第11話結婚について

 暮れなずむ街の通りを、大荷物抱えて寝どころへ戻る。

 隣には黒髪碧眼の美少女。

 食事と仕事にもありついた。

 ある程度の危険はあるにしろ、それはスパイスにも等しい。

 こんな充実感、何年も味わっていなかった。

 俺は満たされた気分で通りを歩いた。


 このアルコータスでは、通りを行く他の人々も、おおむね満足そうだった。 

 俺やマトイと同じ人間が微妙に多数派のようだ。

 肌の色も髪の色も雑多。

 褐色に白皙、青い肌をしているものまでいる。

 他にはエルフとネコミミ人間が半分くらい。

 決して珍しい人々ではなかった。

 どちらも肌の色、髪の色は多彩だ。

 さらにエルフたちは、耳が長かったり短かったりする。

 今日一日見回した限り、人種的ヘイトはなさそうだった。

 この多様な人々を見て、ある興味がわく。


 俺は隣のマトイに尋ねてみた。

 慎重に言葉を選びながら。

「なあマトイ、外見の違う人同士でも結婚できるのか?」

「どういう意味?」

 確かにこれじゃ意味は伝わらないか。

 俺は頭のなかで例になりそうなカップルをシミュレートした。

 ネコミミコックのロシューと、エルフのナムリッドがカップルになったら都合がいい。

 俺はそれを話してみた。

「例えばさ、ロシューとナムリッドがその気になったら結婚できるのか?」

 マトイは歩きながら目を丸くする。

「あたりまえじゃない!」


 そうなると、当然の疑問が頭をもたげてくる。

 俺は続けて訊いた。

「子供はできるのか? 二人の間で」

 マトイは大げさな呆れ声で答えた。

「やだ、もーっ! 性教育までさせるつもりっ?!」

「そんなこと言わずに教えてくれよ。完全に忘却の彼方だ」

 ちょっと怒ったようにマトイは言った。

「できるわよ! あたりまえでしょ!?」

 さらに続ける。

「でも、ナムリッドとロシューのカップルなら助産師の助けが必要ね」

「助産師って?」

「お産を専門にしている魔道士よ。もちろんブルート・ファクツを使うわ」

 少し顔を赤らめながら言葉をつなぐ。

「じゅ、受精していたら、父と母、どちらの容貌に近づけるか相談しながら決めていくの。決まったらブルート・ファクツで赤ちゃんを整えるわ」


 これはデザイナーベイビーだ。

 この世界は昔から魔法による遺伝子工学が発達していたらしい。

 俺は驚きとともに、新たな疑問を口にする。

「助産師の力を借りなかったらどうなるんだ? ほったらかしにしたら」

「どうにもならないわ。耳が長い人とネコミミの人だと。受精はするけど妊娠には至らず、普通に生理が来るはずよ」

「ふーん、ちょっと障害があるんだな」

「でも、ロシューとナムリッドの場合なら必要ってだけで、特に必要のない間柄でもほとんどの人は助産師の助けを借りるわ。おかげで助産師はどこも大繁盛」


 俺は元いた世界の遺伝子工学から導かれる考えを言ってみた。

「助産師なら、人間と動物のあいだにも子供を作れそうだな」

「そんなことわざわざ人がやらなくても、マイアズマがしてるじゃない。マイアズマ・デポのまわりにはウヨウヨしてるわ。人と動物のあいの子が。オークにコボルト、リザードマン。ワータイガーにワーウルフ。わざわざモンスターを産みたがる人なんているわけないじゃない」

