第41話 知りたいという衝動

 本隊の宿泊場所でもある街の外に作られた係留地では、先に着いた騎馬と歩兵隊が警備と迎え入れの為の配置を既に済ませて自分達の主の乗った竜車を迎えた。

 施設の周りにはいつのまにやらいくつかの巨大なテントが張られ、まるで戦中の本陣ででもあるかのような仰々しさだ。

 しかも、本営となる建物がまだほとんど見えない距離から既に歩哨が立ち並び、見物人を頑として近付けない構えである。

 最初は遠巻きに色々と取り沙汰していた街の住人達も、さすがにお祭り気分も引いたのか三々五々に街に戻り始めていた。


「あ、ライカ、どこ行ってたの?」

「前の方へ」


 ライカも、なんとなく気持ちを引き摺りながらも街へと踵を返した所、門の所でたむろしている一団に紛れていたミリアムから声が掛けられる事となった。

 見ると、あちこちに小さい集団が出来てそれが人溜まりになっている。

 出入りの監視をしている警備隊の面々が門周りで彼らに何か言いたそうにしていたが、とりあえずしばし黙認する構えらしい。


「ミリアム達こそなんでこんな所で立ち話してるの?」

「ほら、王様がお城へ行くはずじゃない?だからここにいれば通るだろうって」

「……そうなんだ」


 滅多にない事だからか、街の人々の半端でない盛り上がりに少々困惑しながらも、ライカは彼女に手に持ったカゴを渡した。


「これ、ありがとう」

「あ、ちゃんとお花撒けた?私達の所では女の子が親衛隊の人に向かって花輪を投げちゃってね、頭の固い警備の人にほとんど取り上げられちゃったのよね」

「あー、あの騒ぎはそれだったのか」

「そうそう、その騒ぎの元になった女の子達が城組の人たちと揉めちゃって、王様が来る前に列から離された娘とか、けっこういたのよ。ここにいるのはそういう娘も多いわ」

「大変だったんだね」

「うん、でもライカが撒けたんなら私達も朝早くまだ蕾のを摘んだ甲斐があったわ」


 どうやら女性達はまだ日が昇らぬ内に花を摘みに城の南側の森へ行ったらしい。

 道理で花の香りが鮮やかだったと、ライカは思った。


「竜が嬉しそうだったよ」


 竜達も長旅で疲れていたはずだ。

 あの香りは彼らの癒しになったはずである。


「まぁ、ライカったら。王様はどうだったの?」


 ミリアムはその答えを予想していなかったらしく、呆れたように聞いた。


「ええっと、覚えてないや」


 ライカはライカでそちらの方にほとんど意識が向いていなかったので、そう答えるしかない。

 ミリアムと、そして一緒にいた少女達もそれには吹き出した。


「男の子ってこれだから。そっか、竜が好きなのね」

「それなら、領主様が街に出てきた時に捕まえて、竜を見せてもらえるように頼んだらどうかしら?領主様の竜ってあの方が一緒にいらっしゃれば全然怖くないんですって」

「へえ?危なくないの?」

「うん、ジルがそう言ってたわよ。猟犬より大人しいって」

「マニカったらやっぱりちゃんと付き合ってるんじゃないの、そっか色んな話してるんだ」

「ち、違うわよ!あいつが勝手にやって来て勝手にべらべらしゃべって行くだけよ」

「またまた」


 どうやらまた途中から話題が変わってしまった女性達の話に、返事をするタイミングを外されて、ライカはこのまま街へ帰るか一応彼女らに一言挨拶して去るべきか迷ってしまった。

 と、その時。


「馬車が通るぞ!道を空けろ!」


 先触れの兵士が人々をうながし、その後方から白馬の二頭立ての馬車がゆっくりと進んで来た。

 箱型で、豪華ではないが瀟洒な作りの意匠が凝らされた、思わず見惚れてしまうような綺麗な馬車である。


「あ、」


 ライカはその彫られた意匠に見覚えがあった。


(ちょっと前にジィジィがやたら悪態を吐きながら彫っていたやつだ)


