第5話

 私とヴィックは二手に分かれて走り出した。私が右に、ヴィックが左に。ミノタウロスを挟むように位置を取ると、ミノタウロスは狼狽えるように私達を交互に見る。ミノタウロスがターゲットを決める前に、ミノタウロスに向かう。

 同時に二人掛かりで向かって来られ、ミノタウロスは焦りだす。視線を向ける動作がさっきよりも早くなっている。どちらを攻撃するか悩んでいるのだろう。


 だがその判断よりも早く、私達はミノタウロスの下に辿り着く。そして同時に斬りかかるとき、ミノタウロスが動き出す。ヴィックに向かって斧を振り下ろすが、一方の私には何もしない。いや、何もできないのだろう。二人同時に襲い掛かられtときの防御の仕方を、このミノタウロスは知らないのだから。

 私は遠慮なく攻撃をする。四、五、六回とミノタウロスの足を斬りつける。七回目の斬撃を浴びせようとしたときに、ミノタウロスの左手が向かって来る。それを避けてミノタウロスの攻撃範囲外まで下がった。ヴィックの方を見ると、同じような距離にまで下がっている。怪我もなさそうだ。


 次に私達は右回りに走り出す。さっきと同様に、ミノタウロスは焦っているように見える。そしてミノタウロスに判断される前に、再び向かって行く。至近距離まで近づくとミノタウロスは、私を狙って斧を振るった。その攻撃を避けると同時に、ヴィックがミノタウロスに攻撃をする。ミノタウロスは振り向いてヴィックに反撃をするが、それを避けて後ろに下がる。私も二三回斬りつけたあと後退した。



 作戦は至って単純で、しかし効果的なものだった。

 それは別方向からの二人同時攻撃だ。


 目の前のミノタウロスは力は強いが、頭が良くない上に戦闘経験も少ない。だから一人が相手ならともかく、二人同時に攻撃されたらどう動けばいいか、それを判断できる知能が無い。しかも不測な事態に弱いのか、予想外な動きをされると焦る癖がある。焦ったときの攻撃は雑になるため避けるのは容易かった。


 この作戦の問題と言えば、ヴィックがミノタウロスの攻撃を間近で避けられるか、ということだった。

 同時に攻撃するということは、ミノタウロスの懐まで近づく必要がある。そこまで近づいたら、優柔不断なミノタウロスでも攻撃してくるのは予想できることだ。そのときに私を標的にしても、苦し紛れの攻撃ならば、たとえ至近距離でも避けられる自信はある。

 しかしヴィックにそれが出来るかが不安だった。盾で防げばいいのだが、距離がある状態でも受け流しし切れない攻撃を、至近距離で防ぐことは無理だ。だから必然的に避けるしかないのだが、お世辞にもヴィックは身体能力が高いとは言えない。距離が離れていれば予備動作を見て、動きを予測して避けることはできるだろう。だが至近距離ならばミノタウロスの動きを全体で捉えにくくなり、また攻撃が来るまでの時間が短い。故に予測が立てにくくなる上に避けにくくなる。だからヴィックには難しいと思っていたのだが……。


 何度も同時攻撃をしているうちに、ヴィックの動きを見る余裕が出来る。近づいて攻撃される直前、ミノタウロスよりも先に避ける素振りを見せつける。ミノタウロスはその動きに釣られて攻撃するが、ヴィックは先に動いた方向とは逆に動いてミノタウロスの攻撃を空振らせる。またミノタウロスの前で止まって攻撃されそうになると、突然明後日の方向に動き出して避けている。

 私は相手の動きを瞬時に察して攻撃を避けている。しかしヴィックは先に動くことで、相手に自分が狙った場所を攻撃させ、その瞬間に違う場所に移動することで、至近距離でも避けることができている。所謂フェイントという技術だ。私にはまだできない動きだった。


 お手本を見たと言ったが、いったい誰からこんな動きを見せて貰ったのかが気になった。あとで教えてもらうことにしよう。

 つい、口角が上がってしまう。さっきまで絶望的な状況で先が見えなかったというのに、今ではミノタウロスを倒した後の事を考えている。


 その理由は分かっていた。


 一人では困難な場面でも、仲間が一緒なら立ち向かえられる。友達がいれば支えてもらえる。相棒がいれば共に乗り越えられる。その瞬間がとても楽しいのだ。

 お母さんの日記に書いてあった『冒険者をやめられない』という言葉の意味が、少し分かったかもしれない。この感覚を知ってしまったら、やめられそうになかった。



 幾度の攻撃で、ミノタウロスは身体中から血を流している。至る所に傷をつけたというのに、未だに倒れないのは流石と言わざるを得ない。だが息切れをし、時折身体がよろめく姿を見て、限界が近いということを覚った。


