第24話 テスト勉強と下心

 テストに向けて、部活も休みになった日曜の午後。俺は朝から落ち着かない。

 いつもは気にならないのに、部屋の塵まで気になってしまう。そして、朝から何度も何度も鏡を見ていた。

「じゃあ、俺も出掛けてくるわ」

 部屋のドアを少し開けた左京が、鏡越しにニヤニヤしながらそう言った。

「あ、母さんから伝言!『ちゃんと勉強しなさいよ』ってさ」

 笑いながら出掛けていった左京の言葉が家中にこだましていた。


 振替休日のあの日、駅前で待つあいつを見てから、俺は変だ。

 制服でもジャージでもない、ユニフォームでもないあいつを見たのは初めてだった。

 ゆったりした薄いピンクのカーディガンとグレーのスカート。

 いつもと違う格好は、俺を意識してくれたのか。嬉しさと恥ずかしさで思わず、足が止まった。

 隣を歩く彼女が、いつもより小さく感じたのは彼女が下ばかり見ていたからだろうか。

 ポップコーンに手を伸ばす度、彼女の手の甲に触れる。

 映画の内容なんて全然入ってこなかった。

 中学生かよ、俺。


 早く二人になりたくて、出来るだけ長く一緒にいたくて、左京たちと先に別れ、帰り道は遠回りして家まで送った。

 ……それなのに。

 次の試合の話と、テストが近い話とをただ延々と繰り返しただけだった。


 テスト勉強を一緒にしようと誘った俺は、両親から見ても、左京から見てもすげー不自然なのか。もしかして、いやらしい感じが全面に出てんのか?

『ちゃんと勉強をしなさいよ』

 母さんのニヤニヤ笑う顔が目に浮かんだ。

「べ、勉強すんだよ」

 そう1人呟いたけれど……。

 でも、もし、あいつがこの間みたいな格好できたら――

「やばいかもな……」

 想像して緩む顔が鏡に写る。

 俺は慌てて両手で頬を叩いた。


 ピンポーン。


 ほぼ同時に鳴った、玄関のチャイム。

 逸る気持ちを最大限に抑えながら、出来るだけ然り気無くドアを開けた……。


『あれ?』


 正直なもう一人の俺はやってきた彼女を見てすぐにそう思った。

 気合いを入れすぎても……と思って選んだ黒のパンツと白いカットソーの俺。

 玄関前に立つ彼女は、白い細身のパンツに黒いカットソーだった。


 オセロかよ!


 いや、似合ってるけど!

 なんなら未央っぽくてしっくりきてるけど!

 しかもペアルックみたいだけど!

 けど、だけど!


 彼女が来た嬉しさと、何だか分からないもどかしさが同時に俺を支配した。

 

***


 好きな子と勉強なんてするもんじゃない。

 開始5分でそこに気がついた。

 親もあいつもいない日曜の午後はあまりに静かで、彼女の教科書を捲る音が異様に大きく聞こえる。


 落ちる髪の毛を耳にかける仕草。

 小さめの爪。


 お茶を飲む……くち……


「こっ!この前さ!!」


 このままじゃヤバイと思った俺は、思わず大きな声を出してしまう。突然の声に彼女はビックリした様子でこっちを見た。


「女子って私服だと変わるんだな!お前も違う子みたいで最初全然分かんなかった!」


 ベラベラと言葉が滑り出す。

 すると彼女は少し照れくさそうに髪を耳にかけてから首をかいた。


「……あー。ごめんね。ぜんっぜん似合ってなかったよね。一緒に歩くのも恥ずかしかったでしょ。もうしないね!」


 早口でそう言い終わった彼女は再びノートに視線を落とした。


「……へっ?」

「右京、少し距離おいてたし、こっち見れないくらい嫌だったんだよね。本当ごめん」


 ノートから目を離さずにそう言った彼女は、力なく頬笑んだ。


 な、何やってんだ俺!

 早速傷つけてんじゃねぇか。

 俺が嫌がってると思ったのか。

 だから今日はこの格好なのか。

 全部が繋がって、自分がどれだけダメなやつか分かった。


 違うよ。

 違うよ、未央。

 伝えようと言葉を探すが見つからない。

 何を言っても、俺が気を使ってると思うかも。


 少し寂しげな彼女の横顔。

 誤解を解きたかった。

 でも、俺に一喜一憂する彼女も可愛くて仕方なかった。


「未央」


 そう小さく彼女の名前を呼ぶ。


「なに?」


 目線を上げずに答える彼女の後頭部にそっと指を回す。

 その俺の行動に驚いて、やっとこっちを見た彼女との距離を一気につめた俺は……。


 ――彼女にそっとキスをした。

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