第15話ナムリッドの夜

「リラックスして床に座って。あぐらでいいから」


 俺は言われた通りに座った。

 向かい合わせにナムリッドもあぐらで座る。

 こうして膝をつきあわせると、彼女の花のようないい匂いが鼻をくすぐる。


 俺は聞いてみた。

「魔道サルベージって、どんなことをするんだ?」

「訓練を終えた魔道士なら、世界情報から自分と相性のいいブルート・ファクツの使い方をいくつか見つけているものなの。無意識のうちに。それを意識下まで浮上させて、実際に使えるようにする儀式よ」

「俺にそんなことできるかな? 魔道士の訓練なんて受けたことないのに」

「どうかしらね? タケツネのほうは瞑想していればいいわ。異世界から来たっていうあなたの精神世界を覗いてみたかったの」

 そこで区切って付け加える。

「本当は師匠と弟子や、親友同士のあいだで行うことなんだけど……」

「じゃあナムリッドが師匠みたいなもんか」

「ふふふ。最初の弟子が異世界から来た男なんて面白いわ。さ、始めましょ」

 ナムリッドは両手を広げて、俺のほうへ差し出してきた。

「わたしの両手を握って。そしたら目を閉じて」


 ちょっと気恥ずかしい。

 それでも俺はナムリッドの柔らかい手を握り、目を閉じた。

 ナムリッドの声が聞える。

「できるだけなにも考えないで、ぼーっとしてて」

 なかなか難しいが、試してみるしかない。

 俺はしばらくなにも考えないように奮闘してみたが、うまくいってるかは自信がなかった。


 静かな部屋の中、柔らかな絨毯の上で手を取りあって一分後。

 ナムリッドが苦しげな吐息をつく。

 俺はもう少しで、目を開いて口をききそうになった。

 そこをなんとか踏みとどまる。

 聞かれたら答えればいい。

 ナムリッドが言った。

「タケツネは返事しなくていいわ。聞いてて。あなたの中を教えてあげる。まるで世界中の魔法すべてが埋まってるみたい……。でも、みんなベールの下でうごめいているばかりよ……。こんなの初めて」

 俺のほうはなにも感じない。

 黙っているのがよさそうだ。

 握っているナムリッドの手が、じっとり汗ばんできた。

「どれひとつ、ベールの上まですくい上げられないわ。水のようにこぼれて形をとどめないの……。せめて、ひとつでも防御魔法を……」


 軽く唸ったあと、ナムリッドは言った。

「もういい。目を開けて手を離して」

 目を開けると、ナムリッドの顔色を見る。

 上気して、額にはうっすらと汗が浮かんでいた。

「大丈夫か、ナムリッド……?」

 ナムリッドは後ろ手をついて、身体を傾けた。

「ああー、疲れた! あなたが異世界から来たっていうのは本当みたいね。過去の断片も垣間見えたし。あんな状態ありえないわ」

 フッ、と気を抜いた笑顔を向けてくる。

「なんとか防御魔法をひとつ、サルベージできた。『ラウンドシールド』。出が早い魔法のひとつよ。範囲は狭いけど、振動や熱、魔法も防げるの。目には見えないから、扱いに度胸がいるけど」

