第54話 新入りのお仕事

 簡単な料理の為の野外炉が組まれ、その火に大鍋が掛けられる。

 旅の間の主食はスープかごった煮で、それを鍋の外側に貼り付けて焼かれたパンと共に食べるのが朝と夜の二食だ。

 中央出身の人間にとってはかなり貧しい食事だが、ライカ達西の街出身者にとってはかなり上等の食事である。

 穀物を全て他の地域からの買い入れに頼っているのだ。パンなど滅多に食べられるものではない。

 荷負い人に多い僻地の貧しい地域から働きに出て来ている者にとっても、こうやって満足な食事が出来るのは嬉しいことであるらしかった。

 荷を負う徒歩の一群は、ほとんどがそういう貧しい者達だったので、この集団は食事の時間には一気に賑やかになった。


「坊主、んじゃお前たちはあの街の人間なのか?あんま力がありそうにも見えないが、ちゃんとバテずに初日を終えるなんて中々見所があるなぁ」


 さっそく僅かな分け前の酒も飲んだらしい男達の内で、比較的若い二人がライカとサッズに話しかけて来た。

 荷運び人は彼等も含めた男六人で、嵩張る割には価格の安い品物と自身の身の回りの荷を負って歩いている。

 その主体になる荷物は、実は個人の届け物であることが多いらしい。

 荷馬車の中には各店舗の専用のスペースがあるが、それ以外にも個人の手紙や荷物、貴族からの依頼品等を多く運ぶため、それらはこうやって徒歩の荷運び人が背負って行くのが常であり、彼等が運べる量が即ち商組合外からの依頼を受けられる量ということなのだ。

 中には特殊なケースとして、伝言を依頼される場合もある。

 文字が読めない人間も多くいるので、代筆も頼めないような貧しい者達は、こういう荷負い人達に僅かな付け届けと共に伝言を頼んだりするのだそうだ。


 ライカとサッズは手紙を中心に預かっていたが、皮紙の他に板版や石版までも混ざっているので、見た目よりもかなり重い荷物だった。

 そもそも荷負い人と呼ばれはしているが、荷を負うだけが彼らの仕事ではない。

 荷負い仕事は僅かながら個々人に手間賃が貰えるので誰もが積極的行っているだけで、隊商の雑用こそが彼等の本来の仕事なのだ。


「はい、どうしても王都に行ってみたかったので雇ってもらったんです」

「あ~わかる、実はこいつもその口でな。故郷を飛び出して、つてのある仕事に転がり込んだって訳だ」


 そう言って、自分をエスコと名乗った男が示したのは、もう一人の若い男だった。


「マウノだ」

「あ、ライカです。こっちがサック」


 それはなんだか難しい顔をした青年だった。

 この二人は年が近いから気易いのか、どうもいつもつるんで行動しているようである。


「つてというと、お二人は同郷なんですか?」

「ああ、いや、こいつはあっちにいるカッリオのおっさんと同郷。なんだっけ?畑が隣同士とかなんとか」


 マウノ、と自己紹介した男はエスコの言葉に無言で頷いた。

 どうやらあまりしゃべるタイプではないらしい。


「ゾイバックさんの隣にいるのがカッリオさんですね」

「そうそうおっさんコンビ」


 ニシシと笑う人好きのする笑顔からしても、エスコは社交的な性格なのだろう。

 今は酒が入ってるので更にそうなっているのかもしれないが。


「てめぇら、何のんびりしてんだ!さっさと片付けを始めないか!」


 奥の、馬車溜まりのほうから顔を覗かせた隊商の長が怒鳴りつける。

 ライカはギョッとして、サッズは目を眇めたが、他の荷負い人達はケロっとしていた。


「へい、わかってますよ、あんたに鞭なんて振るわせませんから安心してください」

「ったく口だけは減らねぇな。ちゃんとやっとけよ!」


 エスコはペロリと舌を出し、またニシシと笑った。


「じゃ、俺達片付けます」

「あ、ああ、いや、そんなに慌てなくても大丈夫だぞ。あの怒鳴り声はまあ気にすんな、あの人、指示を出す時にいつも怒鳴るような言い方になるだけで、別に機嫌が悪かったり怒ったりしてる訳じゃないんだから」

