第90話 人混み見物

 みな同じように動き回っているように見える人の波も、よくよく見ればそれぞれに違う目的を持っていることがわかる。


「あの人は夕食の買い物だね、鍋持ってるし。こっちの人は旅装だし、宿探しかな?あっちの人は凄く急いでるね、何か持ってるみたいだし、商売の途中かな?」


 ライカは、人の多さにまたいつものイライラを募らせ始めたサッズの気を少しでも紛らわせようと、通り掛かる人の目的当てをしていたのだが、これは予想以上にライカのほうが面白くなってしまった。

 もちろん正解の答え合わせは他人の意識を直接見れるサッズがやるのである。


「あれは確かに飯の買い出しだな、なんか何かが高いとかぼやいてるぞ。そっちは旅人には違いないが、どうやら宿じゃなくて雇ってくれる相手を探してるようだ。あの急いでる奴はどうも見付かったら罰を受けるようなことをしているようだぞ、そこらの兵隊連中に言ってみるか?」


 サッズはサッズで、ここの所急激に人間というもの、そして、その社会について学んでいた。

 たとえ意識が見えたとしても、以前のサッズならその相手が具体的に何をしようとしているのかは判断出来なかっただろう。

 サッズに見えるのは人が一番強く考えていることだ。

 もちろん、その気になれば隠し事だろうがなんだろうが意識に深く突っ込むことも出来るが、そんな無茶をすれば相手の精神は只では済まない。

 普通の人間の頭の中は、竜の意識に進入されて平気でいられるようには出来ていないのだ。

 しかし、それでもサッズに言わせると人の意識は複雑でつかみにくいらしい。

 特に、目前の事態以外のことを考えてる場合は、突拍子もない理屈が展開されていたりするらしいのだ。


 具体的に言うと、買い物の女性の意識で言えば、まだ作ってもいない料理の手順を考えながら、いきなり物の値段や買った先の店の不満を呟いたりするらしい。

 それを纏めて、食事の為の買い物で商品に不満を持っていると判断したという訳だ。

 同じ人間からすれば普通の判断に思えるが、竜には社会という物が存在しない上に、未だ起こっていないことを、さも目前の事実であるように具体的に考えるという思考方法など、やったこともやろうとしたこともないのである。

 それら全てを自分の中で消化出来るようになったサッズの適応能力の高さは驚嘆すべき物なのかもしれなかった。


「ちょっと待って、兵隊さんにどうやってそれを説明するつもり?というか、まず俺に教えて、あの人のやろうとしてることは何?」

「ん~っとな、何か凄く貴重な物を、誰か殺したい程嫌いな奴より先に、ええっと、交換?取引?して出し抜こうとか思ってるみたいだぞ。意識の中の未来でその嫌いな相手を半殺しにしてるな」

「なんとなくわかった。それはきっと罪になるようなことじゃないと思うよ。商人っていうのはいつも頭の中で殺し合いをしているんだって聞いたからね。でも本当にはやらないんだって。差し引きで得にならないから」


 ライカの説明に、サッズは首を捻る。


「なんだか良くわからないな」

「商人って確実に儲かると思えること以外はやらないんだって。そうじゃなきゃそれは商人じゃないって」

「商人ってのは役割の名前だと思ってたが、人間の中のそういう種族の名前か?」

「役割で合ってるよ。でも人は自分の選んだ役割に自分を合わせるものなんだって。前にうちの食堂に来たお客さんが商売で儲かった話の流れでそんなことを言ってたんだ」

「面白いというか、思ったより人間は複雑なんだな」


 ライカはちょっと笑った。


「まあそういう風に考えると竜は単純だけど、竜は自分だけで何もかも出来てしまうからね。人間は一人だと足りない部分が多いから社会という群れが必要で、必要な部分に役割が細分化されていくんだと思う」

「う、やめろ!また小難しい話にするな。とにかく人間はそういうもんだとわかってればそれでいいんだよ」

「サッズって、筋金入りの理屈嫌いだよね。まぁいいや、続ける?」


 続けるのかという問いは、通り掛かりの人の目的当てのことだが、主語が無い。

 実を言うと、ライカはちょくちょくこうやって主語や目的語を飛ばしてしまう癖があった。

 祖父には時々注意されていたのだが、これは心声と音声言語を両方駆使して話していた時期があったがための弊害だろう。

 そういった子供時代の癖というものは中々抜けないものだ。


「ちょっと待て、何か食い物の匂いがするぞ。宿代に夜の飯代は入ってないんだよな」

「うん、夜は自分持ちだって。炒り豆貰ったのの残りがあるけど、サッズはこれじゃ辛いよね?」

「ああ。これは肉の匂いだ。食えるなら食っておきたいな。おい、こっちだぞ」

「そっちは左だよ。まあいいか、迷ったら兵隊さんに聞けばいいし」


 さっさと歩いて行くサッズの後を、ライカも慌てて追う。サッズが食べ物の誘惑に加減を忘れて動くと大変なことになってしまうので、少し心配しての行動だった。

 やがて、小走りにならなくては追い付けない速度にはなったものの、サッズの歩きは人間としてもちょっと早いぐらいで安定している。


(なんだかんだ言って、理解は早いんだよな、サッズ)


 自分についてライカが意識したことに気づいてふと振り向いたサッズに、にこりと笑って見せて、ライカは改めて賑わう人々を見た。


(いろんな人がいるな。服装だけでも全然様式が違ったりしてるのはよその国の人だったりするのかな?)


