第25話 キスまであと何センチ

 ……あの日もこんだけ暑ければ良かったのに。

 右京の家までの道のりをそう思いながら歩いた。

 あのデートの日は、曇り空で少し寒い、少し残念な天気。

 彼に可愛いと思われたかった。

 だから選んだピンクのカーディガン。

 彼がどう思うか気になって仕方なかった。


 今日は10月も終わりだと言うのにジリジリ暑い。あの日もこれくらい暑かったら、カーディガンなんて選ばなかったかも。


 彼の家まであと少し。

 足が重いのは背中のリュックに詰めた教科書とノートのせいだと自分に言い聞かせた。


 初めて好きになったあの日、彼との距離は3m。

 彼が越してきて、後ろの席になって、1m。

 友達になって50cm。

 好きになってほしくて40cm。

 頑張って頑張って30cm。

 でも、また少し離れて2m。


 それでも、学祭のあの日。

 私を抱き寄せた彼。

 聴こえた彼の鼓動に、二人の距離がものすごく近付いたのがわかった。


 ――だけど。

 この前のデートで、気になった彼の態度。

 あまり見ない私の方。

 少しぎこちない二人の間隔。

 ポップコーンに伸ばした手が彼の手とぶつかる度に、手を握られるんじゃないかとドキドキして堪らなかったのに……

 左京くんと千草と別れ、二人きりになった時、今までにないくらい緊張しながらも、手くらいは繋げるかなと期待していた自分がいたのに。

 それは見事に空振りする。


 だから、こうして頭を並べて勉強していても、二人の心の距離はそんなに縮まっていないのかも……そんな不安が私を包む。


 すれ違うたくさんの女の子が振り向く彼。

 自信なんかそう簡単には持てないよ。

 ……しかも、最初は千草を好きだったんだし。


 区切りをつけたはずの、そんな気持ちに支配されそうになり、慌ててノートに目を落とす。一緒にいるのに切なくて、顔が強ばってしまう。


 ……もっと近付きたいのに。

 そう思ったその時だった。


「未央」


 右京が、突然私の後頭部に指をまわす。

 恥ずかしさと緊張と、少しくすぐったい感覚に、弾かれるように顔を上げた。

 私を真っ直ぐ見つめる彼の真剣な眼差し。

 そんな顔に思わず戸惑ってしまう。


 静かな家の中に、さらに広がる静寂。

 彼の指に力が入り、私を少し引き寄せる。


 ゆっくり近づく彼の顔。

 そして。

 彼の唇が私の唇に…そっと触れた。


「目ぐらい閉じろよ」


 少し離れた彼が、固まる私にそう言って笑う。細めた目と、男のくせに長い睫毛。目尻に出来た笑い皺。

「ご、ごめん!」

 恥ずかしくて仕方ないのに、彼から目が離れない。彼も私をずっととらえたままだ。

「未央」

 彼はもう一度私を呼ぶと、左頬に手をずらす。彼の瞳と、熱い手のひら。

 そして、再び近付く彼の顔。

 2度めのキスの予感に、ドキドキしながら思い切り目を閉じた。


 ***


 彼の後ろ姿を見えなくなるまで見送った。

 何度も振り返り、右手を大きくブンブン振る彼。

 私は、さっきまで彼の左手にいた自分の右手をきゅっと握った。


『嬉しかったんだ。あんまり見たらどうにかなりそうだった』


 彼の腕の中にすっぽり包まれて、いつもより近くに聞こえる声を、私はドキドキしながら聞いていた。

 あの日、私と同じで彼も緊張していたことがわかった。


『情けねぇな、俺』


 私の肩に頭をうずめてそう呟く右京を、心の底から愛しいと思った。

 これからもきっと私たちはすれ違う。

 離れたり近づいたり。

 でも、でも。

 ねぇいつか、距離がゼロになればいいな。


 ドアを開けて部屋に入った途端、携帯がなった。届いた右京からのメッセージ。

 画面を開いてキュンとなる。

 いつか心臓が壊れてしまうんじゃないか。

 慣れる日なんてくるのかな。


『今日も可愛かった』

『ほんと?』

『うん、本当』

『ありがと』

『もう会いたい。時間足りなかった』

『すごく嬉しいけど……右京どうしちゃったの?』

『未央が喜ぶなら、俺が恥ずかしいくらいなんてことないと思って』


 既読になるのも返信もすごく早い。

 本当に心臓が壊れそう。

 私は、携帯を両手で包んだまま、ベッドサイドのクッションをぎゅっと抱き締めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る