「そ、そうなんですか?」


 ライカはサッズと顔を合わせた。

 ライカ自身も多少は、サッズなどは完全に相手の気分を読むことが出来る。


『イライラしてたよね?』

『あれが怒ってないとしたら怒った時がどうなのか興味深いな』


 食器や鍋の片付けは結構手間がいる。

 周りに水源が無い場合、後始末に水を使えないからだ。

 水が無い場合は人に危険のない草を束ねてそれで鍋や食器を擦って汚れを落とすのである。

 新入りであるライカとサッズは二人きりでそれを行った。

 ライカはサッズが面倒がって逃げるのではないか?と考えていたが、予想に反して彼はその仕事を楽しんでいるようだった。


「楽しそうだね」

「段々こういうチマチマしたことが面白くなってきた」


 基本大雑把な竜という種族だが、聞くところによるとその中でも飛竜は技能に優れていたらしい。

 案外と細かい仕事が向いているのかもしれない。と、ライカは微笑み、それをチラと見て、サッズがにやりと良くない笑みを浮かべた。


「ただし、人間にこき使われるのは業腹だ」

「それはそもそもサッズが王都に行きたいって言ったせいだろ?そこに文句を言うのは間違ってるよ」

「わかってるから文句を言わずにやってるんだろ」


 なんだかサッズは言い訳をする時の理屈だけが成長してきた気がして、ライカは思わず溜め息を吐く。

 そんな彼等の元に草を踏む足音が近付いて来た。


「おおい、真面目にやってるか?新入り」


 なんだか焚き火のせいか顔が赤く見えるゾイバックだ。

 彼等下働きの一団には全員に雑用があるはずなのだが、なぜか彼のようにふらふらうろついている人間が目立つのが不思議である。


「ゾイバックさんは何してるんですか?」

「酒を飲んでる」


 きっぱりと言い切った。


「酒か」


 ぽつりと洩らしたサッズの声に、ライカの意識が危険信号を発する。


「駄目だから」

「何が」

「お酒だよ」

「いいだろ?」

「駄目、サッズは刺激物がすぐ回るじゃないか。毒物が好きなのもそのせいだろ?」

「だろ?絶対いけると思うんだよな」

「いや、話聞こうよ、駄目だから」


「おい、お前ら、何こそこそ話してるんだ?俺を無視するとだな、旅路が辛いものになるぞ」


 脅しだろうか?彼の言葉を判断しかねてライカは首を捻った。

 どうもそれにしては険悪な雰囲気がないのだ。

 なのでライカはそれを冗談と判断した。


「あのですね」

「ああん?」

「お仕事良いんですか?」

「ふむ、よく聞け」

「はい?」

「ベテランになるとだな、仕事は上手く手を抜いて楽をすることが出来るようになる」


 ライカとサッズはさすがに呆れて言葉を発するのを忘れた。


「肝心の部分さえ外さなければ問題はない。どうせ偉いさんは荷物に張り付いて離れやせんから俺たちの仕事のチェックなんぞしやせんのだからな」


 がははと豪快に笑って、そのまままたどこかへとふらふらと歩いて行く。

 二人はしばし無言でその後ろ姿を見送った。


「……」

「ふむ、含蓄のある言葉だったな」

「えっ?」

「要するにだ、仕事には無駄があるんでその無駄な部分はやらなくてもいいってことだろう?」

「サッズ」

「ああ?」


 ライカは手に持った鍋を下に置いて、ふらりと立ち上がると、両の拳を握り込んで傍らの己が身内の弱点を両方から力いっぱい挟んで締め付けた。


「うあ!何をする!ちょ、やめろ!」

「変なことばっかり学習するのはやめろ!仮にも天上種族の誇り高い竜族がサボリとか覚えるな!」

「お前っ!ちょっとなに怒ってんの?ヤメ!オイ!」


 風はさやかに夜の香りを草の青い匂いに乗せて運んでくる。

 ライカとサッズの旅の最初の夜は、広大な世界の片隅で新しい物に囲まれてゆっくりと更けていったのだった。

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