第13話 彼を捜索する


 北星高校に着いた時、ちょうどお昼を回った所だった。

 32.195kmを3時間ちょっとで到着、というのが速いのか遅いのかはよく分からないけど、初めての遠出にしてはまずまずだと思う。お腹も空いてはいるけど、まずは何か飲みたい!シャーっと自転車を流して自販機を探す。大抵は部室とか体育館の横にあるはず。大きな体育館が目印になるので、行ってみたら大正解だった。自販機でコーラのMサイズ氷無しのボタンを押し、紙コップに注がれるのを待つ。でき上がりのランプが付いた瞬間に、ひったくるようにして持ち上げ、一気に飲み干す。炭酸でむせないように秘伝の飲み方でのど越しを楽しんだ。

 さて、人から見たらどん亀かもしれないが、「自転車でかっ飛ばす」という第一の目的は果たせた。「あの子の高校まで行ってみたい」という目的も果たせた。残るは、「あわよくば、あの子に会いたい!」という最後の目的だけ。実はどうしようか悩んでいる。

 あくまでも、「あわよくば」会いたいというだけで、「!」を付けたのは照れ隠し。

 大体、会って何をしようっての。しかも、あの子が多田くんの雰囲気を醸し出してたってだけで、わたしは淡い恋心を抱いた訳でもなんでもない。商業高校生であり、実務というものを直視し、しかも夏が過ぎ秋が過ぎたら年明けには18歳になり、就職のため冬休みからは自動車学校に通おうとしているこのわたしは、小学生のときのような乙女ではない。ただ、高校最後の夏の思い出的なイベントとして今回の遠出を位置付けてはいる。旅行ほどはお金もかからず、かつ、一応は男の子に会いに行くというゲーム的・女子高生的要素も持っている。しかも、交通事故以外は危険に身を晒すこともおそらくないようなイベント。一部の弾けたフタショー生のように警察沙汰に巻き込まれることもなく、学生の本分と社会人となるための鍛錬に取り組んできたこのわたし。このイベントこそわたしらしさの表れと言っても過言じゃないよね。

 だから、わたしは、あの子を探すにも、きわめて冷静に実務的に探す。

 え?来てるかどうかも分からない夏休みの学校を探しに来ることがそもそも実務的じゃないって?

 わたしを甘く見ないで欲しい。

 夏休み後半に差し掛かったこの時期を選んだのは十分な事前調査と分析に基づいているのです。

 まず、北星高校は進学校であること。そしてあの子の自転車のステッカーの色は緑。これは3年前の入学年次の生徒に配られる色。なおかつ北星高校の図書館は冷暖房完備で自習室が併設されている。

 つまり、進学校に通う高校3年生のあの子はおそらく大学受験を控えており、夏季講習かクーラーの効いた自習室で赤本でもやるために学校に来ている可能性が非常に高い!わたしはそう分析したわけなのです。さらに、実務家のわたしは、今も当てずっぽうに探すことをしない。まず、今現在この時間に学校にいるかどうかを確認するため、駐輪場に向かい、あの子のメタリックブルーの自転車を探すつもり。

 え?ゆうきの言うように、北星高校に行ってる知り合いに自転車の持ち主を訊く方が実務的?

 いや、それは。やっぱり、ちょっと・・・・恥ずかしい。


「おお!」

 声が出ちゃった。自転車で駐輪場を一回りしただけでいきなりメタリックブルーの自転車、見つけてしまった。駐輪場の鉄骨の柱にワイヤーロックで括り付けてある。

 いや、困ったな。ほんとに来てるとは。ちょっとしたイベントで終わって欲しいという気持ちも結構強かったからな。10秒ほどあの子の自転車の横に佇んでから決めよう。


 決めた。ごく実務的に探し続けよう。実務家として次に取るべき行動は、意外に思われるかも知れないけど、誰かに訊くことだ。自分の知り合いじゃない人に訊くわけだから、こちらの素性を正確に明かす必要もない。ゆうきの提案とは似て非なる行動なのだ。

 さて、通りすがりの北星高生に訊くとしたら、男がいいか、女がいいか。わたしの答えはどっちでもいいけど、女の方がよりよい、って答え。男は子供だから、「女子がお前を探してたぞ!」って大騒ぎになるだろうけど、女は大人で現実的だから、自分が興味ない男子を誰が探してようと淡々と答えてくれるはず。

 あ。うってつけの女子が来た。夏服の着こなしから真面目ではあるけどそこそこくだけてるって感じの適任の女子。よし。

「すみません」

 自転車を引っ張りながら3m程手前から会釈して声をかける。女子も愛想笑いで会釈を返してくれる。

「この自転車に乗ってる人、ご存じないですか?」

 ちょっと不思議そうな顔してるけど、わたしのクロスバイクを見た瞬間、ああ、と納得したような顔してる。いわゆる「自転車仲間」っぽく捉えているのかもしれない。

「高瀬くんですよね。高瀬くんって地元で自転車のクラブかなんか入ってるんですか?」

 やった!名前確認!高瀬くんか。

「ええ、まあ。あの、近くまで来たんでちょっと寄ってみたんですけど。どこにいるか分かりませんか」

「ええ、多分あそこだと思うんですけど」

「図書館ですか?それとも補習中ですかね?」

「いえいえ、ジムだと思いますよ」

「ジム、ですか?」

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