 という事はこの馬車はこの街で用意されたものという事になる。


「王様よ、見える?」


 向かいの側の少女達がまだ馬の鼻先も来ないというのにひそひそと囁き合っているのが聞こえてきた。


「綺麗な馬車ね、あの上の方、花が透けて光に包まれてるように見えるんだけど、どういう仕掛けになってるのかしら?」


 ミリアムがライカに対しては王様を見ていない事を笑っておきながら、自分もまた王様よりその綺麗な馬車の方に気を惹かれているらしく、ライカにそう囁く。


「じぃちゃんがなんかブツブツ言いながら作っていたけど、俺にも仕組みは分からないよ」

「あら?あれっておじいちゃんが作ったの?という事はお城からの迎えの馬車って事よね」

「そうだね」


 ゆったりとした美しい足取りで白馬が道を進み、馬車が彼らの前を通り過ぎる。

 窓は普通の仕切り窓だったが、広く開け放してあった。

 しかし、中に薄い布が掛けられていて、乗っている人物がはっきりとは見えない。


「出し惜しみしすぎるわ」


 ミリアムが不遜な事に文句を言ってのけた。


「やっぱり色々安全を気にしてるんじゃないかな?王様に何かあったら困るだろうし」

「こんな僻地で何があるっていうのよ」

「でも俺たちが王様の顔を見ても意味は無いんじゃないかな?今後会って挨拶しなきゃならない事なんてないだろうし」


 正直、ライカとしては国という括りの中にいる意識が薄く、王という存在にほとんど興味が持てなかった。


「そりゃそうだけど、どんな人が私達の国の王様か見ておきたいじゃないの」

「どうして?」

「それが好奇心というものよ、どうでもいいような事でも知らないとなんかもやもやするじゃない」

「分かるような分からないような」

「ライカは頭でものを考えすぎなのよ」

「そうかなぁ、俺にだって好奇心はあるよ」

「そうね、例えば王様の食事には何が出るかとかは気になるでしょう?」

「あ、それは気になるね。この辺りで食べられてる物って大体決まってるし、王様が飽きて他の物を欲しいって言い出したらお城の人達大変だろうな」


 ライカの答えはミリアムの予想していたものと違ったようだった。

 彼女は眉間に皺を寄せた。


「微妙に気になる部分が違う気がするけど、それも確かに気になるわね。うちの街って生産能力が低いでしょう?領主様が治める土地自体はけっこう広いらしいんだけど、ここ以外は人なんか住んでない荒地とあの森だけなのよ。だからうちの領主様ってかなり厳しい生活してると思うの。王様とか御付きの人とかあんなに偉い人が大勢来ちゃって大丈夫なのかしらね」


 彼らの目前をゆったり通り過ぎた馬車は、少女達の賑やかな歓声に送られて滑らかに門を通って行く。


「そう、確かに心配だ、……ね?」


 ライカは、いつも口元に穏やかな笑いを刷いている領主の顔を思い浮かべて少し首を傾げた。

 顔を思い出してしまうと、自分などが心配するような事などあの人は意に介さないのではないかという気持ちになる。

 ライカには領主様が困るという事態を思い浮かべられなかったのだ。

 彼ならきっとどんな事でもなんとかしてしまうだろうとなんとなく思えてしまう。


「まぁ、領主様に任せて置けばきっと大丈夫だとは思うけどね」


 ライカの気持ちを代弁するかのようにミリアムもそう呟いた。

 街の人間の信頼が厚い領主様は、きっとお城でいつものように飄々と王様の相手をする事だろう。


「とりあえず店に戻りましょうか?そろそろ開けないと腹を空かせた大の男が店の前でごろごろ転がってるという有様になりかねないものね」

「うん、そうだね。ところで今日は仕入れは大丈夫なの?」

「父さんは見物に来なかったから大丈夫よ」

「おかみさんは来てたんだ?」

「ええ、どっかにいたはずよ、奥さん仲間で固まってたはずだわ」

「家族で来れば良かったのに」

「こういう時は歳の近い女同士の方がワイワイ言えて楽しいのよ」


 ライカはそういわれて、そういえば女性は必ず小集団を作っているなと思い至った。

 同時にとりとめのない彼女らの会話も思い出す。

 なるほど、ああいう会話が主体となるなら男の入り込む余地はないだろうとも思えた。

 そんな話をしている間に、賑やかだったミリアムの友人達はどうやらそのまま馬車に付いて行ったようで、軽い挨拶の声が聞こえたなと思ってふと気付いたらいなくなっていた。


「あれ?ミリアム良いの?置いて行かれたみたいだけど」

「いいのいいの、また明日洗濯場で会うし、私はもう王様は堪能したわ」

「洗濯場でまたおしゃべりするの?」

「当然でしょ。単調な仕事だもの、無言で黙々とやってたらおかしくなっちゃうわ」


 ライカは井戸端での賑わいを思い出し、洗濯の時はなるべく端で洗おうと心に決める。


「女の人同士の会話は俺なんかが混ざるにはちょっと難しすぎると思う」

「あらあら。男ってすぐ、女の話は分からんって言うのよね。ライカもやっぱり男の子なんだわ」

「あれって会話として成り立ってるの?何について話してるのかがどんどん変わって行って、結論が無いまま流れてしまう話題とかもあるみたいだったんだけど」

「当たり前じゃない。分からない話なんかする訳ないでしょう?結論が無いって事は答えが無いって事なんだから、別に流れてしまっても良いのよ」

「やっぱりちょっと俺には難しいかな」

「ライカは頭で考えすぎるのよ」


 またもそう言われて、ライカも自身が他人と微妙にものの考え方が違う事には気付いているだけに何も言えなくなる。


「ほらほら、お前らもう王がお通りになったんだからいいだろ?そこでたむろされてると困るから、早く入った入った」


 なかなか街に戻らない住人達にすっかり焦れたような口調で、門で検問をしている警備隊の兵士が彼らに声を掛けてきた。


「あら、ごめんなさい、入ります」

「はーい!」


 馬車を追わなかった人々も別にこだわりがあってそこに残っていた訳ではなく、単に今見た事を話題にして話し込んでいただけだったらしく、大人しくぞろぞろと門を潜る。


「いけない!急ぎましょう」


 ミリアムも店を思い出したのか、警備隊の人間に軽く手を振ると慌てて中へ入った。


(あの竜達の所へ行くのは大変かもしれないなぁ)


 ライカはミリアムに続いて仕事場へ急ぎながら、宿営地で見た警備の厳しさに心の中で溜息をついていた。

 白の王セルヌイ直伝のまじないは、相手にその場所へのある程度の慣れが必要だ。

 慣れているからこそ異常に気付かなくさせる事が出来る術なのである。

 初めての場所で警戒している兵士に対しては、効果があまり期待出来ないのだ。

 ライカは、人間の王様と一緒に来た竜達(というか女性竜)に、どうしても会って話しをしたかったのだが、それを実行するには少々頭を悩ませる事になりそうである。

 しかし、 


「あ、でも。やっぱり花ぐらい持って行くべきだよね」


 それでも楽観的な性格のライカは、そう小さく呟くと、一人微笑んだのだった。

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