第16話鎧のなかみ
目覚めると五時だった。
外は明るいが、まだ陽射しはない。
昨日、帰ってきてから、新魔法の『ラウンドシールド』を試してみたあと、すぐに寝た。
ナムリッドは『出が早い魔法』、『扱うには度胸が必要』と言っていた。
使ってみると、その意味はすぐわかった。
まず、『剣・ビーム』と比べると格段に早い。
魔法陣を展開してから、効力を発揮するまでの時間が。
『剣・ビーム』の場合は、ゆっくりになった時間の中でも、破壊力を貯めこんでいく時間がかかっていた。
『ラウンドシールド』にはそれがほとんどない。
ナムリッドには教えられなかったが、俺はこの意味を考えてみた。
普通の人間やモンスターが相手なら、どっちの魔法も同じくらいの速度で繰り出されているように感じられるはずだ。
こっちの感覚では時間がゆっくりでも、相手は通常の感覚で行動しているのだから。
魔法の出の早さが問題になるとしたら。
それは、対魔道士戦だ。
相手が魔法を使おうとしている魔道士なら、同じ時間の流れで戦うことになる。
ことによったら、相手が攻撃魔法の準備を終えるまで、こっちは気づかない場合もありうる。
そんなときのために、防御魔法『ラウンドシールド』は効果を発揮するまでの時間が短いのだろう。
『扱うのに度胸がいる』という意味もわかった。
この盾は無色透明で、光の屈折も無い。
目にはまったく見えなかった。
重さも無かった。
触れば硬い実体を持っている。
直径六十センチの円盤が左腕にくっついていた。
しかし、この透明な空気盾で、攻撃を受け止めるのは、かなりの勇気がいるだろう。
こちらの命を奪いかねない一撃だ。
自信を持てるまで、時間がかかる。
ナムリッドの言葉は、そういう意味だった。
ともかくこれが、俺の新魔法『ラウンドシールド』だ。
防御魔法を入手できたのはありがたい。
こんな感じで、使える魔法が増えていけばいいけど。
そんなことを考えながら、俺は部屋を出た。
洗面所で顔を洗おう。
水場は階段の上の踊り場だった。
蛇口が三つ並んでる。
そっちを見ると、先客がいた。
輝くような赤髪が、腰に届かんばかりの長さだ。
たぶん女だろう。
背は高いが線は細い。
ピンクのパジャマはだぶだぶだ。
誰だろう?
まだ会ってない人がいるとは。
とりあえず洗面所へ向かう。
赤髪の人が顔を洗い終わって、身体を起こした。
ちょうどいいタイミングだろう。
俺は後ろから挨拶してみた。
「おはよう!」
赤髪の人はビクッと背筋を伸ばし、雫をたらしながらこちらを振り返った。
切れ長の目に下がり眉。
美人だが、いかにも気弱そうな顔立ちだった。
彼女は狼狽した様子で、おどおどしながら返事をする。
「あ、おは、おはようございますタネツケさん。すいません、わたしなんかに挨拶してもらって。ごめんなさい、すぐどきますから。わたしなんかが先に顔を洗ってすいませんでした、ごめんなさい」
頭はぺこぺこお辞儀しっぱなしだ。
しかし。
その異様にへりくだった態度よりも。
衝撃が俺を貫く。
この声はッ!
アデーレだッ!
あの傲岸不遜な鎧女の中身がこれか?
この弱々、おどおどした女の人が?
