第40話 竜車

 その行列は壮麗だった。

 先頭に先触れ役の白馬で揃えた騎馬隊が五騎を二列、その後ろにこの暑いのにピカピカに磨かれた黄銅色に輝く金属鎧を着込んだ歩兵部隊が六人五列、更にその後ろに艶やかな栗毛の馬で揃えた騎馬隊が五騎三列。

 続いてその後に普通の赤と白のチュニックとスカートの女性と、同じくチュニックだが色違いの青と白の上衣とズボンの男性、色合いはほぼ合わせてあるが、デザインはそれぞれに違う服のようである。

 そして彼らは皆、手に何か道具箱らしきものを大事そうに掲げ持っていた。

 この列は兵士のようにぴしりと並んでいる訳ではないので数えにくいが、全部で五十人前後はいるだろう。

 彼らの後ろに簡易鎧を纏い、背に丸い盾を負った明らかに若い青年達が六人三列、簡易鎧だけを身に付けて旗を掲げている若者が六人一列。


 そして、彼らからある程度の距離を開けて、白い巨体が大地を震わせながら歩んでいた。

 優美と言うよりは力強いその体躯の主は普通の地竜の雄の三倍はあるという地竜の雌である。

 その両脇に、全身に鎧を纏った先導の従者が付き、行き先や周りに目を配っては太鼓を叩きながら何事か竜に指示しているようだ。

 その竜の口には巨大なハミが噛ませられ、それが傷を作らないようにか色鮮やかな布地で覆われている。

 その口元から地上近くまで下りた鮮やかな手綱を、羽で飾った帽子を被った者達が、見た目に華がある動作で巧みに捌いていた。

 彼らの全ての動作が巨大な竜を誘導する合図となっているのだろうと推測されるが、見た目にはまるで音楽を演奏しながら踊っているように見える。


 竜の巨体からは、緩いカーブを描きながら伸ばされた金属の長柄が、やや歪んだ曲線を描いている箱型の竜車に繋がっていた。

 竜車は、中に人間が乗るという本来の用途を越えて、明らかに不必要な程巨大で、それ自身が簡易化した翼を畳んだ竜の姿を模している。

 普通の馬車と違い車輪が大きく車体の半ばまで届いていて、それはくろがねで作られているようだった。

 竜車本体には金と白を基調とする装飾タイルが飾り貼りされているが、所々に覗く地色からすると車体自体もまた鉄のようである。


 夏の日差しの下では中はさぞかし暑いのではないかといらぬ心配をしてしまいそうになるが、天板にはどうやら白い石材を使っているようだった。

 窓は平たく細い横格子を斜めに重ねてあり、操作で角度を変える事が出来るらしく、人々が見え始めた所で微かに動いたと思うと、急に中の人物の姿が透かし見えるようになった。


 そうして直に見ると、その竜車という代物が、とても馬では引けないような造りである事が良くわかる。

 通り沿いにひしめいていた観客の度肝を抜いたその竜車がしずしずと通った後ろにぴたりと続くのは、この雌竜と比べると三分の一というよりも更に小さく見える地竜を駆る竜騎士隊だ。

 その竜騎士が駆るのは地竜種族で、翼は無く、後ろ足と尾が筋肉質に発達している。

 小さいと言えど、その背丈は優に大人の男性のほぼ1.5倍、大きさは楽に五人がその側面にもたれかかれるぐらいだ。

 雌竜に比べて気性は荒くはないとは言え、尾の一振りで人一人ぐらいは楽に吹き飛ばせる力を持っている恐るべき生き物である。

 

