第24話 たまには歩きでどっか建物の中でも会いませんか?
このところ、コタローの機嫌が悪い。わたしも機嫌が悪い。なぜか。
秋の長雨が続いているからだ。自転車日和ではない。
雨が降ろうと風が吹こうとコタローもわたしも自転車通学はやめない。でもさすがに3週連続で土日が土砂降りとなると、誰かに文句を言いたくなる。コタローはわたしに文句を言う。普段はわたしのメールに返信するだけのコタローが自主的にわたしに送信してくる。
‘晴れないぞ。お前のせいだ!’
訳が分からない。わたしが‘バカ!’って返信すると、
‘お前が人にバカなんて無礼な口を利くから天が怒ってんだ、バカ!’と不毛な遣り取りが続き、最後はわたしが根負けする。
行き場を失った怒りをわたしはポピーでゆうきにぶちまける。
「晴れないよ、ゆうき!」
「それって、わたしのせい?」
「分かんない!」
この遣り取りも不毛だ。
ゆうきも就職が決まった。隣の市にある私立の短大の学校事務。自動車通勤になるので、教習所の仮免受けてる。因みに、ゆうきは進路を訊かれた時、‘短大、受かりました’と紛らわしい返事で相手をからかうのが最近の楽しみらしい。
「シズルは免許、いつ取るの?」
「わたし、まだ17だもん。誕生日2月だから、冬休みに取りに行く。そしたらちょうど18歳の誕生日あたりにはまあ、なんとかなるでしょ」
「シズル、免許取っても、車じゃなくて更に高い自転車買ったりするつもりじゃないよね」
「分かんない。もしかしたら最初の給料貰ったら車より自転車優先するかも」
「よくやるねー。そんなに自転車、面白い?」
「うん、面白いよ」
「じゃあ、コタローは?」
「へ?どういう意味?」
「シズルはコタローが好きなんじゃないの?」
「まさか!」
「でも、コタローとシズルって、付き合ってるんだよね?」
「はあ?何でわたしとコタローが付き合うのよ」
「いや、あんたたちの状況って、彼氏彼女にしか見えないって」
「え?嘘?何で!?」
「自転車乗って、デートしてるじゃん」
「あれは、純粋なスポーツだよ」
「それに、家族にもコタローのこと紹介したんでしょ?」
「あれは、なりゆきだよ」
「じゃ、シズルとコタローって、どういう関係?」
「自転車友達」
「それって新語?‘自転車操業’的な、漕ぐのをやめたら恋の炎も鎮火してしまうみたいな」
「違う!自転車だけのつながりの友達、って文字通りの意味だよ!」
コタローと知り合ってからわたしは人と話す時、やたらと‘!’マークを付けるようになってしまっている。気を付けないと。
「ふう。シズル、これは確認の必要があるよ」
「え、何の確認?」
ゆうきは女子高生トークの中ながら意表をついて真面目な顔をして見せる。どうでもいい話のはずなのに、何だか緊張感が高まってきた。
「シズル、一回コタローと自転車抜きで会ってみなよ」
「何、それ」
「2人とも自転車を照れ隠しの道具にしてるだけと私は見たね。幸いここんとこ週末天気悪くて自転車に乗れないんだから、どっか建物の中で会えませんか、とか言ってみなよ」
「‘建物の中’なんて変な言い方」
「あんたらはそこまで念押ししないと土砂降りでも外で自転車に乗ろうとするんでしょ?いいから、メール送りなよ」
「えー、気が進まないなー」
でも、わたしも段々不安になってきた。まさか、わたしがコタローのことを好きってことが万一、砂一粒ほどでもあったとしたら。なんだかコタローに負けるみたいで面白くない。確かに身の潔白をすっきり確認しておくにこしたことはない。
「よし」
メールを打った。
‘最近、天気も悪いし、たまには歩きでどっか建物の中ででも会いませんか?’
「シズル・・・これ、そのままじゃん」
「え、まずい?」
「いや、別にいいけど・・・・おっ?」
わたしのスマホのメール受信音が鳴った。
「もうコタローから返事が来た。こんな時間にあいつ、PCの前にいるのかな?」
‘分かった。土曜の14:00に『大都前』のバス停で待ってる。それと、就職するんでケータイ買った’
「おー、良かったねシズル、コタローケータイ買ったんだね」
「ふーん」
「シズル、これでいつでもコタローとメールで愛を語れるね」
「いやいや、違うでしょ」
‘大都’は鷹井市にある、県内唯一のデパート。まあ、割ときれいな喫茶店もあるし、選択肢としては妥当なところかな。でも、大都なら‘大都前’じゃなくて、‘駅北一丁目’のバス停の方がスクランブル交差点も渡らなくていいし近いのに、あいつ、知らないのかな?
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