タネツケ世界統一 下品な名前で呼ばれてますが、オレ、世界を救うっぽいです。
進常椀富
第一部 異世界のアルコータス
第1話去りぎわのこと
絶望しているわけじゃない。
だからといって希望があるでもなかった。
自殺も別にしたくない。
良いとか悪いとかじゃなくって。
俺にはそんな気力がないんだろう。
第一、綺麗サッパリこの世とおさらばできるならまだいいさ。
失敗して身体が不自由にでもなったら、目も当てられない。
何ひとつ不自由ない健康体でありながら、俺はここまで不自由なんだから。
行くもならず、退く場所もなく。
そんな宙ぶらりんの存在。
ニートってそんなもんだろ? 俺のことだけど。
高校さえまともに出てない。中退した。
学校は義務教育のころから嫌いだった。
みんなと同じ時間に起きて、同じ時間に登校し、同じ時間に飯を食う。
そんな集団行動、俺には苦痛でしかない。
友達もほとんどいなかった。
いや、見栄を張った。
まったくいなかった。正確には。
だから学校を辞めるのにも迷いはなかった。
一年の一学期も通えていない。
集団行動、人付き合いが嫌いでも金は欲しい。
学校を辞めてからしばらくはアルバイトもした。
俺みたいな人間でも、ブラックの代表格・飲食業なら雇ってくれる。
でも、長く続くわけがない。
未成年ということで時給を低く抑えられ、
「根性」だの「気合」だの、非効率的な精神論を交えて罵倒される。
それだけじゃない。
たかが数百円の食い物を買っただけで帝王気取りのキチガイ客の多いこと。
アルバイトもやってられなくなった。
俺の生涯獲得賃金は、今のところ七万円だ。
俺は仕事を探すより、金のかからない時間の過ごし方を探求した。
図書館に通ったり、母親が留守のときには一家に一台のPCでネットもする。
ネットは短時間しかできないから、エロ動画を見て抜くのが関の山だ。
そんな生活を二年も続けていると、家族関係も荒んでくる。
父親は俺の顔を見るたび小言と嫌味を言い、母親は飯を作ってくれなくなった。
そして運悪く三人顔を揃えちまえば、俺をはさんで、父親と母親のあいだで夫婦ゲンカが始まる。
行くアテもないとはいえ、家にも居られなくなってきた。
このごろは一日のほとんどを外で過ごす。
早起きして炊飯器からごはんをかすめ、おにぎりを二個作る。
それを使い古したコンビニのレジ袋に入れ、静かに玄関を出るのが日課だ。
帰宅するのは父親が寝静まる十一時過ぎ。
それまで、とにかく外をブラブラするしかない。
最近は図書館もイマイチだ。
ヒマ人がすし詰めで、座れる場所もなかなか見つからない。
大半の時間は、公園のベンチで噴水を眺めながら、ぼーっと過ごす。
今日の午前中をそうしたように。
ほかにも好きな場所がある。
駅前だ。
賑やかな場所じゃない。逆だから好きなんだ。
俺が子供のころには、まだ活気があったけども。今じゃどうだ。
昔ゲーセンだった場所も、喫茶店だった場所も、服屋も、タバコ屋も。
みんなシャッターが閉まっている。
いまだに営業を続けてるのは、老舗の本屋くらいだ。
この本屋にしたって閑古鳥が鳴いている。
この寂れゆく空気がたまらないぜ。
まるで俺の人生のようだ。
これから駅の中を通り、西口から東口に抜け、そっち側の公園へ行くつもりだった。
やっぱり、いつ来てもお寂しい場所だ。
ちょうど正午にもなろうかという時間帯に、
人待ち様子の人影が二、三人、ぽつねんと佇んでるばかり。
俺は暇そうなそば屋の前を過ぎ、改札口のある方へ向かう。
そのとき、舌っ足らずな黄色い声がかけられた。
「あなたのためにお祈りさせてください!」
ぎょっとして顔を向ける。
背の低い女の子が立っていた。
身長百五十センチくらいか。
白いブラウスを着て、赤と黒のチェック柄のベストにスカート。
栗色の髪の上にも、同じ柄のベレー帽を被っていた。
