第175話 力宿る歌

「なるほどね、あんたの事だからどっかの変態オヤジか美少年好みのおばさんか単純に人攫いかに捕まったんだろうって思ってたけど、まさか海賊に捕まって他の大陸に売られる所だったとはね。凄いじゃないか、タダで他の大陸に行ける所だったんだろう?」


 合流したハトリの一家、『ダイダボ一家』の女性、メレンが、ハトリが行方不明になった事情を聞いて、少々残念そうに感想を述べた。


「メレン、お前ね、他の大陸ったって外を見て回れるとは思えないし、観客はずっと一人程度だろ?僕はそんなの嫌だね」


 一家といっても実はこの中に実際に血が繋がっている者はいないのだという。

 バラバラになって行き場が無くなった流れの芸人が寄り集まって出来た集団ということらしい。

 とは言え、ライカ達の家族も実際に血縁関係があるのはタルカスとセルヌイだけで後はみな拾われっ子ばかりなので似たようなものかもしれなかった。


「いいじゃん、どうせ流しの芸人なんて好きでもない脂ぎったおっさんやぶよぶよに太ったおばさんに撫で回されてなんぼなんだし、結局やることは変わらないでしょ」

「違うね、全然違う。誰かの所有物になるなんて、考えただけでゾッとするよ」


 二人の口論は止むことなく続き、他の者はどうやらそれに慣れているらしく、気にする様子もない。


「この度はうちのハトリが世話になったようで、ありがたい話だ。あれはあんなひねくれ者ではあるが、芸はかなり達者での。もう少し年月に磨かれれば名前を聞いただけで歌をねだられるぐらいの芸人にはなろうと見ているのだよ」

「ハトリにいを助けてくれてありがとう!」


 旅をするには厳しそうな老人が腰を折るように礼を言い、ズボンを掴んだ少女が嬉しそうにそれに習う。

 ライカはどちらかというと困惑の色合いを濃くした顔でそれらに対した。


「いえ、色々助けられたのはこっちのほうです。俺達は旅は大集団でのものしか経験が無いので、凄く助けられました」

「いやいや、あやつが身内以外を連れ歩き、あまつさえ不測の事態とはいえ隠し道に案内するなど、本来考えられないことでの。まあわしらは皆何か抱えている者ばかりだが、あれは若い分、より攻撃的に物事を受け止めてしまって、何もかも拒絶する傾向があったのだよ。誘拐されたかもしれんと思った時には悲しかったが、こういう変化は嬉しい誤算だったよ」


 傍らで話を聞いていたサッズが、そこに焦れたように口を挟んだ。


「あいつの話はどうでもいいだろ?人狩りがどうとかという今の事情を詳しく話せよ」

「人の話を遮るなんて、行儀悪いぞ」


 ライカがそんなサッズの側頭部に拳を突き出すが、サッズはそれを軽々と避けてしまう。


「緊急事態じゃなかったのかよ?ちんたら身内自慢を聞いてていいのか?」

「段々口が悪くなっている気がする。ほんと、どこで覚えてくるんだろう」


 今度はライカ達まで口論を始めそうな雰囲気に、老芸人であり、この一家の代名詞ともなっているダイダボが笑顔で謝罪をした。


「いや、そちらのお方のおっしゃる通りです。正に我らの危機感が不足しておるようですな。別に子供と侮ったつもりは無いのですが、どうかお許しを。我らもそう深く知る訳ではないのですが、わかる限り事情を話しましょう」


 ライカに対する時と違って、まるで貴人にするように丁寧にサッズに挨拶をしたダイダボは、事の経緯を語り出す。


「そもそもの始まりは二十日程前のようですな。とある小さな集落で流行り病が出たそうで、皆がバタバタと床に伏し、最初の死者が出た時、領主に報告が行きました。驚き、恐れた領主はすぐに己の騎士団にその集落を囲ませ、逃げる者を許さずに集落に火を放ったということです」

「え?病が何だったかも調べずにいきなり人が住んでいる場所を燃やしたのですか?まだ一人死んだだけだったんでしょう?」

「いかに疫病が恐れられているとは言え、確かに乱暴な処置でしたな。ほとんど山賊の所業と同じようなものです。だが、山賊とは違う部分がありました。すなわちこの処置で、領主は利益を得るどころか、収益を得るための場所を一つ失ったということです」

「馬鹿げた話だな」


 ダイダボの話に、ライカは驚き、サッズは呆れた。


「ですが、この領主の愚かさはこれっぽっちの話では無かったのですよ。領主は失った利益を他で埋めたいと考えた。そして、疫病を封じるという口実で旅人を襲って荷物を奪い人を売り払うという方法を思い付いたのです。いっそ悪魔の賢さと言うべきかもしれませんが」

「それって、通る話なんですか?襲われた旅人に商組合の人とかどこか別の領の使いの人とかいたりしたら抗議されると思うのですが」

「疫病の蔓延を防ぐためと言えばまあ通らぬ話ではないでしょう。人を売り払っているのはマズいですが、いざとなったらそれは諦めて荷物だけでもそれなりに稼ぐことが出来る。ただでさえ今は戦場の呪いで、知られていない病があちこちで発生しています。ここいらは戦場からは遠いとは言え、その地域から人が流れ着いていないとも言えない。いや、そう言い張るでしょうな」

