第46話 作戦を練る

「なんか訳が分からない相手だったな。意識が読みにくいし、こう、つるっとしてて」

「じぃちゃんが前に言ってたけど、商人の人って小さい頃から考えを隠す訓練をしていて、言葉を武器に血の流れない戦いをずっと続けているんだって。そこらの石ころから人の命にまで値段を付けてその価値を争うのが商人の戦いなんだ。って、言ってたよ」


 ライカは祖父から聞いた時は全く理解出来なかった話を初めて少しだけ実感してサッズに語る。


「値段ってこの貨幣ってやつか?決まり事の意味もよく分からないのに、それで戦うとか、もう、理解を超えた領域だな」


 すごすごと追い返された帰り道、少年達は悄然と言葉を交わした。

 二人はもう一度根本からやり方を考え直す必要をせまられ、言おうか言うまいかと、その覆い隠した本音の部分を互いに目線で押し付け合い、結局サッズが口を開く。


「もうさ、俺たちだけで行っちまって良いんじゃないか?やる意味も責任も俺たちのものなんだし、他の連中がどう思おうとどうでもいいだろ?」


 ライカは溜息を吐き。

 分かっているのに確認しなければならない面倒事を読み上げるかのように淡々と言葉を継いだ。


「それは駄目。家族や親しい人を心配させるのはやっぱり間違ってるよ。そりゃあさ、竜族なら身内は互いの無事は離れていてもわかるから問題ないような話だけど、人間は少し離れただけで相手がどんな状況になっているかわからなくなるし、ましてや遠く離れて何日も無事がわからないとかなったら、勝手に行ったことを、帰ってからもその後何年掛かっても許してくれそうもない心配を掛ける羽目になってしまうよ、それに」


 わかり切っていたことを聞かされる者の常として、やや聞き流し気味にしていたサッズを意味有り気に見て、ライカは声に力を込める。


「なによりさ、サッズは負けたままでいいわけ?」


 その単語に含まれる意味の不愉快さに、サッズの顔がピクリと反応した。


「負けたってどういうことだよ」

「さっきも言っただろう。商人の人は何かを量る戦いに長けているって、その戦いに俺達は完敗したってことだよ。手も足も出なかったじゃないか」


 むうっと、サッズの口が不満そうに尖るのをライカは確認したが、その先に言葉はない。

 その意識もなにやら混濁していて明確な意思を伝えることは無かった。


「俺はね、もの凄く悔しかった」


 ライカははっきりと言い、その自分の言葉に更に悔しさを溢れさせる。


「まあ、そうだな」


 認めるのがそもそも嫌なのか、サッズも消極的に同意した。


「だけどな、この戦いのルールすら俺にはさっぱりわからんし、正直めんどくさい」

「じゃ、負けたままでいいんだ?」

「いや、それは良くない!」


 反射的に答えて、サッズは舌打ちをする。

 竜にとって負けるということは自身を否定されるようなものだ。

 こればっかりはどうしたって譲れるものではない。


「で、お前にどうにか出来るいい考えでもあるのかよ?」

「俺には無いよ。だから俺よりずっと経験を積んだ人に相談してみることにする」

「相談だぁ?」


 この辺りはサッズにはよくわからない感覚だ。

 他人の意見は結局は他人のものであり、自身の物ではない。

 誰かと話をした所で、それが何の足しになるのかが全く理解出来ないのだ。


「ここまでだって、色々な人と相談しながら進めて来ただろ?まあとにかく理屈はいいからやってみようよ」


 ライカはここでやっと笑顔を見せた。

 末子であるライカが決めたのならサッズがそこを覆すことはない。

 竜の家族では方針を決めるのは最も年若い者と決まっている。サッズは自分に出来る限りで、この弟を補佐するのがその役目となるのだ。


「わかった。確かに負けっぱなしで尻尾を巻く訳にはいかんのは当然だもんな、ルールがわからない以上、お前に任せる」


 この街は元は戦争から逃れてきた難民が集って出来た新興の街であるから、かなりの住人が流浪の経験を持っている。

 だが、一方で、自発的な旅の経験者は意外と少ない。

 その少ない内の一人が先にライカが相談を持ちかけた露天商のホルスであり、ライカが知っている範囲では、もう一人、治療所で腕を振るう療法師のユーゼイックがそうだった。

 ライカは食堂の仕事を終えると、いつもとは違い、治療所の休憩時間である午後の夕刻前を狙ってそこを訪れ、彼に相談を請うた。


「なるほど、王都への旅ですか。それはまぁ君たち二人でとはいかないでしょうね」


 彼は微笑むと、手ずから入れた茶を二人に勧めた。


「やはり心配させますよね」

「というか、普通に不可能だと判断するのが当たり前でしょう」

「不可能ですか?」

「そうです。この国は他所の国に比べれば固有名を持つような悪辣な盗賊団はかなり少ないですが、それでも無数の窃盗集団や盗賊組織はあって、彼等は旅人が通る道筋に見張りを置いていることが多い。君たちのような子供が二人きりでいれば彼等にしてみれば金貨が自分から歩いて来ているようなものでしょう。見逃すはずがありません」

