第85話数字の意味
いくら力があろうとも、経験の差から手痛い一撃を食らうこともあるだろう。
口のなかに広がる土の味が、そう考えさせた。
まだ終わりじゃない。俺は五体満足だ。
自分の体重で岩場に叩きつけられたくらいじゃビクともしない。
ゆっくりと立ちあがり、花嫁たちの様子を確認する。
俺は学園長に意識が向いていたせいで地面に叩きつけられてしまったが、花嫁たちは体勢を保って足から着地していたようだ。
翼をたたんで静かに跪き、みな俺からの指示を待っていた。
そのいじらしい姿に満足感を覚える。
忌々しい結界の様子を見渡せば、やはり女神たちの遺物が俺たちを取り囲んでいるのは変わらない。
遺物の数々は実体があるのかないのか、いまや下半分は地面の下となっている。
だが、その効力はいまだ堅固だ。
結界は俺へ力が流入するのを防いでいる反面、外からもこちらを攻撃できないようだった。
その証として、俺たちは放置されている。
俺たちを隔離すれば、それだけで勝てると思っているのだろうか。
戦い続けている二体の巨獣を見あげる。
ボンゼン・ブードーはマザー・アカバムの首すじに噛みつき、獰猛に咀嚼していた。
大きな傷はすでに首の半ばに達している。
マザー・アカバムの尖った茎が絡みつき、突き刺し、ボンゼン・ブードを引き離そうとしているが、それは効果をあげていなかった。
闇がうねっているような身体を無数の茎が貫いていたものの、ボンゼン・ブードーの力は衰えない。
そりゃそうだ。
ボンゼン・ブードーには内臓なんてものはない。ダメージを受けるであろう器官がない。
単なる、まさしく単なる力の塊だ。
ボンゼン・ブードーは夜暗を引き裂くうなり声をあげ、大地を震わせて足をかいている。
ときたまマザー・アカバムの体液が飛んできて、結界の表面に銀光として弾けた。
どう見ても、ボンゼン・ブードーが圧倒している。
このまま待っているだけで、マザー・アカバムをバラバラに引き裂いてしまいそうだった。
もはや勝負の行方に、この仰々しい結界は関係ないのかもしれない。
やつらの骨折り損。と、いうほど楽観視もできないか……。
「この状況どう思う、ペルチオーネ?」
『単純な時間稼ぎじゃない?』
「不利になったからゲーム盤をひっくり返されただけか……。フン、ゲームが再開すればまた俺たちが勝つ!」
女神の大増援があったところでなんだというんだ。
俺たちはすでにマザー・アカバムの足下にいる。すぐにでも決着をつけられるだろう。
俺は熱い愉悦をもって巨獣の戦いを見守った。
目の端に動くものが入る。
そちらを見ると、結界を構成していた女神の頭髪が溶けるように消えていくところだった。
結界がほころび、まだ細いが、力の流入が始まる。
こんな結界、やはりこけおどしに過ぎなかったようだ。
「フフフ、思っていたほどでもないじゃないか。花嫁たち、もう一度ダンスの時間が……」
そこまで言ったところで結界の外にある気配に気がついた。
目を向けると、そこにダークスーツの一団が立っていた。
学園の教師たちおよそ二十人。
ちらりと頭をよぎったのはナムリッドのことだった。
彼女を人質に取られてしまったかもしれない。
だが問題は小さい。
教師たちのレベルなら二十人を一瞬で倒すことも可能だろう。
俺は佇む一団へ向かって言ってやった。
「なんだ、女神はもう品切れか。あんたたちがそこでぼーっとしていると、あっというまに帰る家がなくなるぞ?」
俺の言葉に反応したかのように、教師の一団は無言で二手に別れた。
そのあいだから、学生服を着た小柄な人影が進み出てくる。
頭のうえにはネコミミ、黒髪のショートボブ。
その人影は間違いなくイリアンだった。
俺は謝罪をこめて声をかけた。
「すまないなイリアン。忘れていたわけじゃないんだ。さあこっちへおいで。結界が消えしだい、君も仲間に入れてあげるから……」
イリアンは青い顔をしながらも、毅然とした表情で右手をあげた。
その小さな手には彫刻の施された金の拳銃が握られている。
銃口が俺を向いていた。
なんだあの豆鉄砲は……。
「?」
疑問符を浮かべる俺に、イリアンは身震いをしてから口を開いた。