「そうなんですか。でもこの辺にそんなに実入りがある程旅人が通るのですか?」


 ライカは不思議そうに尋ねた。


「そうですな、この山の西側に北の諸国と南の諸国、というよりエルデと繋がる中規模の街道があるのですよ。今やこの大陸の多くの国がエルデの食料を頼りにしています。その街道を通れば国を渡る時に通行料を取られる訳ですが、それを嫌う商人や裏業者等は山越えをしたりするのです。それらを狙っているのでしょう」


 話を聞いたライカは、ふとあることに考えが及んで身震いをした。


「もし、この方法が成功したら、他の領主も真似をしだすのではないでしょうか?」


 ライカの言葉に、ダイダボは目を見開いた。


「あり得る話ですな、いや、そうなるような気がします。わしら旅の者には再びの受難という訳です。せっかく戦の世を、その後の恐ろしい時代を乗り切って生き延びたというのに、年寄りには堪える話ですな」


「だから僕がずっと言ってるだろ?人はもう限界なんだよ、滅ぶべき時が来ているんだ。終わりの業火をのうのうと生き残った僕らはあらゆる災いを身に受ける運命なんだよ」


 いつの間にか自分達の口論を終わらせてダイダボとライカ達の話を聞いていたらしいハトリが、まるで詩を吟じるようにそう言った。

 抑揚の利いたその言葉を耳にすると、まるで今にも不幸が降り掛かりそうな気持ちになって、ライカは首筋がひやりとするのを感じる。


「馬鹿馬鹿しい。力ある言葉をそんな風に愚かに使う奴に初めて会った。まだこないだのメロウのほうが愛のために使っているだけマシだな」

「なんだって?」


 サッズの指摘に、ハトリは驚いたようにその顔を見た。


「わかっててやっていた訳じゃないのか?お前の詩にはエールが宿っている。それを自らを絶望に追い込むために使っているのは度を失っているにしても酷いと思っていたが、無意識だというならもっと酷いな」

「エールが宿る?」


 サッズの言いようにハトリは理解が追い付かず、眉根を寄せて聞き返す。


「お前もメロウの、人魚の歌を聴いただろう。あれはエールを放つことによって世界に働きかけているんだ。だから船に嵐が届かなかった。お前の場合はそこまで世界を動かす力がある訳じゃないが、人の心を揺らすぐらいのことは出来るはずだぞ」

「それは、僕の歌はそのエールだのという力が宿っているから人から褒められるって言っているの?僕の歌自体の力じゃないって?」


 にわかに気色ばむハトリに、サッズは冷めた目を向けた。


「世界のことわりがわからぬ者に話をするのは疲れるな。うるさい、もうお前は勝手に滅ぶでもなんでもすればいいだろう」


 絶対の拒絶。

 冷ややかな、触れることも許さないまなざしに、激高寸前だったハトリの心胆は急激に冷める。

 実際にその体は本人の意思とは関係無しに細かく震え始めていた。

 絶望を歌っていたと言われたハトリだが、そのサッズの言葉こそが世界そのものからの拒絶のように絶望的な暴力に感じられたのだ。


「ダメ!ハトリにいをいじめないで!」


 だが、そんな他者を寄せ付けない冷厳さを放つサッズに、果敢に殴りかかった者がいる。

 それは小さな少女だった。


「セツ、ダメだ!」


 ハトリの凍りついたような体が咄嗟に動き、小さな少女を庇うように抱え上げた。

 ぎゅうと抱いたその子供の高い体温が、ハトリには胸の奥を温める小さな太陽のように思える。


「なんだ、お前にも守りたい相手がいるんじゃないか。それで人が滅びるだの、生きるのが災いなどよくも言えたものだ」


 孤高の者。

 空に一つきりで輝く青い星のように、サッズの姿は冴え冴えと世界に異を放つ。

 あまりにも人離れしたその姿は、他人には美しいという思いよりも、恐ろしさを抱かせる。

 それでも人の枠になんとか押し込めようと、人々は勝手にサッズを貴族や王族に置き換えて受け止めていた。

 だが、本当は誰もが魂の奥底では気づいているのだ。


 それは決して人ではないと。


「サッズ、脅かし過ぎだろ、子供を泣かせちゃダメじゃないか!」


 ライカは、静かな怒りを言葉に込めて、両の拳をサッズの耳の後ろに押し付けた。

 グリグリと押し付けられるそれに、サッズはその威厳も何も放り出して悲鳴を上げる。


「やめろ、バカ!やめないとこうだ!」


 サッズは素早く身をひねると、ライカの頬を摘み上げた。


「ひたい!ひゃなせ!ヴァカサッス!」


 先程までの冷え冷えとした空気はどこへやら、彼らはいつの間にか賑やかないつもの兄弟喧嘩に雪崩れ込んでいた。


「お前らなんなの?ってか、騒ぎすぎだろ!今どんな場合かわかってんのか?おい!」


 緊張状態のまま放り出された形のハトリは、小さな少女、セツを胸に抱え、気持ちの整理も出来ぬままに、それでもなんとか二人を止めようと、怒り顔を装ってその周りをうろうろと回っていたのだった。

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