 ナムリッドは深い溜息をついた。

「わたしにはそれが限界!」

 そう言い放ち、うつ伏せに寝っ転がる。

「マッサージ、マッサージして。背中が痛い。師匠の命令よ」

「えっ?! マッサージなんてしたことないよ」

「いいから早う! 苦しゅうない、背中を押すだけでいいから。優しくね」


 俺は早く『ラウンドシールド』っていうのを試してみたかったのだが、しかたない。

 俺はナムリッドの横で膝立ちになり、彼女の背中に両手を置いた。

 しなやかな背中に体重をかける。

 途端にポキポキパキパキと音が鳴る。

 ナムリッドは耳をくすぐる喘ぎ声を立てた。

「うぅ~ん……、そこそこ、そんな感じで……。背中全体と腰までね……」

 俺は気持よさげに鼻を鳴らすナムリッドの背中を、丹念に押してまわった。


 女をマッサージするというのも、存外に気持ちがいい。

 気分もノッてしばらく続けていると、

『……ぁっぁっぁっ!……ぁあん……!』

 どこか遠くから、明らかな喘ぎ声が聞こえてきた。

 俺は驚いて手を止めた。

「なんだよ、今の……?!」

「夜だし、個室だから。そういう人もいるわ。でも静音フィールドが働いてるのに聞こえてくるなんて、きっと大騒ぎね。お隣さんかしら……」

 ナムリッドは平然と言ったものの、その体温が急激に上がったような気がする。


 気を取りなおして続きをしようかと思うと、ナムリッドは身を起こした。

「わたしはもういいわ。次はタケツネの番ね。寝て」

「えっ、俺はいいよ」

「なに言ってるの! 師匠のマッサージを断るなんてバチが当たるわよ!」

「じゃ、じゃあ少しだけでいいから……」

 俺は絨毯の上でうつ伏せになった。

 ナムリッドは、俺の尻の上へ馬乗りになった。

 背中がぎゅっぎゅと押される。

 ウンともスンともいわない。

 衣擦れの音だけだ。


「やだ、ホントに全然凝ってないようね」

「だから言ったろ? 俺は疲れてないよ」

「じゃあしばらく撫でててあげる……」

 ナムリッドは俺の背中に手を彷徨わせた。

 これはこれで気持ちいい。

 ナムリッドは唐突に切り出した。

「マトイとどんなことがあったかなんて、そんな野暮なことは聞かない……」

「えっ?」

 俺は背後へ目を向けた。

 赤い瞳を潤ませて、ナムリッドが続ける。

「わたしの思春期の頃の妄想を教えてあげるわ……、わたし、初めては異世界から来た男がいい、なんて考えてたの……」

 ナムリッドの熱した股間が、俺の尻に押しつけられる。

「そんなの、魔道の勉強に打ち込むための言いわけ。異世界から来た男なんて、現れるわけないもの」

 俺の背中を撫でる動きが、ゆっくりと強いものになった。

「結局、魔道一筋に打ち込んで、男と付き合うこともなく、この歳まで来ちゃったけど……」

 ナムリッドはさらに腰をゆすりながら、妖しく囁いた。

「今夜、夢がかなうかも……」

 期待のさざなみが俺の背筋を這い上がる。


 股間即熱!


 床に当たって痛いので、俺は少し尻を動かしてしまった。

 それがバレたらしい。

 ナムリッドが俺の股間へ向けて、右手を差し込んできた。

 その結果、さわさわと……。


 昂ぶりを直接接触で確かめられてしまったッ!!!

「いけない弟子ね……期待しちゃってるの……?」


 これはッ!


 いにしえに聞くッ!!


『年上の誘い』やないかァァァ!!!


 ナムリッドが手を離し、腰を浮かせたので、俺は回転して仰向けになった。

 そこへ遠慮なく、柔らかい質量がのしかかってくる。

 ナムリッドの豊かな胸が、俺の上で潰れた。

 彼女の甘い体臭がいっそう濃くなってくる。

 艶やかな微笑みで、ナムリッドは囁いた。

「ふふふ、師匠の初めてを奪う弟子なんて許されるのかしら……」

 ナムリッドの細い金髪が顔に降りかかる。

 桜色の唇で口をふさがれた。


 ☆☆☆


 結局、素っ裸になって連続三回戦もしてしまった。

 夜だし、個室だからな……。 

 ナムリッドはブラのカップに胸乳を押しこみながら言った。

「意外といいものだったわ。機会があったらまたしましょうね。マトイの目を盗んで」

 そう言って、いたずらっぽく笑う。

「う、うぅ~ん……」

 俺は成り行きに戸惑いながら、服を身につけていった。

 ふと見ると、ナムリッドは魔法の鏡を空中に浮かべ、手櫛で髪を整えていた。

 俺もナムリッドの白い肩の後ろから、自分の姿を覗きこんでみた。

 うわっ!

 上半身がキスマークだらけだっ!!

「これ……襟で隠れるかなぁ……」

 俺の言葉に、ナムリッドは恥ずかしそうに目を伏せた。

「あ、ごめんなさい……。自分がこんなに興奮するタチだって知らなくって……」

 そのいじましい姿にはぐっと惹かれる。


 しかし!


 異世界に来たその日のうちに、二人も経験してしまった!


 昨日まで童貞だったのに!


 これからこの三人でどういう人間関係を築いていけばいいのか……?

 むろん、そんなことを考える余裕が、俺にあるわけはなかった。

 脳が深く考えるのを拒否していた。

 なるように任せよう。


 このあと、ナムリッドとは手をつないで家まで帰ってしまった。

 なんという青春!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る