第9話 夏の、冒険という、計画


 さて。夏休みも後半に差し掛かかってきた。わたしはこの夏休み、どこへ行くのもこの自転車と一緒だった。たなべのバイトはもちろん、家から歩いて1分のコンビニにも自転車で行った。8月頭の河川敷の花火大会も、土手でゆうきと並んで座る私のその横に自転車が佇んでいた。

「なんで人込みの中、わざわざ自転車で来んのよ」

ゆうきがそう言うのも正しいんだけど、

「いやー、離れがたくて」

と、意味不明のわたしの理屈で返しておいた。

自転車とべったりだった甲斐あって、街中でも怖がらずに走れるようになった。

 花火の光に顔を照らされながら、ぼんやりとゆうきに問いかけてみる。

「ねえ、ゆうき」

「ん?何?」

「この前、北条先輩と結婚したいって言ってたじゃない」

「あー、そういえばそうだったね」

「今でもまだそう思ってる?」

「まあ、冗談半分、願望半分って感じかな」

「結婚の前に彼氏を作る、っていうのが普通の順番なのかな?」

「どういう意味?」

「いやー、色んな相手と付き合っては別れて、その内に誰か一人と結婚する、みたいなのが結構当たり前になってるじゃない、世の中」

「まあね」

「離婚とかも割と普通になってるじゃない」

「そうだね」

「でもさ。ゆうきやわたしなんかみたいな地味な女がさ、まず彼氏を作って様子をみながら、その内に結婚を考えていくのって、なんか変じゃない?」

「地味な女って・・・まあ、否定はできないけど。確かに、シズルもわたしも人生の中で何人もと付き合えるなんて気はしないけど」

「でしょう?それに、来年には一応社会人になるつもりのわたしらだったらさ、彼氏を作るにしても結婚を頭に置いて付き合う方が自然な感じがするんだけどさ」

「うーん、そうかな」

「だから、ゆうきが結婚願望持ってるのはあんまり違和感ないんだよね。ただ、相手が北条先輩だ、っていうところが現実的じゃないっていうだけで」

「ほっといてよ。つまり、シズルは、もし彼氏を作るなら何度もやり直すんじゃなくって、自分に分相応の現実的な相手を見つけて、最初の彼氏で結婚までこぎつけろと。そういうこと?」

「うーん、そこまで露骨じゃないけど。まあ、自分達がどのレベルの女かって振り返ってみたら、贅沢言える立場じゃないし。そもそも自分は果たして結婚できるんだろうか、って悩んじゃうことも実際あるし」

「大体、シズルはこれまでの人生で彼氏いたことあるの?」

「ない。ゆうきは?」

「ないよ、そんなの。彼氏ができるような人生なら、シズルと2人で花火見に来るような侘しい青春過ごしてる訳ないじゃない」

「青春、て・・・」

「ああ、お見合いで結婚してた時代の人たちが羨ましい」

「うん、確かに。ゆうきやわたしみたいな内気な女にはありがたいシステムかもしれない。彼氏ができないとか深く悩まなくて済みそうだし」

「シズル。もしこの話、辛かったら辛いって言ってね。わたしさあ、多田くんてやっぱりシズルのことを何とも思ってなかったってこと無いと思うんだよね」

「うーん、そうかな・・・」

「相手が地味な女の子だったとしても、告白されたら嬉しいと思うんだよね」

「うん・・・」

「告白した時は多分、うやむやになったんだろうけど、きっと多田くんは心の中でシズルにありがとう、って言ってたと思うよ。それでさ、シズルは自分のこと多田くんが自殺した原因のひとつなんじゃないかなんて言ってたけどさ」

「・・・・」

「逆だと思う」

「え?」

「わたしはシズルがいたから休まずに高校に通えた。もっというと、この二年半、シズルがいたから生きて来られた。同じように、多田くんは死ぬまでの間、シズルに告白されたことをどこか心の拠り所にして、いじめられても学校に通ってたんだと思う。生きていられたんだと思う」

「ゆうき・・・」

「わたしは、そう、思う」

「ありがとう・・・」

「だから、さ。あんまり難しい事考えずに、結婚相手探して行けばいいんじゃないかな」

「そ・・・だね。ゆうきは本気で北条先輩のこと考えてるの?」

「いやー、シズルが言うように、もっと身近なところから探していくよ。シズルは何かあてでもあるの?」

「実は、さ」

「うん」

「彼氏とかそういった話とはまあ別なんだけどさ、ささやかな計画を考えてるんだよね」

「へー。何何?どんな計画?」

「ちょっと旅に出ようと思って」

「へ?旅?旅行?」

「旅行と言うより、冒険かな」

「冒険?」

「この自転車でね」

そろそろ計画を決行しよう。

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