第3話 絆創膏

 やばい、まじで俺、神がかってんな。

 まずどうする。

 ベッドの上で胡座をかいた俺は、目の前に枕を立てる。


『あ、あの時はありがとう。お陰で俺、勝てたんだ』


 かな。やっぱ。


『じ、実は私も影から応援してました。あ、あの……』

『あ、待って!俺から言うよ。言いたいんだ』

『え?』

『好きだよ』


 なんつってーーー!!!


「うっせぇな!右京!!」


 丸めた雑誌が後頭部に飛んでくる。

 バサバサと空中で拡がりながらも俺の頭にヒットしたそれは、背中の後ろに静かに落ちた。


「ってぇ!何すんだ、左京!!」


 頭を右手で擦りながら振り向くと、机に向かっていた双子の弟・左京がこっちを軽く睨んでからボソッと呟いた。


「全部声に出てるぞ」

「はっ?」

「だから、俺神がかってんな。から 好きだよ。まで全部声に出して喋ってんだよ。お前。バカか」

「き、きいてんじゃねぇ」

「俺の部屋でやるなよ。俺の枕だぞ!」


 左京は右手でシッシッとやったあと、また俺に背中を向けた。


 こ、こいつ!

 これじゃどっちが兄貴かわかんねぇ。

 イライラしながらさっき飛んできた雑誌を手に左京のベッドに横たわる。

 バサバサ捲ったページがどれもこれも目に写っては過ぎていくだけだった。


「……で?見つかったの」


 その声に、雑誌から目線だけずらすと、左京は小難しそうな参考書から視線も上げずにそう話す。

 俺は見てない雑誌にまた目線を戻し、冷静なふりをして聞き返した。


「み、見つかったって?」

「ばんそうこちゃん」


 参考書を見つめる涼しげな横顔のまま左京は言った。『ばんそうこちゃん』とは俺が夏の大会で出会った女の子のことだった。

 膝を擦りむいた俺に、恥ずかしそうに絆創膏を手渡す奥ゆかしい女子!

 制服のスカートは規則通りの膝丈で、あんな暑い日だったのに、黒い髪は涼しげに揺れていた。

 しかもその制服は、まさにこれから通うことになる高校の女子の制服だったから、運命的なものを感じずにはいられなかった。


 一人で想いを巡らせていると、机の方から視線を感じる。見ると左京はこっちを向いていて、片側の口角が上がっていた。


「な、なんだよ、ばかにしてんのか!」


 また反撃されそうだと思った俺は雑誌を横に置いて起き上がる。


 そして「わかったよ。部屋戻ればいいんだろ」と言いながら腰を上げた。

 だが、それとほぼ同時に左京は俺の背中に向けて「良かったな」と笑う。


 全く、どっちが兄貴かわかんねぇ。

 出ようと掴んだドアノブから手を外してベッドに戻った。

 その間も左京の口角は片側だけ上がったままだった。


「……聞かせてやるよ」


 そう無駄に強がってみたけど、こいつには全部バレバレで、俺の話したいオーラを察したのか、眼鏡を外すと椅子ごとクルリとこっちを向いた。


 昔からそうだ。

 こいつは俺のことをわかりすぎている。

 そりゃそうだ、双子なんだ。

 産まれる前から一緒なんだから。


 産まれたときからライバルがいるのね、なんて言うやつもいる。

 勉強も運動も、人気までも比べられる。


 でも、俺はこいつに敵わない。運動や勉強がどうこうじゃなくて別の部分で敵わない。

 左京はいつも俺をわかってて、俺自身もうまく言えないけど分身みたいな感じなんだ。

 俺だって左京のことはわかる。だけど、なぜかこいつの方が俺を操るのがうまい。だからか、何かで差をつけられても悔しいとか感じたことがないくらい、こいつは上手いんだ。


 左京はいつの間にか下から、二人分の飲み物を持ってきていた。


 左京はアイスコーヒー。

 俺にはソーダ。

 炭酸がパチパチと浮かんでは消えるを繰り返す。グラスの上で跳ねる小さな炭酸の粒は、浮かれる俺の気持ちと同じに見えた。


「まず飲んだら?」


 そう言って、先に口をつけたこいつは、やっぱり分かってる。

 今、喉がカラカラなんだ。

 これから彼女のことを話すには体の水分が足りなさすぎる。

 俺はグラスのソーダを一気に半分飲み干し、氷を1つ口に含んだ。

 じんわり溶ける冷たい氷で、少しでも冷静になろうと思ったから。


「落ち着いたか?」


 そう笑うこいつは、やっぱり俺のことわかりすぎているのかもしれない。こいつは女の子に対してもこんなに落ち着いてんのかな、そうふと思った。


「なんか言った?」


 グラスを置きながら不思議そうに聞く左京。また声に出してしまっていたらしいことに、俺は慌てて軌道修正した。


「あ、いや、しょうがねぇから聞かせてやるよ。……実はさ!」


 ばんそうこちゃんは、俺の前に座ってる女子の親友だったこと。今日の昼休み、前に座る水沼を誘いに後ろのドアを覗いた彼女。

 びっくりして心臓が止まるかと思った。

 まさかこんなに早く見つかるなんて。


『あ、千草、購買行く?』


 目の前で立ち上がった水沼はそう言って財布を抱え出ていった。

 二人は二、三言話すと微笑みあい歩き出す。

 一瞬消えて、また前のドアを通るときに見えた横顔はやっぱり間違いじゃなくあの子だった。


 千草ちゃん、か。

 惚けた頭で彼女の名前を繰り返した。


「水沼がいいやつそうだから、相談しようかな!」


 興奮する俺を見て笑う左京。今度は片側だけじゃなく、思い切り笑っていた。

 左京のアイスコーヒーはまだまだ残っているのに、俺のソーダはあっという間になくなった。


 じわりじわりと溶ける残された氷までたまに笑っているように音を立てた。


『右京ー!左京ー!』


 下から夕食を知らせる母さんの声。

 一通り話は終わっていたが、一度盛り上がった気持ちはなかなか冷静さを取り戻せない。

 このテンションのまま、親の前に行くのは何だか恥ずかしかった。

 返事を出来ずにいると、ドアの向こうへ左京が叫んだ。


「大事な話中ー!!すこし時間ちょーだい!!」


 ――!!


 ほら、やっぱり左京には敵わねぇ。

「残り飲んでもいいぞ」そう言って、アイスコーヒーのグラスを俺の方へ少しずらした左京はまた椅子をクルリと戻して参考書を閉じた。


 その行動はまるで『それ飲んで落ち着いたら言えよ』と言っているみたいだった。


 どっちが兄貴かわかんねぇ。

 俺は左京の背中に向けてニヤリと片側だけ口角を上げ、アイスコーヒーのグラスを口に運んだ。

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