 馬がやってきた時に脅かさないように少し街道から離れていたライカは、遠目に見えるその行列の一際目立つ女性竜に釘付けとなった。


「坊主!せっかく花を持ってるのに撒かないのか?」


 ごつい手の男が、そう言ってライカの背を押して前へ出してやろうとするが、馬の列が続く間はあまり前に出る訳にもいかず、ライカは困ったそぶりで留まった。


「なんだ?馬が怖いのか?まぁここらじゃあんなデカイ馬は滅多に見かけないが、後ろの竜どもに比べりゃ可愛いもんじゃねぇか」

「そうですね」


 にこりと笑って軽く頭を傾げて感謝の意を表すが、ライカが馬を避けるのは、竜車や竜騎士が騎馬の隊からそれなりに距離を置いているのと同じ理由である。

 馬が怯えて制御不可能になる事を避ける為なのだ。

 この街に来てから色々な動物に接したライカだが、近寄って、最初から平気でいられる生き物はまずいなかった。

 訓練してある馬だからこそ、竜と一緒に行動しているのだろうとは思われるが、もしもこんな大事な隊列が自分のせいで混乱してしまったら大変である。

 ライカはそう思い、大事をとって近付くのを避けているのだ。


「でも、王様に沢山投げた方が良いんじゃないかと思って」

「そりゃ道理だな」


 そうガハハと笑って、その男は守備隊の青年に睨まれる。

 しかし、それを気にした風もなく、男はやや後方を指差した。


「お!その王様の車がそろそろお出ましだぞ!いや~バカデカイな!」


 ヒュッと口笛まで吹いたその男にすっかり腹を立てたらしい守備隊の青年が、手にした飾り棒を風切り音が聞こえるような素早さで彼の鼻先まで伸ばした。

 まさかそこまでのリーチがあるとは思わなかったので、男もライカもぎょっとして口をつぐむ。

 守備隊の青年は別に男に攻撃を加えるまでのつもりではなかったようで、それで満足して棒を戻した。

 その一画以外の他人はほとんど気付かなかった程の素早い一連の動作は、さすがに城組の面目躍如という所だろう。


「おーこえ」

「あまり騒がないようにしましょう。また怒られますから」

「うーん、だがよう、祭りってのは騒いでなんぼじゃねぇか」

「いや、祭りじゃないと思いますし、相手は王様ですからみんな気を使ってるんですよ」

「王様の歓迎だから騒ぐんじゃねぇか、やっぱ城の頭の固い連中は分かってねぇな」


 不満たらたらの見知らぬ男とそんな風に話す内に、竜車が近付いて来る。

 目前の列が人間だけになったので、ライカは前に進んだ。

 手に持ったカゴからひと掴み花を撒くと、行列の中のやや長めのスカートを抓んで進んでいた女性達がくすくす笑って手を振ってくれる。


「お、いい女、やっぱ王城の女官ってのは美人揃いだねぇ」


 ライカの横の男はそれに手を振り返して、またも守備隊の青年を苦々しい顔にしていた。

 一方のライカは、そんな事には全く気付かずに、すっかり後方の女性竜に視線が固定されてしまっている。

 女性竜については、一応ライカも話に聞いてはいたが、実際に目にするのは初めてだ。

 女性竜は見た目から根本的に男性竜とは違い、ゴツゴツとしたトゲや岩のような鱗ではなく、滑らかで光を弾いて輝く鱗を持っている。

 全体的に曲線的でしなやかな姿なのだ。


 「美しいが、この世で最も危険な存在」と、タルカスがしみじみ語った言葉がライカの記憶から蘇る。


 しずしずと歩く足取りも、その折り畳まれた翼も、男性にはない優雅さを醸し出しているようだった。


「きれいな竜ですね」

「ううむ、確かに真っ白でべっぴんさんだな。だけども、あの目の届く所に行きたいとは思わねぇけどな」

「あはは、それはそうですね」

「雌の竜はそりゃあ気性が荒いって話だ。例え卵から育てた飼育竜でも、よほど優秀な竜使いと飼育人が付ききりで仕込まなきゃ使い物にならんって話さ。だから逆に雌竜を飼い馴らしてるってのはそれだけの資金と技術を持ってるって証明だから、ものすげぇ金持ちとかは自慢の種にする為にわざわざ雌竜を騎竜にしてたりするそうだが、さすがに翼があるこんなでけぇのはそうはいないだろうなぁ」


 地響きで舌を噛みそうになりながらも男は親切に説明してくれた。

 ライカはそんな男と話をしたおかげで、白い雌竜に引き摺られていた意識が落ち着いて、余裕を持ってカゴの中の花をきちんと無くなるまで撒く事が出来た事にほっとする。

 竜車を引く白い女性竜はその花を嗅いだ後、ちらりとライカをいぶかしげに見たが、そのまま何事もなく進んで行った。

 巻き上がる砂塵と共に風に流れた花のいくつかが竜車の窓にかかり、中の男性らしき人物が少し微笑んだのが見える。

 そのままいくつかの花は後方に流れて、竜騎士達の所へと到達した。

 芳香を好むのは竜の性質なので、訓練された彼らも、瞬時鼻先だけでその花を追ったが、背後の騎士が軽く手綱を引くと、思い止まったようにそのまま前方を向いて歩みを続ける。

 彼らはすらりとした早駆け竜といわれる種類で、その身体の文様はオレンジと緑を様々に彩っていて、見た目も鮮やかで美しい。


「竜騎士か~、いいもの見たなぁ、こんな田舎じゃ一生見れないと思ってたぜ」

「領主様がいらっしゃるじゃないですか?」

「領主様は別格だぜ、あの人の竜は元々野生の翼竜だろ?しかも真の竜騎士っていうじゃねぇか。残念だが戦場じゃねぇとその本当の雄姿は見れないさ」

「詳しいんですね?」

「おうよ、こちとらもう終わり頃とはいえ戦場に立った身だからな。竜騎士なんて代物に、戦場で出会わずに、こうやって無事戦が終わってから出会えたのはすんごく運が良い事なんだぜ?『幸いよ来たれ!』てなもんさ」

「なるほど」


 彼らがそうのんびりと会話をしながら行列を見送っていると、なにやら先頭の方向で女性のものらしき歓声が上がるのが聞こえて来た。


「おお、なにやら楽しそうだな!あっちへ行ってみようぜ!」


 賑やかに駆け去っていく男を見送って、ライカは竜車と歩調を合わせて、街道から一定の距離を取って歩いた。

 白い女性竜の滑らかな鱗が日の光を弾いて、柔らかな輝きを全身に纏っているかのようである。


「綺麗だな」


 ライカは行列が所定の宿舎へと入るまで、幾度となく溜息と感嘆を漏らす事となったのだった。

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