第22話 城の主

「お前たちはなにやってるんだ?」


 戻ってきた班長さんこと、ザイラックの第一声はそれだった。

 彼の目前には大食堂の隅で無言で顔を摘み合う二人の少年の姿がある。

 彼の疑問は当然のものだった。


「あ、班長さん。お帰りなさい」


 ライカが頬を赤くして(もちろん摘まれたから腫れているのだ)振り向くと、サッズは軽く顔をしかめて手を引く。


「なんだ?喧嘩してたのか?」

「喧嘩?まさか、意見の相違ですよ」


 そう言ってにこりと笑うライカと、ザイラックの顔を見るとたちまち表情を消したサッズを見比べて、彼は軽く肩を竦めた。


「まぁ子供ん時は喧嘩するのは飯代わりというぐらいの方が良いさ。だが、遺恨は残すなよ」

「喧嘩じゃないって言ってるのに」


 ライカが抗議をすると、ザイラックは「分かった分かった」と軽く流して、話を変える。


「んで、こっちの話だが、こっちも少々意見の相違で揉めたが、領主さまは会ってくださるとの事だ」

「誰と揉めたんですか?」

「おお、なんだ?突っ込んで来るじゃないか」


 ザイラックは笑うと、ニヤッといたずらっぽい顔を見せた。


「なに、取り次ぎ役が役目を果たすのを嫌がったんで、こんこんと説教してやっただけさ」

「班長さんがお説教ですか?」

「俺だって部下を持つ身だぞ?他人に説教ぐらいはするさ」

「そう言われればそうですね」

「相互理解が叶って嬉しいよ」


 ふと、ザイラックは振り向き、やや斜め後ろにいたサッズに声を掛ける。


「俺の死角へ死角へと潜り込もうとするのをやめてくれ、気になって仕方がない」


 そう言って苦笑した。


「つい、悪かった」


 その簡潔な返事に、ザイラックはそのまま薄く笑って肩を竦めたが、ライカは驚いた顔をサッズに向ける。


「謝るなんて、どういう心境の変化?」

「俺だって悪いと思ったら謝るさ」

「あ~、無意識にやっちゃってたんだ?」

「だから謝っただろ?」


 声に出している言葉だけを聞くと二人の会話は他人からは微妙に分かりにくいのだが、本人達にそんな自覚がある訳がなく、また、それを聞くとはなしに聞いていたザイラックも別に気にしなかったので、その話はそのままで全員が納得した形で終わった。


「さて、お子様達、こっから先は礼儀作法に煩い輩がうじゃうじゃいるんで、怒られたくなかったら大人しくしてるんだぞ?」

「はい!」

「うちにも煩いのがいるから煩わしさは知ってる。大人しくしておくよ」

「いつも怒られてたからね」

「お前も煩いぞ!」

「ほらほら、言った傍から騒がない」


 大食堂の、入ってきたのとは別の出口から建物の内部へと入り、恐らく本城の内部らしき広い廊下を進む三人に、時折通り過ぎる下働きらしき人々が丁寧に頭を下げる。

 ライカやサッズからすればなんとなく変な気分なのだが、ザイラックはそれを置物程にも気にした風もなく、堂々と歩き続けた。

 段々と雰囲気に慣れて来ると、ライカも周りを見回す余裕を取り戻し、この街では他に見掛けない石造りの大きな建物に興味が向く。

 ひんやりとした硬さは、どことなくライカ達の『家』である洞窟を思い出させて安心感があるのだが、全体的にやたら凝っていて、採光窓に大きな嵌め込みのガラスを使っている事に驚いたり、とんでもない高さにある天井から下がった、何十本もの燭台が連なった物に頭を捻ったりと、その見物だけでも忙しかった。

 サッズなどは何が気に入らないのか、目に入る物に一々顔をしかめているものだから、偶々その時に居合わせた人間などは、このどこかの貴族らしき少年の機嫌を損ねるような事がこの街であってその言上に登城したのか?と、無駄に肝を冷やす羽目になったりもしていた。

