第84話巨獣と巨獣

 鋼の輝きを放つ巨獣マザー・アカバムの頭上、咲き誇る薔薇の中心で学園長が桜色の唇を動かす。

 隔てる距離を無視して、その声は俺の耳に届いた。

「いまこの世界に唯一の男であるあなたがここへやってきた意味、わたしはつかみつつあります。それは喜ばしいことばかりではありません。わたしは全力をもって、いまのあなたを滅ぼさなければならないでしょう。容赦はいたしません」

 ともに巨大なマザーアカバムとボンゼン・ブードーが動きを止めて対峙していた。

 闇を焦がす炎と死の気配に満ちた大気が俺たちのあいだに横たわる。

 学園長の華奢な体躯からは、その下につながる巨獣にも負けない力の奔流が感じられた。

 強大な力に脅かされようとも、俺の心は揺るがない。声を限りに叫び返してやった。

「おもしろい! あんたにそれができるかな! 俺は仲間の命を守るため! これ以上、無垢の犠牲を増やさないためにも! この邪悪な世界を滅ぼす! 正義は俺にあるんだぁぁぁッッッ!」

 学園長が白い腕を振りあげた。

 端の見えない彼方から、先端の尖った薔薇の茎が俺を突く。

 その攻撃は素早く、俺は避けきれなかった。

「クッ!」

怒涛の連撃が続く。

 無数に迫りくる薔薇の茎が俺を弾き飛ばして空中で弄ぶ。

 茎は俺の鎧を貫けなかったが、こちらも体勢が定まらない。

 女神たちが接近し、器用に俺の身体の行く先を予測して攻撃してきた。

 俺は虚空に弾みながらも女神たちを切り伏せていく。

 だが、とうとう左腕がぬるりという特殊な感触で切り落とされてしまった。

「ゆるさんッ!」

 俺はそいつの顔面をペルチオーネで貫いてやった。

 強敵だったその女神が身体を爆散させると、一瞬だけ攻撃が止んだ。

「ペルチオーネ! いまのありったけで防御しろ! 数秒もてばいいッ!」

『了解、マスター!』

 俺を中心にして、濃密な力場が広がる。

 薔薇の茎たちは力場へ押し返され、力の境界でのたうった。

 女神たちも入ってこられない。

 球形の静寂が訪れた。

 この隙に、左腕が瞬く間に復活する。

 空間防御の内側には俺と黒衣の花嫁たちのみ。

 誰も息を切らしてなどおらず、静かな空間に花嫁たちの翼が空気を撫でる音だけが響く。

 俺は新しい左腕の具合を確かめながら、花嫁たちの様子を窺った。

 表情は穏やかでも、みな満身創痍だった。

 マトイもヒサメもアデーレもシャルロッテも、イクサでさえ例外じゃない。

 黒衣の花嫁衣装のおかげで出血箇所は目立たないが、みな足下から地上へ、血の雫を滴らせていた。

 このまま消耗戦のようなことを続けるのはまずい。

 敵の女神は残り数人だが、学園の卒業生の数を考えると、いつ大増援があるかもわからなかった。

 まだ俺と馴染みのある女神、ミスズに出会っていないのが、敵に余力のある証拠だ。

 ペルチオーネの声がした。

『マスター、もうすぐ空間防御消滅!』

 だが、こちらにも朗報がある。

 ボンゼン・ブードーは歩を進めていて、マザー・アカバムに肉迫していた。

そうだ、強大な力には強大な力を。

 巨獣には巨獣を!