 とは言っても、ライカ達の街での普段着と、途中寄った場所やこの街の普段着らしい物も随分違う。

 ライカ達は目の粗い生地の服を何枚も重ねて着るのが普通だが、ここいらの人は目の詰まった生地や革で出来た裾の長い上着をすっぽりと被せるように上に着ていて、内側にはそれ程着込んではいないようだった。

 もちろん気候の差もあるだろうが、流行っているデザインがそもそも違うのだろう。

 ミリアムなど、「うちみたいな田舎は数年は流行から遅れてるから」とか言って、王都の女性の服を見てきてくれとか頼んでいた。

 正直に言うと、ライカには服装の組み合わせとかは良くわからない。

 大雑把でいいなら構わないが、ミリアムの以前の祭りの時のあの細かい拘りようから推測して、そんな報告で満足してくれるとは思えなかった。


(忘れていたことにするしかないかもしれない)


 考えながらも、サッズの背中が消えた方角にライカもそのまま追いかけて曲がる。

 その途端、立ちすくむ羽目になった。


「市、場……かな?」


 自信なさげに呟いてしまうライカである。

 疑問形なのは、規模が大きすぎたからだ。

 道も何もかもを埋め尽くして、見渡す限りテントのような店が並んでいる。

 それも二列とか三列とかいう勢いではなかった。

 店は数本の細い柱と屋根としての布覆いで形作られていて、大きさや色はまちまちだが、そのくせ整然と並んでいる。

 少なくとも、人が歩いて通れるぐらいの間隔は空けているらしいが、奥へ行く人、手前に来る人がごった返して、まるで無理やり隙間に詰め込んで押し出してるような状態に成り果てていた。


「うう、肉は食いたいし、あの群れは嫌だし」


 サッズが市場の入り口で真剣な顔で呟いている。

 さすがに、ライカでも入り込みたくない人混みだ。

 サッズなら尚更だろう。

 それに、ここまで来ればもうライカにも焼いた肉の匂いがわかった。


「買って来るよ、待ってて」


 ライカは意を決してそう言い置くと、果敢に、その熱気溢れる群れへと飛び込んだ。


 ― ◇ ◇ ◇ ―


 肉を焼いているのは、市場の真ん中辺りで、そこらは一帯食べ物を作って売っている店が並んでいるようだった。

 見たことのない植物の実らしきものや、干した何か、液体が入ってるらしき壷。

 さまざまな物が人の手を介して更に見たことがない物に仕上がっていく。

 その場所は休憩場所にもなっているのか、座り込んで何か食べている人や立って何かを飲みながら歓談している人が目立つ。

 他の列からすれば間隔も遥かに広かった。


「肉は、こっちか」


 匂いの元を見ると、吊るした何かの肉の塊から、びっくりする程大きなナイフで手早く一切れを切り取り、その場で大きな銅版の上で焼いている。

 骨の形を見てみても何の肉か良く分からなかったので、ライカは店主に聞くことにした。


「すみません、これって何の肉ですか?」

「ああ、珍しいだろ?飛ばずに地上を走る、ロバぐらい大きい鳥なんだぜ?モアとか言ったっけな」

「この大きさで鳥なんですか?」


 ライカが小さい頃に暮らした場所には巨大な生き物はいくらでもいたが、こちらではそれほど大きな鳥は見たことがなかったので、いささか驚いてそれをしげしげと見る。


「おおよ、味はしまってて癖が無くて脂身が殆ど無くてな、こうやって日数が経った後でもあんま臭くならないんだ。塩の代わりに赤辛味の葉を詰めて運ばれたから普通の塩漬け肉じゃとうてい出来ない直焼きが出来るし、その名の通り、辛味も付いてて美味いんだぜ?」

「いくらですか?」

「お、おぼっちゃん味が分かるね!いいぜ、オマケして一切れ六カランだ」

「六カラン……」


 ライカの働いていた食堂で六カランも出せばかなり上等な食事が出来る、とうてい肉一切れに出す値段ではなかった。


「少し高くないですか?」

「いやいや、さすがにこんな屋台でぼったりしないぜ、普通だぜ、まあ珍しい肉だからちょーっと高いかもしれんが、味はそれだけの物がある、保証するぞ」


 四切れも買えば二十四カラン、かなり痛い出費だ、ライカは少し考えて、その肉を三切れ頼んだ。

 自分は一切れあれば問題ないし、サッズだけニ切れにすればいい。ライカはそう判断したのだ。


「おう!毎度!」


 ライカは、腰に巻いた布包みを解いて、紐に通した銅貨を一枚ずつ数えるように計十八枚主人の手に乗せていく。

 にこにこ顔の主人を眺めて、やっぱり少しぼったくられてるんじゃないか?と疑いを消せないライカだった。

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