 その彼等の様子にやや苦笑しながら、ザイラックはまるで自宅を案内するような態度で奥まった場所にある幅の狭い私用階段を昇った。

 進む程に段々と警備の兵が増えはじめる。

 なにやら達観した顔付きで、通り過ぎる彼等を見る警備の者と、ザイラックは軽い礼を交わしながら廊下を更に奥へと進んだ。


「うわあ、治療所の造りが複雑だと思ってたけど、お城の中も通路が複雑でしかも広いから今自分がどこにいるのかさっぱり分からないや」

「そりゃそうだ。城ってのはそもそも戦を想定して造られているんだ。敵が内部へ入った時にすぐには全体を把握出来ないような造りにしてあるのが一般的だ」

「領主様も前にそんな話をしてましたけど、それって、お城は住む為の場所じゃなくて戦う為の場所って事ですか?」

「建前的にそう見せているって所だな、貴族ってのは領民を守るのが仕事だ。つまり城という分かり易い目印を見せる事で荒事は自分たちの仕事だという証にしている訳だ」

「ええっと、それは本当は戦わないけど、戦うのが役目だからこういう風に家を建てているんだってわざとそう見せているって事ですか?」

「あはは、お前は頭が良いな。まあそういう事だ。そりゃ実際に戦になれば貴族は戦うが、万が一城に攻め込まれるような事態になればその時点でもう滅びたも同然、こんな仕掛けが役立つようならその貴族は無能って事になる」

「他の者からどう見えるかが大事という事か。不思議な感覚だな」


 それまで黙って話を聞いていたサッズが、別に嫌味にではなく、淡々とした調子で言った言葉にザイラックは笑う。


「人間は他人にどう見えるかが大事な生き物だ。そんなに不思議じゃないだろ」


 ライカは、ザイラックのいかにも人間ではない相手に話すような物言いにハッとしたが、彼は何かを探っているという風でもなく、単純に意見に対する返事としてそう言っただけのようだった。

 ザイラックという人間は、時々何もかも分かっているんじゃないかと思えるような事を口にするが、かと言って何かを腹に秘めているような雰囲気は感じさせない。

 ライカとしては、余計な詮索をされて騒ぎにならないのなら、ザイラックがサッズの事を悟っていようがどうしようがどうでもいいので、彼が深く追求しない以上は気にしない事にした。


「ふん、そういうものなんだ」


 サッズには元より危機感などないので、ザイラックの言葉に納得はしないまでも、そういうものとして飲み込んだ。


「そうそう」


 ザイラックはザイラックで相手の返事がどうであっても気にしなかっただろうと思えるような軽い調子で受け流す。

 そのまま二人の会話は何事もなく普通に終わり、そのまま歩き続けて廊下沿いに続く扉の中でも、特別大きくて立派な扉の前に辿り着いた。


「ザイラック殿、本当に連れて来られたのですか?」

「俺が嘘を言うとでも思ったのか?」

「いえ、そういう訳ではありませんが。ともあれ話は通ってますので、どうぞ」

「どうも」


 その扉を守っているらしき、守護隊の制服を着た二人が、丸い管のような物を軽く二回叩くと、すぐにリン、という鈴のような音がその管から響き、二人の兵は両開きの扉を二人で両側から開く。