 何度目か数えられないほどの同時攻撃を再び仕掛ける。しかしミノタウロスは私達に近づかれる前に斧を振り回し始めた。前後左右に斧を振り回しているため、攻め入る隙間が見当たらない。

 一方でその攻撃は、最後の足掻きの様にも見える。二人同時攻撃の対処方法が分からないため、とりあえず斧をぶん回せば大丈夫だろうという短絡的な解答だ。実際に攻めあぐねているので不正解とも言えないが……。


 ミノタウロスの攻撃を観察すると、一ヶ所だけ攻め入れる隙を見つけた。しかしその隙を攻めるには、またヴィックに囮をしてもらわなければいけない。ヴィックと目が合うと意図を察したのか、笑みを浮かべて頷かれる。


 ヴィックはミノタウロスの斧がぎりぎり届かない距離まで寄ると、視界でうろちょろと動き始める。イラついたミノタウロスはヴィックに近いづて斧をぶん回すが、ヴィックはそれを避け続ける。

 その隙に、私は別方向に走り始める。その先には何の変哲もない木々があった。木々を蹴って、その反動で木を上る。ミノタウロスの頭より高い位置まで上ると、次にミノタウロスの近くにある木に向かって飛び移る。目的の木にまで移動して、ミノタウロスを見下ろした。さっきまでは見上げていたのに、今は見下ろしている状況が少し可笑しかった。


 ヴィックが避けながら、私が登っている木までミノタウロスを引きつける。近づくにつれて、見つけた隙が未だに残っていることを確認する。ミノタウロスの頭上、そこだけ斧の軌跡がない。

 狙いは後頭部から背中にかけての一直線。十分に引きつけると、横回転しながら木から高く跳び上がった。回転しながら、着地位置を確かめる。狙い通りの位置に下りられそうだった。ミノタウロスは未だに気付いていない。

 ミノタウロスの頭上にまで高度を下げる直前に、双剣を前に突き出して刃を横に向ける。剣の構えを崩さずに、回転しながらミノタウロスの頭から足にまで斬りつける。一回、二回、三回転しながら、ミノタウロスの身体に横方向の切り傷を深く残した。


「ぐもぉおおおおおおお!」


 馬鹿でかい悲鳴をあげながらミノタウロスはとうとう前のめりになる。しかし足を前に出して踏ん張って倒れない。止めを刺すために近づくが、直前にミノタウロスは振り向きながら私の足元に斧を振るった。上に跳んで避けるが、空中に浮いた私に向かってミノタウロスは斧を振り上げる。

 迂闊な動きだった。空中だと身動きが取れない。着地してから避けても間に合うか?


 だが、避ける必要は無くなった。ミノタウロスは斧を振り上げたまま静止していた。

 ふとミノタウロスの背後を見ると、ヴィックがミノタウロスの背中に剣を突き刺している。剣身が見えないくらい深々と。


 ミノタウロスは仰向けになるように地面に倒れようとしたので、背後にいたヴィックは剣を抜きながら離れた。倒れたまま動かない事を確認して、私は右手で拳を作ってヴィックに向ける。


「お疲れ様」

「うん、お疲れ……なにそれ?」


 私の姿を見て不思議そうな顔をする。こういうことも知らなかったのか。


「こうやって拳を軽くぶつけ合うのよ」

「……何で?」

「やってみたら分かるよ」


 ヴィックは左手を握って拳を作る。軽く私の拳に自分の拳をぶつけると「なるほど」と言って恥ずかしそうに笑顔を見せた。


「嬉しい、ね」

「でしょ?」


 私もつい笑ってしまった。

 モンスターの脅威は去った。馬車の周辺のモンスターも、今頃はソランさんが排除しているだろう。つまり、心配事は無くなったということだ。


 だから私は、


「じゃ、皆のところに帰ろっか」


 と言ったところで、ヴィックに突然手を掴まれた理由が分からなかった。しかも強い力で手を引っ張られて、ヴィックの後ろに投げ出される。急な出来事だったが、受け身を取って体勢を立て直した。


 そしてすぐに、その理由が分かった。

 倒したはずのミノタウロスが立ち上がって、斧を振って攻撃していた。その標的は、さっきまでミノタウロスに背を向けていた私ではなく、私の避難を優先させてその場に残ってしまったヴィックだった。


 ヴィックはミノタウロスの攻撃を、防御することもできずに喰らった。


 その寸前、安堵した笑顔を私に見せた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る