第21話 会話

 子供の頃、ライカは自分が家族の誰とも違う事がたまらなく嫌だった。

 家族から離れると、ぼんやりとみんなの意識は聞こえて来るものの、その姿を見る事は出来ず、明確な意志を交わす事すら出来ない。


「みんなは出来るのに」


 何度そう言って家族を困らせた事か。

 ライカは、思い出の中の寂しさを再び自分の内に感じながら、サッズの意識をまず捉えた。

 長年最も身近に在った家族。

 目を閉じても、その存在を見失う事はない。

 それと同時に、現実の音や気配が急速に遠ざかり、うねる波のような意識のざわめきの中に立つ自分を感じた。

 轟々と個別の意識の見分けが付かない入り交じった心声こえの響き。

 心声として捉えられない小さい様々な音は、生き物ではない存在が発するそれだ。

 ここには言語の違いなどという物はない。

 実際にはそれらは言葉というより色に近かった。

 ほとんどの存在は、青や淡い黄色っぽい暖色を呟いているが、時々赤く激しいものもある。

 触れてみて初めてそれらが意味を持つ意識である事が分かるのだ。

 その、雑多で単純なそれぞれの色が渦巻いている意識の流れを辿って、一度触れた相手の色を探す。

 竜族の輪。

 それはこの視野の中ではまるで世界の中に連なった一連の蜘蛛の巣のように見える。

 例えれば早朝にその端々に朝露を煌かせた蜘蛛の巣が一番近いだろう。

 ライカとサッズ、そしてその家族の紡ぐ輪は、世界の中に溶け込むような透明さと、他の全ての色を弾く硬さを持って存在していた。

 一方でアルファルスと領主の紡ぐ輪は小さく繊細で、温かい色に覆われている。

 一度それに触れているライカの近くにはその端が見えるはずなのだが、ライカは中々それを見つける事が出来ないでいた。

 竜族にはそれらは普段から明確な実像を伴って見えている。

 ライカはどう頑張ってもそんな境地に至らない自分の無能さが悔しいし寂しい。そして同時に、そんな風に思ってしまう自分が嫌だった。


「アルファルス?」


 自分から見付ける事が出来ないのなら、相手に見付けてもらえば良い。

 そう考えたライカの、囁くように発された意志は、金色に輝いて小さな泡を作った。

 それはキラキラと回りながら小さな波紋を広げる。


「王の御子よ」


 すぐ傍から明確な心声が聞こえて、一瞬ライカは硬直し、金の泡が飛び散って消えた。


「いや、脅かしたようですまなかった。呼んでなかったか?」

「あ、いえ、あんまり近かったから驚いてしまって。実は俺、城に来ているのですけど、見えますか?」

「ああ、そうか私の挑戦の声で驚かせてしまったのだな。実は強大な男の竜の気配がしたのでな」

「その事なんですが、実は俺の家族なんです。でも、まだ成竜じゃないんですよ。俺より上ですけど、同じ雛なんです」

「なんと、雛とはとても、ああ、いや、御子の家族は天上の時代の御方であったな。それなら雛でも我等より強大で当たり前であろうな」

「それで、挨拶を先に領主様にする事になって、今から行って来ます」

「ふむ、なるほど。我が相方が驚かないように先に伝えておこう」

「あの領主様が驚くようならそれを見たい気もしますが」

「ほう、それなら御子の御心にお応えするとするか」


 ニヤリと、顔が見えたなら笑っていただろう気配を残して、その心声は離れて行く。

 温かい巨大な気配が去るのを、少し寂しい思いでライカは見送った。


「って、そういう言い方はないだろ?心配してやってんだぜ?」

「煩い、去れ」


 認識する世界を切り替えたライカの耳に、何か険悪な言葉のやりとりが飛び込んで来た。

 見ると、彼等の席の近くに人夫の一人らしい男がいる。


(あれ?この人)