かなり童顔だが、俺よりは年上かもしれない。
ちょっとそんな雰囲気もある。
女の子は右手をあげ、真摯な眼差しで続けた。
「波動スピンのご加護を!」
彼女はタスキもかけていた。
白地に緑の文字で、「波動スピン教」と書かれている。
いつもの調子なら軽く無視するところだが、今回は思わず足を止めてしまった。
もちろん、女の子が可愛かったからだ。
「うっ……っと……ええっと……」
俺は他人と口を利くのも久しぶりだった。
戸惑っていると、女の子が右手を突き出しながら言う。
「すぐに済みますから! 是非ともお祈りさせてくださいっ!」
「じゃ、じゃあ頼むわ……」
俺は顔の前にある手のひらを見つめつつ答えた。
「ありがとうございます! では、さっそく!」
女の子は俺に手のひらを向けたまま目を閉じる。
そして、もにょもにょごにょごにょ呟き始めた。
俺は顔をそむけて、横目でチラチラと彼女の様子をうかがう。
つぶやきが止まった。
彼女は目を開き、真面目くさった口調で言った。
「宮本武経みやもと・たけつね、十八歳。無職。彼女いない歴イコール年齢……」
「なっ……!」
まったくその通り。
俺の名前は宮本武経、十八歳のニートだ。
どうして俺のプライベートを知り得たのか?
そんな俺の驚きを無視して彼女は微笑んだ。
桜色のくちびるから軽やかに言う。
「思った通りです。わたしも人を見る目が上がってきました!」
たぶん、俺は相当失礼なことを言われているんだろう。
だが、それよりも俺の素性を言い当てた、彼女のトリックのほうが気になる。
「一体どうやって……」
俺の質問をさえぎるように、彼女は言った。
衝撃的な真実を。
微笑みをさらに輝かせながら。
「あなたは……この世界にとって要らない人です!」
「!!!!!!」
そ、それはそうかもしれないが、なんで知り合いでもない赤の他人に、
こうもズバリと言われなきゃいけないんだ!
驚き、絶句する俺の前で、彼女がかぶりを振る。
「やだ、わたしったら間違えちゃった……!」
コホン、と軽く咳払いして彼女は続ける。
「えっと……、タケツネさんにとって、こんな世界、いらないですよね……?」
その言葉を引き金として、走馬灯のように記憶が駆けめぐる。
小学校低学年のころ、給食時にゲロを吐いてしまい、それ以来アダ名が「ゲロ」になったこと。
水泳のとき、同じアニメ柄のものを持っていた女子のタオルを使ってしまい、彼女を泣かせたこと。
その事件がもとで、「ゲロ」というアダ名に同情的だった女子たちにも毛嫌いされるようになった。
中学に上がったら、ヤンキーグループに目をつけられた。
いじめを受け、週に三回はゴキブリの死骸を食わされた。
短かった高校時代。
片思いだった女の子に手紙をもらった。
ウキウキしながら書いてあった時刻に教室を訪れたとき、彼女は教師とヤっていた。
俺は二人のセックスを見せつけられるばかりだった。
そして今。
自分の将来に展望がないことを、俺は思い知っていた。
誰に言われるまでもない。
目の前にいる波動スピン教の女の子は、ただ微笑んでいる。
彼女の狙いが何かはわからない。
しかし、
「こんな世界はいらないだろう?」
と問われたならば、俺の口をついて出てくるのは、ただ一言の。
「ああ……」
肯定だった。
途端に、女の子が大声で宣言する。
「では、こーしょーせーりつ!」
「なに?」
戸惑う俺には構わず、彼女は目を輝かせてガッツポーズを取る。
「いきますからねっ! 波動スピン教最強秘奥義!」
ビシっと俺の顔へ左手のひらを向け、彼女は叫んだ。
「次元貫通方程式、展開!」
彼女の手のひらに紅い瞳が開いた。
その瞳が激しく輝く。
直後、俺は暗い虚無の中にいた。
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