第176話 彼らの力
「つまりだ、エールってのはこう、要するに力なんだよ。風が吹くにも木が大きくなるにもエールが深く関わっているんだ」
サッズの説明にライカが駄目出しをした。
「大雑把でわかりにくい、他人に伝える努力が見えない」
「仕方ないだろ、面倒なんだよ」
「警告だけして面倒だから説明は端折るとか、恥ずかしいとは思わないの?」
またも喧嘩モードへと移行しそうな二人に、慌ててハトリが割って入った。
「待て待て、説明する気が無い奴に何言ってもしょうがないだろ?ライカ、お前わかってるなら代わりに説明しろよ」
「そういうふてぶてしい所は好感が持てるんだけどな」
いかにも纏め役然と場を仕切ろうとするハトリをサッズが評価する。
「サッズってセルヌイは苦手だけどエイムは好きだもんね」
ライカがさもあらんと頷いた。
「上げてるのか下げてるのかわからない身内話は終わった?ともかく僕の歌が訳のわからない力を持っているとかいう話を説明してよ」
ハトリがライカを促す。
本来はあまりのんびりと出来る状態ではない一行だが、ハトリが自分の歌についてしつこく食い下がるので、仕方なくサッズが投げやりな説明をすることになったのだが、その成果はあまり出ていなかった。
歩みのほうも一応進んではいるのだが、この隠し道の出口が
途中で隠れ道から離脱して南側へと山を抜けるという方針は決まっているのだが、南側は山裾に配置が無いのと引き換えるように山中を移動している巡回が多い。
サッズが細かい動きを補足するのが苦手なことも相まって、出てノコノコ歩いている間に包囲されるという事態にもなりかねなかった。
何しろ、ハトリの家族達は馬車を北側の原っぱで乗り捨てており、山中に誰かがいるのは確実に相手に掴まれている。
「う~ん、要するにさ、水と同じようなものだと思ったらいいよ」
選手交代したライカの説明に、今度はサッズがバカにしたように鼻を鳴らす。
「水?」
「そう。あのさ、俺達の体の中を流れている血も水の一種だろ?」
ライカは無視して続けた。
「血は血だろ?」
ハトリの反応にサッズが吹き出す。
「あいつ殴っても良いか?」
ハトリが苛ついたようにサッズを見てライカに尋ねた。
「手が痛くなるだけだよ」
そう言われて仕方なく、首にしがみついたまま寝てしまったセツという少女を抱えたハトリは、サッズに舌を出してみせるに留める。
「ハトリって果敢だよね。それはまぁともかくとして話を戻すけど、血も水の一種と思ってみて。川や地中、海の水、雪や氷、ありとあらゆる所に水は色々な形で存在して、それは命を支える力の一部になっている。その一方で移動する水は実際に世界を動かしている。例えば種は雨の季節になると水を感じて芽を出すし、強い雨は大地を抉ることもある。波は海岸の岩を削るし、川の中を転がり流される石は丸くなる。つまり留まる力と動く力、その両方を兼ねているのが水だ。エールも同じなんだ」
ライカの渾身の説明に、ハトリの反応は薄い。
「水はどうでもいいだろ?結局エールってなんだよ」
頭を抱えたライカの肩をサッズがねぎらうように叩いた。
「俺が失敗して嬉しいの?」
「いやいや、あいつの理解力が無いってだけだろ?大丈夫わかってるさ」
サッズはとても嬉しそうだ。
ライカはぴくりと眉を動かしたが、とりあえず何も言わずにその慰めを受け入れる。
彼らの努力は報われなかったが、助けは意外な所から現れた。
「あたしはなんとなくわかったかも?」
「ほんとうかよ、メレン」
いそいそと歩み寄ってくる女性は、メレンといって妙齢の女性だ。
彼女はその魅力を見せ付けるように大胆に胸元が開いた、襟ぐりの深い一衣の袖なしの服に広い布を三角に折った物を羽織っている。
腕や耳や首や足、あらゆるむき出しの箇所には、高価ではなさそうだがとりどりの雑多な装身具が飾られていて、酷く浮世離れした雰囲気を醸し出していた。
「ほら、あたし占いをやるじゃない。そんときちょっとだけ、世界の一部に触れているなって感じるのよ。その子が言ってるように、水みたいにありふれているけど、強い力が確かに世界にはあるわ」
「それって、僕の歌がメレンの占いと同じってこと?メレンの占いってすっごいムラがあるじゃないか」
「あんただって興が乗らない時は投げやりに歌ったりしてるじゃない」
痛い所を突かれたのか、ハトリはぐっと詰まる。
「でもいいわね、その考え方。エールか、うん、いい感じ。ちょっと札を切ってみるね」
メレンはいそいそと自らの胸元に手を差し入れると、ずっしりと重そうな一揃いの札を取り出した。
白っぽい皮紙に絵柄が彩色されていて、見た目も鮮やかで美しい。
「綺麗な絵ですね」
ライカがその絵柄の精密さに感じ入ったようにそれを褒めると、メレンはふふと笑ってみせる。
「綺麗でしょう?とてもあそこでボーっとしてる朴念仁が描いたとは思えないわよねえ」
示されたのは一行の中で一番大柄の男性で、いかにも働き盛りの強靭な肉体を持っていた。
ただし、今の彼は顔を真っ赤にしてメレンの胸元を凝視している。
それはやましいことを考えているというよりも、呆けたように魅入られているといった感じだった。