 俺は命じた。

「ボンゼン・ブードーッ! そいつを喰らえぇぇぇッ!」

 山のような漆黒が悦びに吠える。

 ボンゼン・ブードーは幾重にも並んだ牙を光らせて突進した。

 対するマザー・アカバムも闇夜を切り裂く叫びをあげる。

 迫るボンゼン・ブードーへ槍衾のような尖った茎を打ち込んでいく。

 ボンゼン・ブードーは無数の茎に身体を貫かれながらも突進をやめない。

 やはり大小無数の腕を振り回して突き刺さる茎を引きちぎった。

 マザー・アカバム頭頂の学園長もボンゼン・ブードーのほうへ向き直って、そちらへ集中していた。

 ボンゼン・ブードーの身体からは腐敗のガスが吹き出し、マザー・アカバムは銀色の体液を撒き散らす。

 ペルチオーネが叫ぶ。

『空間防御、消滅っ!』

 その直後、ボンゼン・ブードーの牙が、マザー・アカバムの首にかじりついた。

 こちらは空間防御が解けて、女神たちが突っ込んできた。

 花嫁たちが俺を囲んで攻撃を防いでくれる。

 その時間で俺とペルチオーネは闇の力を補充した。

 花嫁たちのあいだから飛び出して女神の一人を斬りつける。

 お互いの可能性が稲妻のように広がり、結果として俺はまたひとり女神を葬った。

 マザー・アカバムが苦悶の叫びをあげる。

 ボンゼン・ブードーのあぎとの下へ何重にも茎を巻きつけ、引き離しつつ切り落とそうと試みているようだ。

 マザー・アカバムからこちらへの攻撃はやんでいた。

 女神たちもいったん距離を置く。

 俺はペルチオーネを振りあげた。

「頭を落とすッ! 学園長をッ!」

 白銀の鎧にオーラが燃えたち、背後のヘイローが俺の進むべき道を照らす。

「食らわしてやるッ!!!」

 俺と花嫁たちは一丸となって女神たちの壁へ急迫した。

「うぉおおおおおおッッッ!!!」

『アーハッハッハッハ!』

 俺の雄叫びとペルチオーネの哄笑が闇夜を沸騰させた。

 花嫁たちがダンスを踊る。

 悟ったような顔をした女神たちが各々の武器を振るおうとして……。

 接触ッ!!!

 時空を引き裂くほどの衝撃が弾け、世界の様相が混沌に渦巻く。

 すべての敵意と敵意が実体を伴って激突し、この世の事象が残ることなくかき乱された。

 数瞬後。

 世界が元へ戻ったとき、俺たちの前に立ちふさがるものはなくなっていた。

 眼前には絡み合うボンゼン・ブードーとマザー・アカバム。

 その頭頂、学園長への道が開けていた。

 俺はペルチオーネの飢えた切っ先を学園長へ向ける。

「これで終わりだぁぁぁッ!!!」

 いまあるすべての力を集中して、学園長へ切り込む。

 学園長は覚悟したのか、俺を迎えるように両腕を広げた。

 俺は容赦なく、パールホワイトの頭上へうなるペルチオーネを振り下ろす。

 だが、刃は歪みのようなものに逸らされて、学園長の頭を避ける。

 頭のかわりに学園長の右腕を切り落とすことができただけだった。

 俺は再度刃を振るい、学園長の胸へ突きこんだ。

 この一撃もペルチオーネが逸らされて、学園長の左腕を切り落としたまでだった。

 致命傷が与えられないッ!

「クッ!」 

 これだけで、とても把握できないほどの大きな力を使っていた。

 なにか凄まじい防御力が働いていた。

 しかし学園長はすでに力を振るうことのできる両腕を失っている。

 たわいない悪あがきもここまで。

 この戦いは……。

「ここまでだァァァッ!」

 俺は渾身の力をこめて、学園長の顔面を貫こうとした。

 ペルチオーネを突き出すッ!

 が。

 刃が届かないッ!

 学園長の眼前で火花が放射状に広がって、俺の刃を阻んでいる。

 それどころか、俺たちはじりじりと後退していた。

「なんだこれは! ペルチオーネ、なんとかしろ!」

 苦しげなうめきが答えた。

『だめ、力が……消えていく……』

 両肩に銀色の体液を滴らせる学園長から、俺たちは徐々に離れていく。

 学園長は無表情のまま、静かに告げた。

「結界が完成しました」

「な、にぃ……!?」

「まわりを見渡してみなさい」

 俺は力が抜けていくの感じながら、素早く視線をめぐらした。

「!!!!」

 なんだ……これは……ッ!

 俺と花嫁たちを取り囲むように、かつて女神たちを構成していたものが空中に浮いているッ!

 女神たちの武器や鎧の破片、腕、足、顔面、頭髪、それに胸、尻、腹などの肉片が。

 俺が切り落とし、潰し、弾き飛ばしてきた、女神たちの成れの果てが。

 学園長は歌うように語った。

「わたしの送り出したこのイシュタルテアの卒業生、女神とも呼ばれる方々はあなたに敗れてそこで終わりではなかったのです。あなたを止めようと挑み、それでも敗れたときには結界を築くために自らの亡骸を配置していたのです。侮れない力と対峙したときには用心深く、覚悟を決め、同胞の力へのつなぎとして、二重三重の策を準備する。それがわたしたちの戦いかたです。三十人の女神と、わたしの両腕を犠牲にして、完全な結界が完成しました」

「うぅぅぅぅッ打ち破るぅぅぅッ!」

 俺はペルチオーネを構え直し、背中のジェットをふかそうとした。

 そして、もうそんな力がないと気づく。

「落ちなさい」

 学園長のひとことで、俺と花嫁たちは飛ぶ力を失い、地上へ落下していった。

「ぬぁあああああッ! ゆるさんッ! こんなものこけおどしだぁぁぁ!!!」

 学園長とマザー・アカバムの頭部が遥かな高みに遠くなっていく。

 そして、俺と花嫁たちは岩の散らばる大地へ墜落した。

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