青春恋愛短編集【初恋編】
あいはらまひろ
春の告白
彼は、忘れ物を取りに教室に戻ってきた。
白っぽい、穏やかな春の午後。
風にのって、窓から花びらが舞いこむ。
教室の床は、すっかり桜色に染まっている。
誰もいない6年2組の教室、窓の外は満開の桜であった。
しばらくして。
廊下に誰かの靴音が響いた。
その、ゆっくりとしたテンポに、彼は予感する。
だから、窓の外をながめたまま、じっと待った。
足音がとまり、床板がきしむ音がした。
そして少し驚いた声が、彼の名前を呼んだ。
「どうしたの?」
「忘れ物を取りに来たんだ」
「そう。私もなの」
秘密を共有した気分でふりむくと、彼は初恋の少女の微笑みに出会った。
「この学校とも、もうお別れなんだね」
彼女は机の一つ一つに、優しく手を置いていく。
「私が、ここの席で」
「僕は、ここの席だった」
「懐かしいね」
「授業中、いつも見てた」
「知ってたよ」
あとは、自然と言葉が続いた。
「僕は、キミのことが好きだったんだ」
「私もね、あなたのことが好きだったのよ」
「やっと、言えたよ」
「私も」
それから、急に恥ずかしくなって、2人は互いに少し顔をそらす。
「今、幸せにしてるかい?」
「ええ。あなたは?」
「もちろん」
「そう、よかったわ」
安堵のため息と、わずかな心残り。
言葉の外で、理解が染みていく。
「学校を出るところまで、手をつないでいいかしら?」
「もちろん」
そして2人は、ぎこちなく手をつなぐ。
「ずいぶん、時間がかかっちゃったわね」
「ああ。あきれるほどにな」
「忘れ物、取りに来られてよかった」
彼は黙って小さくうなずく。
「じゃあな」
「さようなら」
校庭でふりかえる。
廃校となった校舎と、今年が最期の桜に別れを告げた。
「じゃあ、お元気で」
「ああ。元気でな」
母校が廃校になるという知らせが導いた、20年ぶりの再会。
その別れの挨拶にしてはあっさりとしたものだった。
正門を出た2人は軽く手をふって、彼は右、彼女は左へ。
少し歩いて同時に振りかえり、苦笑する。
そして、今度こそ前を向いて。
振り向かずに歩いていく。
愛すべき人の待つ、それぞれの場所へ。
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