俺はいちおう確かめてみた。
「アデーレ……なのか……?」
お辞儀を繰り返す速度が上がった。
「はいっ! すいません、名前ばかり立派で、ごめんなさい。すぐどきますから、すぐどきますから。ごめんなさい、すいません」
アデーレはぺこぺこしながら、水場を去ろうとする。
そして、
「ぐがっ?!」
前を見てないから、壁に当たって転ぶ。
転んだが、受け身を取り、流れるような動作で立ち上がっていた。
そこはさすが、戦士だ。
「大丈夫か、アデーレ?」
「はいっ、大丈夫ですっ! 問題ありません、ご心配おかけしてもうしわけありません、ごめんなさい、ご迷惑をおかけしてすいません」
変わらずぺこぺこしながら、部屋へ向かう。
俺は忠告してやった。
「前を見て歩いたほうがいいと思うよ?」
「すいません、そうします、お心遣い感謝します。もったいありません、ごめんなさい、気をつけます」
アデーレはドアにも頭をぶつけそうになって、部屋に戻った。
その姿を見送って、しばし言葉を忘れる。
鎧無しだと、えらい変わり様だ。
あれじゃ危なっかしい。
鎧を脱いだら、外なんか歩けないだろう。
アデーレって、意外と苦労してるんだな。
アデーレの隣の部屋でドアが開く。
赤髪を短く刈り込んだ男が出てきた。
左耳にピアスをしている。
こっちはクラウパーの中身か。
向こうから先に挨拶された。
「おっ、早いなタネツケ。感心感心」
「おはよう、クラウパー。見事な赤毛だな」
クラウパーは照れくさそうに笑いながら言った。
「褒めたってなにもでないぜ? 俺にはロシューがいるからな」
「ふーん……」
何気なく受け流したあと。
数瞬遅れて、クラウパーの言葉の意味が染み透ってくる。
なっ・
にっ・
ぃっ・
!
俺はやや動揺しながら聞いた。
「ロシューって、コックでイリアンの兄さんのロシューか?」
クラウパーが平然と、鼻歌混じりで答える。
「ああ」
「つきあってるのか?」
「ああ」
「恋人同士なんだ……?」
「ああ」
「ふ、ふぅ~ん……」
この双子ッ!
鎧の中は驚異が満ち満ちてるじゃないかッ!
『自警団・アルバ』には、あとどれくらい秘密が隠されているんだろう。
クラウパーは蛇口をひねりながら言った。
「姉貴に会ったか?」
「ああ、会ったね」
「気弱なときに悪さすると、あとで倍返しされるぞ。むこうはちゃんと覚えてるからな」
「……気をつけよう」
俺はクラウパーと並んで顔を洗った。
☆☆☆
一時間後。
食事のテーブルには、二体の鎧が並んでいた。
昨日と同じように。
波頭の浮き彫りがあるヘルメットの奥から、アデーレが言った。
「今日はたぶん仕事がある。わたしの足を引っ張るなよ、クソムシども」
いつものことなのか、みな平然と食事を続けている。
アデーレのほうも、特に反応を期待してないようだ。
朝の食事はボリュームたっぷりだ。
山と積まれたクロワッサンに、ヨーグルトでからめたフルーツサラダ。
大盛りのベーコンとスクランブルエッグ。
ベーコンなんて、どういうふうに魔力培養されてるんだろう。
言えば、すぐおかわりを出してくれるそうだ。
朝からそんなに食えないけど。
テーブルにはシチューの鍋も置かれ、淹れたてのコーヒーと牛乳もある。
クラウパーは、俺の三倍も食べた。
まわりの女性陣も、エネルギッシュに食べ物を詰め込んでいく。
俺は向かいのマトイへ目を向けた。
目と目が合う。
マトイはフルーツサラダを口へ運びながら、にっこりと微笑んだ。
これから戦いがあるかもしれないってのに、落ち着いたものだ。
それから横目でナムリッドを見た。
ナムリッドは澄まし顔で食事を続けている。
こっちも平静だ。
戦闘を控えてるようには見えないし、昨日のことさえ無かったような様子だ。
俺のほうはというと。
けっこうドキドキし始めてる。
相手がモンスターとはいえ、殺し合いをするわけだし。
俺は圧倒的な力を持っているが……。
やるからには、やられる可能性がある。
食事も終わりに近づいたとき、『所帯持ち』のトゥリーが現れた。
革鎧と手袋をつけている。
トゥリーは、革手袋をつけた手を打ち合わせて言った。
「ようし! そろってるなガキども! 食事が終わったら作戦検討室で待機だ。トイレは済ませておけよ」
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