第7話 クロスバイク
「お父さん」
「何だ、気持ち悪いな」
「お父さんに‘お父さん’って言って、どうして気持ち悪いの」
「だって、シズルは俺のこと、‘ねえ’とか‘ちょっと’とか、‘ほらー’とか、ぞんざいな呼び方しかしないだろうが」
「そう?ところでお父さん」
「なんだよ」
夕飯を片付けた後の台所のテーブル。バラエティ番組のリアクション芸人を見ておばあちゃんとお母さんは大笑いしている。呆けた顔でコーヒーを飲んでいるお父さんに誠意を込めてわたしは話し続ける。
「ちょっと思い立つところがあって」
「ふーん」
「買いたいものがあるんだけど」
「ほー」
お父さんはコーヒーを数滴ずつ、いらいらするような飲み方をしている。でも、わたしは誠意を示し続ける。
「何か、聞きたい?」
「いや、別に」
「自転車」
お父さんの顔が安堵の色に変わる。ああ、さすがわが父親。庶民だなーと思うと同時に、たなべ奥さんの‘実生活’という響きも蘇る。
「なんだ、自転車か。いいよ、大分長いこと乗ってたからな。そろそろ替えどきだろ。安全第一」
「ありがとう。それでね、こんなやつなんだ」
お父さんは「あ、店で適当に買うんじゃないのか」といいながらわたしが検索したスマホの画面を見る。途端に顔がこわばる。
「これ、ママチャリじゃないよな」
「うん、違うよ。ちなみに、ママチャリは‘シティサイクル’ね」
「これは何て言うんだ」
「これはクロスバイク。ロードレーサーとマウンテンバイクのいいとこどりしたやつね」
わたしは尾行した‘あの子’が乗っていたのと似たようなタイプの自転車をネットで探した。あの子が乗っていたのはクロスバイク、ってことが分かった。その他に、ロードレース用のロードレーサーとかマウンテンバイクとか、自転車にも色々と種類があることが初めて分かった。
「・・・いくらするんだ・・・」
「これは10万」
「10万!?」
途端にお父さんのコーヒーの飲みっぷりがよくなる。わが親ながらまるで漫画みたい。
「もちろん、バイトで貯めた貯金とかは使うけど、父親としての威厳もちょっとだけ見せてくれたらな、って」
「なんで、こんなの買う必要あるんだよ。ママチャリでいいじゃないか」
「いやー、だから、思うところあって」
「母さんよ、どう思う?」
お父さん、お母さんに振る場面じゃないと思うけどな。
「いいんじゃない?普段から無駄遣いしてる訳じゃないし」
「なら、ばあちゃんはどう思う?」
おばあちゃんに振る場面でもないと思うけど。
「いいと思うよ。シズルは大学行く訳じゃないし、これくらい奮発してやってもいいんじゃないかね」
お母さん、おばあちゃんの援護射撃で購入が決まった。バイト代の貯金で5万、お父さんの太っ腹で5万。さすがお父さん、我が家の長だ。
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