「ああ、なるほど……」

 マトイの答えは、俺の意図したことと少しズレてはいる。

 しかし、そういうことなのだろう。

 結果が見えているので、興味を持たないのだと思う。

 結局は常識が違いすぎる。

 この世界が、遺伝子工学的にはどれほどの知見を持っているかはあやふやだ。

 詳細な理論は知らず、大昔からやってきたことを続けているだけかもしれない。

 俺だってそんなに詳しくないし。

 要は世界が違うということを受け入れていくほうが早道だ。

 この話はここで打ち切ろう。


 もうひとつ、別の疑問を訊きたい。

 俺が口を開く直前に、マトイは言った。

「名は体を表す」

「えっ?」

 マトイが魅惑的な流し目で俺を見る。

「タネツケって、やっぱり子供のことが気になるんだ? 記憶喪失になっても」

 声が少し低くまり、大人っぽくなっていた。

 俺は狼狽して、出しかけた言葉を飲み込む。

 話が……意外な方向へ向いてしまった。


 マトイが続けて訊いてきた。

「将来的には何人くらい欲しいの? 子供」

「えっ、いや、その……、そ、そんなの考えたことないよ……」

 俺はしどろもどろになりながら答える。

「そ?」

 マトイは顔を前へ戻した。

 期待はずれといった表情で。

 それから自分の腹をなで始め、前を向いたまま言った。

「あー、考えてみたらアタシも助産院行ってみたほうがいいかなぁー? 可能性はあるわけだしぃー」


 ごくり。


 横目で俺を見ながらマトイは続ける。

「結婚もしてないのに助産院通いなんて始めたら、パパがなんて言うかなぁー?」


 ごくりごくり。


「どう考えてもギルティープレジャー振り回すよね。フルパワーで……」

 これだけ常識の違う世界なのに。

 なんでそういうところは異世界共通なんだよ!


 続けて無言の俺に、マトイが提案してくる。

「被害を未然に防ぐためにぃー……」

 そこで溜めを作って、俺に向き直る。

「結婚しちゃおっか?」

「ぐぶぅっ!?」

 俺はなにも口にしていないのに、喉をつまらせかけた。

 ゲホゲホむせながら、なんとか言い繕う。

「俺、まだ右も左もわからないし、これからの仕事だってこなしていけるかは確実じゃないし、いくらなんでも早すぎないか……?」

 マトイが眉を吊り上げて反論してくる。

「出会ってすぐえっちしたのは早すぎないの?」

「いや、早かったけど……」

「じゃあ、他も早いほうがバランス取れるじゃないっ!?」

「う、いや……その……」

 俺は言葉に詰まった。


 結局、正直な心情を吐露してみるしかない。

「マトイに不満はないけど、今日ここに来たばかりで、常識もままならないのに結婚なんて頭がついていかないよ。そういうのも人生かもしれないけどさ……」

 それを聞いてマトイがぷっと吹き出した。

 クスクス笑いながら言う。

「面白いっ! 一度こういうやりとりしてみたかったの!」

 眉根を下げた笑顔で続ける。

「アタシだって結婚は早すぎると思うもの。タネツケのことだって変な人ってことしか知らないし」

 凛々しい口調に変わった。

「でも、いざとなったらその時はその時よ。どうせ、これからひとつ屋根の下で暮らすんですからね!」

「あ、ああ……、いざってときにはな!」

 冷や汗がどっと噴き出る。


 束の間安心したものの、ある可能性に気づいて、今度は愕然となった。

 俺は気ままに、流れに身を任せてここまできた。

 そう思っていた。

 だが、果たして本当にそうだろうか。

 俺はちょっと強引な展開でマトイとえっちし、その後彼女に連れられて彼女の父親が運営する組織に所属し、

いまや彼女と同じ家で寝起きしようとしている。

 もしかしたら……。

 オークを倒した直後からもう、ずっとマトイの手のひらの上だったのではないだろうか!


 マトイの横顔をちらりと見やる。

 今は鼻歌混じりの笑顔で上機嫌だった。


 策士!


 この美少女、もしかしたらとんでもない策士!


 自分がそこまで買われてるとしたなら、それはそれで面映ゆい。

 だが、俺の推測が正しかったなら、このあといろいろ骨が折れそうだ。

 女と付き合ったこともないのに、最初の相手から賢すぎる。

 とりあえずは……。

 そうだ、とりあえずは、マトイに隠して買っておいた極薄家族計画

『うすうすハイパー』が助けになってくれるだろう。

 十二個入りでどれくらいもつんだろう?

 よく財布に一枚入れとけっていうけど、いまは財布も持ってないしな。


 そんなことを考えていたので、もうひとつ訊きたいことがあったのを忘れていた。

 それを思い出すのに、しばらく時間がかかった。

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