第33話 打ち上げ、やるよ!
「愛おしい毎日を、今しばらく大切に過ごしていきたい」
‘自転車に乗るわたし’を読んだその日から、朝起きて窓を開けるとき、こうつぶやくのが日課になった。吉野 陽子さんのこの言葉は本当に噛みしめるに値する、魔法のような言葉だ。そして、高3の終盤、そろそろ卒業も間近に迫ってきた2月の今、わたしは文字通り愛おしい毎日と真摯に向き合っている。
雪が降るまでの短い間、コタローと何度か自転車で遠出した。
結婚の確率が高いという衝撃発言はあったけれども、コタローとわたしの関係はあくまでも自転車友達のままだ。わたしがもっと賢くなって、コタローが言わんとしていたことが理解できれば、さらに踏み込んだことを教えてくれるのかもしれないけど、今のところまだそのタイミングではないようだ。
気が付いたら冬になり、雪が降った。氏神様が森野家も高瀬家も同じなので、なんとはなしに一緒に初詣に行った。そのとき、違う地区だけれどもゆうきも来て、コタローと初顔合わせとなった。ゆうきは高校入学の時は内気だったけど、今は人見知りしない。
「どーも。コタロー君の話はいつもシズルから聞いてる」
「コタローでいいよ。俺もゆうき、って呼ぶから」
「じゃあ、コタロー」
「うん?」
「これからも末永くシズルを愛してやってね」
「ちょ、ゆうき、何言ってんの!」
「ああ、ゆうきの親友だもんな、シズルは」
うえー、ゆうきもコタローも冗談言ってることは分かり切ってるんだけど、なんか、セリフがカッコいい。なんだ、この2人は。2人とも実はカッコいい人たちなの?それともわたしがこういうセンスが無いだけ?
そして、お正月も過ぎ、2月。わたしは18歳になった。教習所で鬼教官の厳しい指導に耐えたお蔭で車の免許も取れた。自分で運転できる乗り物が一つ増えたわけだ。でも、車でかっ飛ばす、って言うのはなんだかしっくり来ない。かっ飛ばすのは自転車に限る。因みに、コタローは多少雪が積もったくらいでは自転車通学をやめない。タイムも10分程遅くなるだけ。ほんとに、ロードレースの出場目指したらどうだろうか。そう思って、コタローに訊いてみた。
「いやー、中野で一人前に仕事できるようになったら、挑戦するつもりだよ。自分でビルドしたロードレーサーでさ。そんで、中野オリジナルの自転車でレースに勝てたら、宣伝効果抜群だろ。一応、まあ、俺の妄想、だけれどもな」
あー、コタロー、脱力感とか老成してるような雰囲気だけじゃなくって、若者らしい覇気みたいなもんも出してるじゃん。
「ううん、全然妄想なんかじゃないよ。コタローがレースに出るなら、わたし、応援するよ!」
「っていうか、シズルも出ろよ」
「え!わたしも!?ロードレーサーに乗るの?」
「ああ。お前、スポーツなんて全然縁がないって言ってた癖に、なんだかんだ言って、俺についてそこそこ走れるようになったじゃんか。一緒に走ろうぜ、この先も」
「この先も?」
「いや、まあ、貴重な自転車友達だからな」
と、コタローとの関係は今のところこの辺り止まりだ。
自分なりに充実していた高校生活もあとわずか。4月から社会人になると思うと、誇らしい気持ち半分、不安な気持ち半分、ってところかな。夏休みからの半年近く、コタローと自転車と出会ってからの高校生活がより一層充実したものだったので、名残惜しい気持ちも正直、かなりあるし。なんていうか、あと一花咲かせたい、じゃないけど、何か最後にもう一つ、学生時代の思い出というかイベントが欲しいな。なんて、贅沢かな。
でも、来た。おあつらえ向きのイベントが。
「コタロー、高校の友達、皆受験で相手にしてもらえないでしょ」
「うん?相手にしてもらえないんじゃなくって、俺が相手にしてないだけさ」
「どっちでもいいけど、フタショー生と遊ばない?」
「どういうことだよ」
「いやー、フタショー恒例の打ち上げやるんだけど、暇だったら呼んであげてもいいよ」
「打ち上げ?学校のか?」
「うん。きっと楽しいよ」
「何言ってんだよ。どうして別の高校の俺がフタショーの打ち上げに出て楽しいんだよ」
「コタローが楽しくなくても、わたしが楽しい」
「嫌な奴だな」
「コタローを孤独にしたくないんだよ」
「俺は孤独じゃないよ、何言ってんだよ」
「でもさ」
わたしは上目づかいでコタローをちらっと見る。
「フタショーの生徒は、ほぼ100%就職組で、まあ、柄が悪いなりに仲間、って感じはあるんだよ。悪いけど、北星で就職するのって、コタローだけでしょ」
「・・・まあ、そうだけど・・・」
「だからさ、お互い、社会人になる者同士が集まってわいわいやるのも、話が合って楽しいかなと思うんだよね。コタローもこっち側の人間じゃないですか」
「なんだよ、こっち側って。俺はどっち側でもないよ。それに何で突然敬語になるんだよ」
「コタローが来てくれると嬉しいんですけど」
「・・・その打ち上げって、何するんだよ」
「まあ、食べて飲んで、どんちゃん騒ぎする、って感じかな」
「いい飯出るんだろうな」
「うん、それは大丈夫だと思う」
「スケジュール教えてくれよ。母さんの介護の都合もあるからさ」
「ああ、ほんとだね。コタローは暇じゃない。忙しいんだ」
「ところで、それって、クラス単位か?それとも学年単位?」
「いやいや、部活の打ち上げなんだよね」
「部活!?お前、部活入ってたのか?」
「まあ、ね」
「へー・・・そりゃ全く知らんかった。何部?」
「バイト部」
「何、それ」
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