 何か仰々しいやり取りに、二人の少年達は興味津々でそれを眺めていたが、


「ほら、行くぞ」


 というザイラックの促しに、慌ててその後に続いた。


 室内にいたのは領主一人で、やたら大きな机を前に、普通の家庭でもよく使っている木の皮を叩いて作る記述用の硬い、紙の代用品を広げていた。


「お邪魔します」


 そのザイラックの型通りの挨拶に対して、ラケルドは真面目に返事をする。


「まあ正直な所を言わせてもらえば仕事の邪魔ではあるが、お客は好きなのでそれは嬉しいよ。ようこそ、歓迎する」


 ラケルドは机を周りこんで真っ直ぐサッズの元へと歩みよると、丁寧に礼をする。


「あ、領主様。彼は別に貴族とかじゃなくって、俺と一緒に育った家族のような相手なんです」


 ライカが慌ててそう説明するが、領主は別に気にする風もなく笑った。


「お客の素性を問うつもりはないぞ。それが用件でない限りはな」


 一方のサッズは一瞬呆けたように彼を見たが、直に我に返って、領主のやった礼を真似て返す。

 それに驚いたのはライカの方だった。


「よろしく」


 相変わらず言葉使いはぶっきらぼうだったが、他の人間に対していた時よりは明らかに柔らかい態度だ。


『サッズ、どうかした?』

『この人間、体の中に竜の血肉の一部を入れている』

『え?あ、そうか。この方がアルファルスの魂の伴侶だよ。ああ!血を交わし者ってそういう事なんだ』

『おかげで意識が引っ張られるな。まぁ理由が分かっていれば気にならんが』

『俺もやっと、領主様に意識が向いてしまう理由が分かったよ』


 突然、領主がくすくすと笑い出したので、ザイラックが怪訝な顔を見せた。


「どうかしましたか?」

「ああ、いや、気にするな。小鳥がさえずっているのが楽しかっただけだ」


 確かにこの春の近い時季、戸外では小鳥が鳴き交わしている。

 この部屋には大きなテラスがついていて、そこが開かれているので外の音は良く入るのだ。

 ザイラックは特に不審に思わずに納得した。

 彼の主が色々な事に突拍子もないのはいつもの事なのである。

 だが、少年達は穏やかではいられない。


「あの、領主さま」

「どうかしたか?」

『もしかして聞こえてますか?』

「気にせずに話していいぞ?」

『うわ!ごめんなさい!』

『まあ普通の会話だしな』

『普通人間は心声こっちでの会話は聞こえないみたいなんだよね』

『歓談中になんだが、俺は心声これで話すのは苦手でな、どうだ?聞こえるかな?』


 突然心声の会話に領主が乱入し、ライカは驚いて、また感心した。


「領主様、凄いですね」

「なに、鳥の声ぐらい聞き分けられなくてはつまらないだろう?そもそも竜の言葉は鳥に似ているからな」

「なるほど、それも竜騎士の特典ですか」


 その領主の言葉にザイラックが反応して言葉を挟む。


「そういう事だ。ところでお前は仕事が別にあるんじゃないのか?」

「俺が見てないと訓練出来ないような部下じゃないですよ」

「やれやれ、上官が率先してさぼってどうする」

「まあまあ、この子達が帰る時、誰かが送ってやらないと迷子になるでしょう?」

「ほう?良い言い訳を思いついたな」

「実は今思いつきました」

「そうだろうとも」


 笑いあう二人の大人を眺めながら、すっかり驚きで固まっていたライカも力を抜いて傍らのサッズを見た。

 サッズは目を丸くして領主を眺めていたが、何かを納得したか感心したかのように頷くと、今度は輪を使ってライカに囁く。


(なるほど、真王か。聖騎士に真王と揃ってるならうちの心配性どもが了承する訳だ)

(え?領主様が?)

(真王はその存在のみで物事の流れを変える。といっても聖騎士と違って後天的なものらしいけどな)

(そういえば、領主様は戦争を終わらせた英雄だって聞いた)

(まぁそうだろう。真王にしろ聖騎士にしろ、種族的危機に生まれる存在だ。一種の同族内の異端だから特殊な条件下でしか存在出来ないらしいぞ)

(なんかそういう言い方は気持ち悪いよ)

(なんで?)

(だって、領主様は領主様だし、班長さんは班長さんだよ。そういう……なんていうか人じゃなくて記号みたいな言い方、変だよ)

(そっか、そうだな。歴史の記憶の中の物じゃないんだし、そういうのは無しにしよう)

(うん)


「二人共、何かナイショ話か?」


 当の領主が彼等を眺めながらそう言って笑った。


「あ、ええっとごめんなさい」

「どうも」

「まぁ子供同士でしか出来ない話もあるだろう。それは良いが、要件はどうした?あまり時間を取っていると煩い連中が何か言って来るかもしれんぞ」

「そうだ、肝心の話をしないとな」


 領主の言葉に、今思い出したようにザイラックは頷く。


「うむ、お前が一番いかん」

「ええっ!そんな事ないでしょう?」


 領主の断言にザイラックは常の彼から想像がつかない程にうろたえた。


「引率の大人なんだからちゃんとするのが仕事だろう」

「う、それはそうですが」

「領主様、俺達がごちゃごちゃしてたから、班長さんは悪くないんです」

「ほう、班長さんか、私の呼び名より親しみがあって良いな」

「街を守るのが我等の役目ですからね。親しまれているんですよ」

「なるほど、それはちょっと見直したぞ」

「え、本当ですか?」


 ザイラックは褒められてたちまちそれまでの挙動不審が収まり、今度はあけっぴろげな程に嬉しそうにしてみせた。


「という事で、その問題の代物というのはどれかな?」


 途端にあからさまに話題を変えられたのだが、ザイラックはそれに気付かずに、そのまま常にない上機嫌な様子を見せている。

 それを客観的な立場で眺めていた少年達は少々彼が憐れに思えて来た。


「班長さん……」

「嬉しそうだからいいんじゃないか?」


 明らかに遊ばれている。

 そう感じる会話だったが、当のザイラックは楽しそうなので、少年達はそっとしておいてあげる事にしたのだった。

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