「こんにちは、どうしました?」

「お、坊主、大丈夫だったか?」

「煩い」

「この野郎」


 二人のやりとりからなんとなく経緯を理解して、ライカは溜息を吐く。

 ライカがアルファルスと交感していたのは、ほんの僅かな時間だったはずなのにこれだ。


「すみません、彼、他人と関わった経験があんまりないんで、その、ちょっとぶっきらぼうな感じになるんです」

「ちょっとってもんじゃないぞ、全く。お前さんが具合が悪そうだったから声を掛けたら、このお綺麗な坊主と来たら煩いの一点張りでさ」

「すみません」

「何で謝るんだ?煩いのは事実じゃないか」

「てめぇ!」

「あ、ああそうだ!ウリックさんはお元気ですか?」

「おお、頭か?元気すぎて困ってるぜ」

「最近はうちの食堂にも来るようになってくれて、ありがたいです。もうそろそろ乾物を戻した物や芋料理ばかりじゃなくなりますから、みなさんも来てくださいね」

「お、なかなか上手いじゃないか?しかしな、気を付けろよ。うちの頭、赤毛の女がめっぽう好きなんだ」

「あ~、そうじゃないかと思ってました」

「ライカ!」


 苛ついた音の声と共に、心声が不機嫌を明確に伝えて来て、ライカはサッズを振り返った。


「はいはい、分かりました。連れが煩いので、今度また」


 仕方なくライカはサッズに了解の意を伝え、人夫の男に申し訳なさそうにそう告げる。

 男は笑いながら「こりゃ女房より煩いや」と去っていった。


「なんだ、あれは?」

「だから言っただろ?人間はみんな関わり合って生きているんだ。知っている相手の様子がおかしかったら気になるんだよ」

「ムカムカする」

「暴れ出さないでね」

「お前が怒るから暴れない」

「理由が明確で良かった」


 ライカは並んだ料理を改めて見てみる。

 何かのスープとお茶、それと綺麗に平たく焼いたパンだ。


「凄い、この時期にパンが出るんだ。さすがお城だな」


 見るとパンの横に何か細長い棒状の塊が二本並んでる。

 匂いを嗅ぐとどうやら肉の加工品のようだ。


「嘘だろ、この時期に肉があるんだ」


 しかも干し肉ではない。

 そういえば、精霊祭の時にも城の兵が肉を焼いて振舞っていたのをライカは思い出した。

 朝に食事はもう摂っていたし、せっかくの料理は全部すっかり冷えていたが、こんなご馳走は滅多に食べられるものではない。

 ライカはサッズに食事を勧めながら、見本とばかりに自分がまず、パンに棒状の肉を乗せて食べてみせた。


(あ!)


 一瞬閃いた思いを隠して、にっこりと笑ってサッズを促す。


「これが食い物なのか?」


 サッズは火を通した物を食べた事がないので、何か得体の知れない物体を見る目でそれを突付いていたが、ライカに睨まれると、やっと決心したようにライカの真似をしてそれを口に入れた。


「うっ、辛い!なんだこれ?」

「塩に漬けてあったんだと思うよ、サッズは毒でも平気なんだから塩ぐらいなんでもないよね?」


 ニコニコとやたら嬉しそうなライカに、サッズは渋面を作って見せ、たまらず手前にあるお茶を飲む。


「う~、まだ辛い、俺はヤギじゃないぞ!なんで塩なんか食わなきゃならないんだ?」

「人間には塩が必要なんだよ。それに獲物がほとんどない冬場は保存用に塩に漬ける事が多いから仕方ないんだ」

「くそ、まだ辛い」


 サッズは今度はスープを口にした。


「ち、これも辛いじゃないか!」

「だから言ったろ?保存の為に塩を使うから、新鮮な物の少ない冬場は自然と辛い物が多くなるんだ。俺も初めてここに来た時、酷い目に遭ったからさ」


 にこりとライカは極上の笑みを見せる。


「サッズも同じ目に遭ってくれて、なんだか嬉しいよ」

「ラ~イ~カ」

「はいはい、このお茶あげる。お代わり貰って来るね」


 文句を言いたいが、口の中が辛いのでそれもままならず、必死で茶を飲むサッズを置いて、ライカはとても楽しそうにサッズの飲み干したカップを持って厨房へと向かったのだった。

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