第5話 大波小波
今月、獅子座の運勢は絶好調!
先月も良かった!
きっと来月もいいだろう。
来ている。
……波が。
来ている気がする!
恋のビックウェーブ!
大波だ!!!
「ほい」
私の目の前に、ドンっと置かれたのは吉野家の牛丼。
蓋に『大盛』シール。
「はっ?!」
ん?と箸を割りながら隣に座ったのは他でもない部活前の右京だった。
彼の前にも吉野家の牛丼が置かれてあったが、なぜかそっちは並盛だった。
「ちょっと!どうしたのこの牛丼!」
思わず立ち上がりそう問いかけると、ちょうど両手を合わせて、いただきますのポーズを終えた彼がこっちを向いてニッコリ笑った。
「腹減ったからちょっと一走り買ってきた。水沼も食うと思って、ふたつ!」
「あ、ありがと……じゃなくて!」
放課後の教室に二人きり。
普通ならドキドキが止まらない最高のシチュエーションなのに、私の頭は牛丼に支配されてしまった。
部活前にこんなに食べて大丈夫?とか、彼の前で牛丼ガツガツいくのか?とか、思うことは他にもたくさんあったけれど、なぜ私が大盛なのかが一番気になった。
右京の方を見つめたまま止まった私をもう一度見上げた彼は、ご飯を頬張りながら「食わないの?」と不思議がった。
「いや、食べるよ!食べる!せっかくだし!でもなんで私が大盛で右京が並盛なの!?」
外した蓋を彼に向け、シールを指差しながら聞いてみると、ご飯を飲み込んだ彼が身振りを付けながら私に言った。
「並だ並だ、いや大盛だ!って叫んでたから交換してやったんだよ。本当は俺が大盛だったんだけど」
……い、いや、大盛じゃなくて大波!!
ていうか叫んでた?!
口に出てたことと彼が一体どこから聞いていたのか気になったし、何より彼の聞き間違いを訂正したかった。けれど『大波』を突っ込まれたらもっと困ることに気が付いた私は彼の隣に大人しく腰を下ろした。
「いただきます」
……彼への気持ちがバレるより、大食いだと思われる方が今はまだいいか、そう思いながら両手を合わせる。
右京が転入してきたあの日、嬉しさと驚きでポカンと見上げたまま固まっていると、前に立った彼の目線が私の所で止まった。
目があったことに心が跳ねる。
しかも、私で止まったままの彼の瞳はみるみるひらかれていく。
なにが起きたのかと躊躇ったが、次の瞬間、彼は私を指差しながら大きな声を出した。
『あー!!!東の水沼!!!』
『へ?』
突然のことに頭がついていかなかったが、探しに探していた彼が確かに私の名前を呼んだのだった。
驚く私と明らかにテンションの上がる彼。
黒板の前から真っ直ぐに近づいてきた彼は私の机に両手をついた。
急に近付いた二人の顔。
急激に早くなった心臓の音は体から漏れるんじゃないかと思うほど大きく打った。
そんな私に全く気が付かない彼はさらに興奮した様子で説明する。
『前の学校の女バレが、東にはすげーアタッカーがいるって言うから見に行ったんだ!先月の大会、思わず叫んじゃったよ!』
――?!
そして思い出す。
観客席からの応援の声。
『おされてたのに、一人だけ折れてなくてカッコ良かった!よろしく、水沼!』
さっきまで煩かった心臓が、今度は驚くほど静かで、まさか止まってしまったのかと思った。
あの日、私を後押ししてくれた誰かの声援と、今、目の前で話す彼の声とが嘘みたいにぴったり重なる。
『わ、私も見たよ。バスケの試合……』
私がやっと口に出したその言葉を聞いた彼は、とても楽しそうに『そうか!』と笑った。
そんな風に始まったその日。
先生も、じゃあ席は水沼の後ろ、学校案内もしてやってくれ。と嘘みたいにトントン拍子で進んでいった。
――毎日を録画出来たらいいのに。
あっという間に経ってしまった1ヶ月、出来ることなら1分1秒保存していたい。
かなりレベルの高い外見とは違い、かなり気さくで話しかけやすく、面白くて優しい右京はあっという間にクラスに溶け込んだ。
それと同時に、私と彼の仲は信じられないくらい良くなった。
部活の話、購買のどのパンが人気かとか、他愛もない話で盛り上がれる二人になった。
暦はもう10月。
生徒たちは今、みんな浮かれている。
なぜなら、この学校は秋に学祭を行うため、みんな準備の開始にソワソワし始めたのだ。
ふ、ふふふふふ。
そんな私も浮かれに浮かれている。
学祭といえばカップル誕生の一大イベント!
それにかけたいと女子なら誰でも思うはずだ。
確かに彼は人気がある。
1ヶ月の間、告白された回数なんてもう数えられない。女の子に呼ばれて消えていくたび、心も体も磨り減るくらい心配になった。
けれど、彼はいつも断ってくる。
そして、戻ってくるといつも私に真っ先に話しかけるんだ。
だから、なんだか私は特別な気がしていた。
……こうして並んで牛丼を食べられる子は、他にいないし。
やっぱり頑張ってみよう、と一人力強く頷き、箸で掴んだお肉を口に運ぼうと顔を近付けた時だった。
「やっぱり足りない!くれ!」
そう言った彼は突然私の右手を掴み、首を伸ばす。そして、私の箸を自分の口へと運んだ。
!!!!!!
か、か、か、間接キ!!
金魚のように真っ赤になって口をパクパクしている私に彼は全く気付いていない。
彼の口から外された私の箸先を思わず凝視してしまう。身体中が一気に熱くなり、頭から湯気でも出ているんじゃないかと思った。
そんな私にやっと気がついたのか彼はこっちを見ると、慌てて両手を合わせてごめんのポーズをした。
「睨むなよ。また買ってきてやるから!」
全く言葉にならなくて……違うんだけど……全然違うんだけど、私はブンブン頭を上下に動かした。
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