「おい、グスタ、言わせておいていいのかよ?一度ぐらいガツンといっとかないと、お前これから一生メレンにいいようにこき使われるだけだぞ」
ハトリがそんな男の背を叩いて促すが、その言葉にグスタは更に赤くなる。
「そ、そんな一生だなんて、俺がメレンに吊り合うはず無いし」
「お前バカだろ?」
容赦の無いハトリの言葉に、今度はしゅんとうなだれた。
「そうなんだ、俺、馬鹿だからさ」
「違うだろ!そんなんだから言われるんだろ!もっとビシッとすればそのガタイなんだからそれだけで他人にあれこれ言われるようなことはなくなるんだぞ?」
彼らのやり取りをふうと溜め息混じりに振り切って、メレンは急遽地面に敷物を広げて札を切り出す。
「坊や達、色々ありがとうね。おかげで手探りでもどかしかった占いのコツが掴めた気がする」
目を閉じ、札を切るメレンの姿に、サッズは「ほう」と声を上げた。
「面白いな。人間の体内のエールは肉に浸透して外側に働きかけたり出来ないものだが、この娘にしろあの馬鹿にしろ何らかの方法で周囲のエールを引き寄せているんだ。ライカ、目を閉じてちゃんと見てみろ」
言われて、ライカは目を閉じ、もう一つの視界を開く。
世界が鮮やかに切り替わり、互いに響き合う存在が周囲を覆っているのを感じた。
その中で強い光を帯びるのは人間だ。
人間の存在の力は圧縮した炎のように強く、まるで火で炙るように他に影響を与えている。
そして、目前の女性にはその他の人間とは違う現象が起きていた。
この世界の大気の中にはエールは存在しないが、植物の吐息、太陽の光、そういった物にはエールが含まれている。
それらがまるで吸い寄せられるようにメレンの元に近づいたかと思うと、ぱっと離れ、どこかへと飛んでいく。
それ自体に意思などないエールではあるが、それはまるでそれ自体に意思があるような動きだ。
やがてメレンは札を切っていた手を止め、それを敷物の上に並べ始めた。
それらの札の上に、まるで灯火が灯るように小さな光が宿る。
「これってどういう現象なの?」
目を開けて、通常の視界に切り替えたライカは、並べられていく札を眺めた。
今の状態では、特に何かが変わったようには見えない。
「知らん、エールが動いている、それだけだな。エールってのは純粋な力であり、現象そのものでもある。何が起こるかはそこに介在する意思によって変わるんで外からはわかるはずもないだろ」
二人の評価など知らぬげに、目を開いたメレンは並んだ札を見て、一つ一つ頷いていた。
「うん、ダイダボ。もう少しして、日がもうちょっと高くなったら道を外れましょう。恐らく日が高い頃が最も逃げられる確率が高いわ」
「え?それってメレンの占いかよ?」
ハトリが疑わしそうに言う。
「身内を信じられなくては旅など出来んよ。わかった、まあやってみるかメレン」
ダイダボが決を下し、一座の者は個々には思う所があるにせよ、それに従うべく頷いた。
「で、お客人達はどうなされるかな?何も危なっかしい我らと運命を共にする必要もないのだが」
ダイダボはライカとサッズにそう尋ねる。
ハトリも「ああ」とそれに同調した。
「元々うちの家族と合流するまでの約束だったんだ。お前たちは別行動で動いたほうが、両方が助かる確率も上がるんじゃないか?」
ロバに積んでいる荷物の中から楽器を見付けて取り戻すと、ハトリはそれを背に負い、やっと落ち着いたという風に笑ってみせる。
「ううん、山を降りるまで一緒に行こう。相手もバラけてるのにこっちもバラけたら発見される確率が上がるだけだよ。その、メレンさんの占いも信じてみたいし」
ライカは微笑んでそう言った。
メレンが声を上げて笑う。
「ほらほら、やっぱり見る人が見ればわかるのよ、あたしの占いの確かさがね」
「グスタ!やっぱりなんか言ってやれよ、ほら!こいつを調子に乗せるな」
「あ、ああ、メレンは綺麗だし、才能があるからな。俺達の自慢だよ」
グスタは熱に浮かされたようにメレンを賛美する。
「違うだろ!馬鹿だな!」
「うふふ、グスタって正直だよね。そういう所嫌いじゃないよ」
メレンの評価に、グスタはまたも赤くなると、ロバを引っ張って張り切って歩き出した。
「こいつら、危機感が無いな」
「サッズの言うことじゃないと思うよ」
老人や子供混じりの一行だ。
どうしても足が遅くなり、気配を消すこともおぼつかない。
追手がいる状態で動くとしたら最悪の道連れだろう。
それでも、ライカはこの一行の見えざる力を信じたいと思った。
それは歌でもなく、占いでもない。
互いを信じ合う繋がりの強さだ。
「ほんと、人間ってのは変な連中だ」
サッズはそう漏らすと、周囲の気配を探る。
細かい動きはわからずとも、人間の気配が散らばる大体の位置は分かるので、それに注意を向けることにしたのだ。
「最悪、飛ぶことも考えとかないとね」
「そいつらは乗せないからな!」
「あーはいはい」
一行は用心を重ねて気配を探ると、日の高い真昼近く、とうとう隠れ道である涸れ谷を抜けたのだった。
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