣調査員』拝読いただきありがとうございました!

この続きは6月30日発売の文庫『幻獣調査員』にてご覧いただけますので、ぜひご覧くださいませ。

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