バジリスクの卵

その1

「太陽が八度沈み、九度昇るころ、バジリスクが、この村にバジリスクが産まれるであろぉおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 宝石の飾り帯が禍々しく輝く漆黒のローブ。白猫の毛皮が裏打ちされた、黒山羊の革製のごつい手袋と頭巾。眼球風に加工された古いガラス玉を五重に連ねたネックレス。

それに負けないほど肉のたるんだ首。しわだらけの顔。ガマガエルそっくりに膨らんだ頬。


 トドメにカッと見開かれた血走った目と、咆哮ほうこうの形で固まった黄色い乱杭歯らんくいばの光る口。


 そんな気合の入った不気味な服装と顔馴染みの子供だって泣きだす表情で、村の占いばあばは最悪な予言をした。そして今まで何度も村人達から引っ越しを勧められてきた風通しの悪いテントの中、泡を吐いてぶっ倒れた。


 初夏のことである。


 後ほど、無事復活したばあばの証言では軽い酸欠だったということだ。


 予言はばあばの忠実な助手にして、彼女の若いころに瓜二つな孫娘―――ちなみに美人である―――フェデーレの迅速かつ無駄のない働きによって村中に広められた。鍋をカンカンと叩いて叫ぶ彼女の声から、逃れられた者は誰もいなかった。


 ばあばの村は小さな村だ。自慢といえば、先々代の時代に都市部で一旗あげた男が建ててくれたちょっとした鶏舎と、そこでとれる新鮮な卵くらいなものである。

 

 そんなのどかで平和でへんぴな村に、何故バジリスクがと村人達は混乱におちいった。天地がひっくり返るような騒ぎに便乗し、鶏達は餌置き場を襲撃、普段の二倍量をむさぼったが、調子の悪い雄鶏おんどりだけはあまり食べることなく、何故か寝藁ねわらを掘り返し続けていた。


 ちなみにバジリスクとは、甲高い声で鳴き、視線だけで見る者を石に変え、吐く息で疫病をもたらす―――怪物と呼んだほうがふさわしいような―――幻獣のことである。


 どうかこの恐ろしい予言だけは外れてくれますようにと、村人達は切に願った。

 だが、忌々いまいましいことに、今までばあばの予言は百発百中だった。


 それこそ、ばあばは村の石碑に雷が落ちること、竜巻の巻きあげた川魚が空から降ってくること、鍛冶屋の残り少ない髪が全部ハゲる日まで、ことごとく言い当ててきたのである。村人達からすれば、ばあばの予言は避けられぬ運命であり、そもそもばあばが予言をするせいで不幸が起こるんじゃないかとの疑惑すら持ちあがっているほどだった。


 特に鍛冶屋の恨みは根深く、彼は酒が入るたび俺のハゲはばあばのせいだと愚痴り続けていた。だが、予言がなくともその髪は一年をもたずに全滅していただろう、というのが村人全員の共通見解である。


 閑話休題。


 とにもかくにも、予言は下されてしまった。村人達は太陽が昇り、沈むのを恐れ、怯えながら日々を送った。だが、騒ぎの発端の一因であるフェデーレだけはしなやかな紅髪を掻きあげて、今更怖がってどうするの、なんとかなるよと笑っていた。



 村人達の不安をよそに、鶏は鳴き、太陽は昇り、沈み、月が昇り、沈み、鶏が鳴いた。

 その間、ずっと雄鶏は寝藁を掘り返し続けていた。


                  ***


 八度目の太陽が沈み、約束の日が訪れた。

 同日、九度目の太陽の昇る前に珍しい客も訪れた。


「朝早くにすみません。旅の者なのですが」


 そう聞いて、村人達は思わず顔を見あわせた。


 へんぴな村に、旅人が来ることは滅多にない。この村への客人といえば、卵や鶏をわけて欲しくてやってくる、近隣の村人くらいのものであった。しかも、彼らもバジリスクの噂を聞いた後、わざわざ絶縁状を置いて去って行って以来没交渉だ。


 何故、こんな村にと話を聞くと、少女はうら若き身で幻獣の情報を集めるため旅をしているのだという。彼女は幻獣について調べ、得た知識を本に記すため、あまり旅人の立ち寄らない場所も選んで渡り歩いているとのことだった。


 村人達は再び顔を見あわせた。珍しい旅の理由、このタイミング、村人達が一縷の奇跡に縋りたくなったのも無理のない話だろう。彼らは恐る恐る、彼女に尋ねた。


「あの………もしや、あなたは幻獣調査官殿では?」

「残念ながら、私は国属の幻獣調査官ではありません。ですが、同等の権利を持つ幻獣調査員ではあります。何か、幻獣でお困りのことがありましたら、なんでもお手伝いさせていただきますよ?」


 その返事を聞いた瞬間、村人達は歓喜し、狂喜し、床に頭をぶつけ、流れ作業で卵を運んでくると空に投げまくった。ちなみに、これは村に代々伝わる祝事の祝い方だったが、少女には見事な困惑顔をされてしまった。


 村人達は興奮がひと段落すると、これぞ神の助けに違いないと少女に泣いて助けを乞うた。だが、そこで彼らはハッと我に返った。相手は生きる災害バジリスクだ。こんなか弱い少女に対処を頼んでいいものだろうか。だが、他に方法はない。なんでばあばはロクな予言をしない? そう嘆く村人達から話を聞き、少女は頷いた。