「先生たちにここまで運んでいただきました。この銃はノーデリアさんの王家に伝わる秘宝、千周期に一度だけ使えるという『なにものをも貫けぬものとてない』だそうです。ノーデリアさんの故郷がボンゼン・ブードーに滅ぼされたさい、ノーデリアさんの体内に隠されて、この世界へ運びこまれました。これを取り出したためにノーデリアさんはいま仮死状態にあります」
最初は震え声だったものがだんだんと強く、鋭くなっていった。
「この銃へ、ナムリッドが弾を充填しました。ありったけの魔力とあなたへの愛をこめて。そのため、ナムリッドも意識を失って危険な状態です……。残ったのはわたくしひとり。あなたとの関係者として最後に残ったわたくしが、この銃の使い手となりました。あなたに銃を使えと勧められて訓練を積んだわたくしが!」
無駄な努力のわりにまわりくどい。
俺は失望したように言った。
「だからなんだというんだ」
「学園長はおっしゃいました。ボンゼン・ブードーを倒すために、ここまではすべて、あなたの計画通りにいっている、と」
「あなた? 『あなた』とは誰のことだ?」
「あなたです! タネツケさんっ!」
「バ カ を 言 え ッッッ!!!」
「わたくしにも意味がわかりません。ですが、あなたはこの弾丸を受けるべきなのです!」
俺の身内をドス黒い怒りの柱が燃えあがった。
「世迷い言で俺を動揺させようってだけだろう? その銃は結界を貫き、俺の身体も貫けるかもしれない。だが……」
俺はペルチオーネを構えて言い放つ。
「当たれば、だッ! 当たったところで弾丸一発ッ!」
イリアンは両手で銃を構えた。
「頭を狙え、と言われています……」
俺はリラックスして言い返す。
「無理だイリアン。そんな豆鉄砲、俺の頭には当てられない」
イリアンは束の間遠くを見る目をしてから続けた。
「学園長からのお言葉をそのままお伝えします。『あなたは自ら対策を行いました。女の子たちを呪いの鎖でつなぎ、自らに隷従させたように錯覚させ、そのじつ、あなたが女の子たちと鎖でつながれてしまったのです。分かちがたく、しかっりと。だから五人なのです』」
「フフフ、世迷い言など意味がないと言っただろ……」
俺の怒鳴り声は途中で凍りついてしまった。
背筋を一気に冷却される。
身体が……。
身体が動かないッッッ!!!
俺の身体は花嫁たちに押さえ込まれていた。
こいつら、俺の与えた力で気配を消してッッッ!!!
右腕はマトイに抱かれ、右足は跪いたヒサメに捕らえられ、左腕はシャルロッテ、左足はイクサが絡みついている。
みなが力を集中して俺の動きを封じているため、俺は筋一本動かせない。
「そんなバカなッ! おまえらッ! おまえらなんかがッ! 俺をぉおおおおッ!!! うぅぅらぎるのかぁあああああッ! ふざけるなッ! ふぅぅぅざけるなぁぁぁぁッッッ!!!」
花嫁たちは無表情に、ただがっしりと俺を押さえつけているだけだった。
「ぶっころぉおおおおすッッ! おまえらぜんいんぶっころしてやらぁぁああ!!! これではおわらんッ! ぜったいにぃッ! ぜったいにぃぃいいいいいッ!!!」
動かせた首から上も、背後に立ったアデーレが上下からしっかりと固定してくる。
もう声を出すこともできない。
動かせるのは眼球だけとなっていた。
俺の五体をッ!
五人の花嫁がッッ!!
完封しているッッッ!!!
結界の外で、イリアンのネコミミがぴくりと震え、その目が据わった。
「愛を思い出してください! タネツケさんっ!」
引き金が引かれる。
軽い破裂音とともに弾丸が発射された。
何の変哲もない弾丸が、俺の目にはゆっくりとした動きで迫ってくる。
弾丸は結界を貫き、俺との距離を詰めて、詰めて……。
そして額に命中した。
身動きできないなかで、俺の超知覚は自分の皮膚が破れ、頭蓋骨がガリガリと削られていくのを感じていた。
そして両目の飛び出すような衝撃!
その瞬間、虚無の空間で俺の身体が三つに裂けていた。
ひとつは当然、俺。
もう一体は冷えた溶岩のような肌をした筋肉質の黒い人影。
最後の一体は……。
全身に血管浮かべて怒りに燃えている、俺に似た男だった!
その男の狂気と怒りに満ちた両目が俺を睨みつけていた……。
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