最終回を迎えた世界で

川島ラタ

プロローグ

 フルダイブ型ゲーム機ワームギアを頭に装着し、スイッチを入れる。

 少しのロード時間後、ケルト系のBGMと共に目の前に映像が流れ出した。


 映像に写し出されたのは山の上から平野を見下ろす光景だ。時間は夕刻。平野の向こうに見える山岳の隙間から夕日が差し込み、平地に広がる稲穂いなほの絨毯を赤のグラデーションに染め上げる。かすかに風が吹いているのか稲穂は小波のように心地良さそうに揺れていた。

 平野の奥、山のふもとには石壁に囲まれた小さな集落が見えた。目を凝らすと煙突から煙が立ち上るのが分かる。


 映像は下から上へとゆっくりとスライドしていった。まるで自らの歩んだ道を見下ろしていた登山者が夕日の眩しさに思わず顔を上げてしまったように。

稲穂いなほ絨毯じゅうたんがだんだんと見えなくなり、向こうに見える山々を正面へととらえていく。

 山々は夕日の影となり黒のコントラスト一色となった。その中で夕日の光を浴びた山の輪郭だけが赤白く光りを放ち、木々を白く染め上げていた。


 やがて映像は山岳の隙間から差す夕日を仰ぐ形で止まった。

 そこでBGMが転調し夕日の中心にタイトルが浮かび上がった。石を削り取ったようなデザインの青い文字でこう書いてあった。


『ダイアモンドフラグメンツ』と。


 ダイアモンドフラグメンツ、通称ダイアフラグ。これが日本国内で一時、爆発的人気を誇ったオンラインゲームの名だ。

 人気があった、と過去形を使用するのは今それが廃れてしまったということを意味している。数多くのゲームが産み出される中、かつて人気であったゲームが流行に遅れ、或いは飽きられ終わっていくことは別に珍しいことではない。

 ただこのゲームの場合、すたれてしまったことには別の原因があった。それは人気を得た理由ともいえるこのゲームのある特異性が影響していた。


 タイトルのアニメーションが終了すると時間差で二つの入力エリアとログインと書かれた丸い琥珀こはくのような画像が浮かび上がった。

 IDとパスワードを入力するテキストボックス、そしてログインボタン。入力ボックスの横にはIDやパスワードのキャッシュを保存するかを選べるチェックボックスが付いている。

 これで俗に言うログイン画面の完成である。


 ゲームの世界観を演出するOP映像から冒険者をゲームへといざなうログイン画面表示への一連の流れ。これらはどのオンラインゲームでも大体が同じだった。OP映像がもっと長かったり或いは無かったり、そういった違いはあるかもしれない。ただそれらがプレイヤーをゲームの世界へとまねく玄関であることに変わりは無かった。どのゲームも自然とその玄関の先へ進みたくなるような工夫がほどこされている。


 しかしこのゲーム、今のダイアフラグは違っていた。


 突然アラーム音と共に赤字の警告メッセージが浮かび上がった。タイトルと入力ボックスの間に表示されたそれは、テキストを打ち込んだだけだと思われる質素なものだ。ただそれだけにデザインしつくされたこの画面の中で異質なものとしてその存在を主張していた。

 今でもダイアフラグをプレイしている物好きのほとんどはこのメッセージを気にしてはいない。ただ初めてこのゲームの玄関へと立った冒険者はこのメッセージを見て中に入ろうとはきっと思わないだろう。


 このメッセージは以前から出ていたわけではなく、あるイベントを越えたことにより発生したものだった。そのイベントの前後でこのゲームのプレイヤー数は大きく変化していた。

 それ故に人々は前後を見分けるためにイベント前を『テイルズ』と呼び今のダイアフラグをこう呼んでいる。



『エピローグ』、最終回を迎えた世界と。

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