 

「バジリスクですか………存在自体が獣害に当たる、『第一種危険幻獣』ですね。それは大変です。でも、簡単ですよ! よろしければ、鶏舎にご案内いただけますか?」


 思わぬさわやかな返事に、村人達はぽかんとした。本当に大丈夫かなこの子と心配にもなった。だが、そう言ってくださるなら………と村人達は少女を自慢の鶏舎に案内した。

                  ***


 狭いが風通しがよく、運動場と隣接した鶏舎には複数の鶏が平飼いにされている。


 鶏達は寝藁の上を自由に移動し、餌箱に顔を突っこみ、時に産卵箱に潜りこんでは卵を産み落としていた。ばあば特製の餌を与えられている鶏達は丸々と肥え、人慣れもしている。なんだどうした、お前は誰だと鶏達に一斉に群がられ、少女は目を白黒させた。


「み、皆さん凄くお元気ですね? あの、この中で最近餌を食べなくなったり、寝藁を掘り返したりして、落ち着かない雄鶏はいませんでしたか? 今は陽気なほどに元気だと思うのですが?」


 村人達は雌鶏とわけられている雄鶏の中から、こいつだと確信できる一羽を指さした。今そいつは飛べない翼をはばたかせ、右へ左へ猛烈な速度で爆走を続けている。


 次に、少女はその雄鶏の寝床を尋ねた。村人達がよく雄鶏が寝藁を掘り返していた位置を示すと、彼女は糞と餌と羽毛で汚れた藁を躊躇ためらいなく白い手で探りだした。


「バジリスクは雄鶏の産んだ卵からかえります。正確には精と糞の混ざった卵に似たものから、なのですが。雄鶏はそれを寝藁の下に掘った穴に隠すように産み落とすんです。本来ならそのまま腐ってしまうんですが………あっ、ほらっ、やっぱりいましたよ!」


 少女は明るい声をあげ、寝藁の下を示した。覗きこんで、村人達はぎょっとした。なんと一匹のヒキガエルが卵にしがみついているではないか。そのぶよぶよした腹の下で卵は粘液に塗れている。なんだこれはと戸惑う村人達の前で少女は胸を張って説明した。


「卵の匂いに引き寄せられたヒキガエルが、こうして親鳥のように冷たい肌で卵を孵すんです。すると、ほらっ、見てくださいっ! バジリスクが産まれますよっ!」


 少女は変わらぬ明るい口調で、とんでもないことを宣言した。ヒキガエルがゲコッと跳ね飛び、残された卵の表面には罅が入った。どろりとその中身が溢れだす。



 丁度、九度目の太陽の光が、鶏舎に射しこんだ瞬間だった。



 なんてこった。遅かった。卵は割れ、バジリスクは産まれてしまった。

 この瞬間、ばあばの予言は成立したのだ。



 そう絶望した村人達は産まれたてのバジリスクをまともに見ることなく、一斉に逃げだした。その瞬間、ヒュッと空気を切るような音と共に陰鬱な声が軽やかに響いた。



「主よ、捕ったぞー」



 何が起きたかわからなくて、村人達はそれぞれ鶏を両脇に抱えたり、寝藁の下に隠れようとしているポーズで固まった。彼らが恐る恐る振り向くと、産まれたはずのバジリスクはもうそこにはいなかった。後には粘液跡の残る地面だけが広がっている。


 そして、少女はぴこぴこと動く影と何やら話をしていた。


「ありがとう、クーシュナ。流石の早業ね」

「ふむ、これはこれでなかなかに珍しいものではないか。確かバジリスクは希少種だったな? 生態の情報も乏しい。このまま闇の中で眠らせて、保管しておくとしようか」

「うん、それがいいと思うの。大事にしてあげてね………皆さん、大丈夫ですか? あっ、そうです。すみません。言い忘れてしまいましたが、バジリスクは、人間がバジリスクを見る方が早ければ死んでしまいますから、産まれたてはほぼ無力ですので逃げなくても大丈夫だったんですよ?」


 少女はさらりと、なんだかもの凄く重要なことを言った。その背後では、鶏達が鬨の声をあげ、開いたままの扉から脱走を計っている。白い羽の舞い飛ぶ大騒ぎの中、少女は丁寧に頭を下げた。



「それでは、お疲れ様でした!」



その爽やかな笑顔を見て、お疲れ様ですと村人達も脊髄反射で応えた。


              ***


 少女は村に一泊し、新鮮な卵料理に昼、晩、朝と舌鼓を打った。翌日、彼女は村人達が土産にと渡した鶏肉の燻製を喜び、他にも物資を補給すると笑顔で続けた。


「こんなにたくさん………本当に色々とありがとうございました。あっ、鶏舎は五月に徹底的に掃除をして、クマシデの枝を置いておくといいですよ」

 

 それじゃあ、と少女はお辞儀をして出て行った。彼女が飼っているらしい蝙蝠が、その後ろにパタパタと羽ばたきながら続く。最後まで爽やかに幻獣調査員は立ち去った。



 残された村人達は思わず顔を見あわせた。

 ほうら、意外となんとかなったじゃない。そう紅髪のフェデーレが言った。

 


 以来、村では『恐ろしく思えるが、実際体験してみるとなんてことないこと』のたとえとして、『バジリスクの卵』という言葉が使われるようになったという。




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