「そんな連中は俺が片付けてやるから問題にならないぞ」


 サッズがうそぶくと、ユーゼイックはそれを笑うこともなく、彼を見詰めた。


「それではこんな場合はどうですか?他の旅人が食事を摂っている所に通り掛かり、お茶を勧められた。君たちは歩き詰めで喉が渇いている。有り難く頂いたら毒入りだった」


 毒に影響されないサッズが答えるのを遮って、ライカが答える。


「外に出た経験がない俺達では危険の有り無しの判断が出来ないってことですね?疑わないと危険は避けられないけど、ずっと全てを疑っていたら満足に旅は出来ない」

「そうです。一人旅というものは最もそれが厳しい。人というのはある程度は他人に依存する部分を持つものですからね。ましてそれがまだ守られるべき若者なら、保護すべき大人としては止めざるを得ない」

「先生は隊商に雇われて旅をなされたことはお有りですか?」

「ええ、何度か。治療者というのはどこでも重宝されますからね。しかし、彼等が身内以外の子供を雇うことはまずありません。なぜなら何かことが起きた時に、受ける非難によって評判を落とすのは彼等にとって大きな損だからです」


 ユーゼイックの断言というべき言葉に、ライカは唸った。

 彼等が考えていた以上に、事態は難しそうだと理解したのである。


「う~ん、ということは当然先生も反対ですよね?」

「そうですね、貴重なお手伝いが減るのも少なからず打撃ですしね」


 ライカは肩を落とすと礼をしてその場を後にした。


「う~ん」

「唸ってないで足元を見てないと転ぶぞ」


 自分で考えるのを投げたサッズはもう気楽なもので、城門内の小道をのんびりと先行しながらライカに注意を促す。


「サッズは割り切りが早すぎるよ」

「わからんことを考えてもしょうがないだろ?お前を信用してるのさ」

「ものは言いようだよね」


 城内の小道は先行きを低木等で覆い、周辺を目視しにくくなっているものだが、それでも普通ならばサッズが他人に気づかないはずがない。

 道を曲がった先に彼が居たことに驚いたのは、サッズからして全く気配を感じていなかったからだった。


「あ、領主様」


 なにやら木の枝をいじっているこの街の領主であり、城の主でもあるラケルドはその声に振り向くと親しみを込めた笑顔を見せる。


「どうした?迷子にでもなったのか」

「いえ、治療所に行ってきた帰りです」

「ほう?いつもと時間が違うな。それにお供付きとは珍しい」


 ラケルドは真っ直ぐに二人に向き直ると、茶目っ気を見せて軽く片目を瞑った。


「領主様こそこんな所で何をしていたんですか?」

「ああ、この木に今期の天候を聞いていた所だ」

「天候を?」

「そうだ。この木はその年の天候に合わせて花を付ける。花芽の数を数えておくと予測を付けやすいということだ」

「そんなことがあるんですか?」

「植物は動くことが出来ないから生きていないもののように思う向きがあるが、これらは動けないからこそ我等と違う感覚を持っている。これらにとって天候は正に生死を分ける重要事だからな」

「そうなんだ。植物も凄いんですね」

「それはそうだろう。何しろ植物には我々の病気を治す力さえ持つものが在るのだからな」

「ああ、そうか。そうですね」


 ライカは領主の顔を見て、少し躊躇った末に口を開いた。


「あの、相談があるんですけど」

「そうだろうな。そんな顔をしてる」


 その様子に、ラケルドが自分が話し出しやすいように水を向けてくれていたのだと気付いたライカは、少し照れたように笑う。


「いつも色々頼ってるばっかりでなんか恥ずかしいです」

「知らなかったのなら言うが、頼られるのは領主という仕事の内だ、安心して頼ってくれ」

「へえ」


 本当に知らなかったという風にサッズが感心したように頷き、ライカはその身内として、更に申し訳ない気分になったのだった。

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