*ノーネームが解散して試練の魔物と再戦する間の話です
今日も夜一はダンジョンに潜らず会社に出勤するようだ。
朝起きて準備を整えたら電車に乗って出社する。
あのダンジョン狂いだった夜一がこんな生活を送るだなんて少し私の前に言っても絶対に信じない違いない。
(それにしても相変わらず猫を被るのが巧いわね)
会社に着いたら周囲の人間に挨拶して自分のデスクに向かう。そしてパソコンに向かって何か打ち込み始めた。
たぶん最近は回復薬作成の事業を担当するって話だったからそれについての報告書か何かだろう。
(仕事に集中する横顔も良い……)
ダンジョンで魔物を相手にしている時はワイルドというか野生的な感じがある。
だけど会社に居る時はキリっとしていてもどこか冷静な感じがするのだ。
インテリ的って言えばいいのだろうか、試しに眼鏡とか掛けてみてほしくなる。
「外崎さん、回復薬についてですけど……」
パソコンでの作業を終えたら研究室に向かって回復事業の研究者と真剣に言葉を交わしている。
その人物が外崎という男なのは少しホッとした。
今のところ多く関わっているのは彼だけだし、夜一は自分が会社の御曹司であることを伏せているので寄り付く女はそう多くはない。
(夜一の魅力はそんなところじゃないのに。見る眼のない奴らね)
でも見る眼があって近付かれたら困るのでその方がいいか。
今日の昼食は席が近い男性社員が近くの定食屋を紹介してくれるとのことで、そこに一緒に行くらしい。
でも私には分かっている。夜一が内心でそれを面倒臭がっているのが。
ご飯を一緒に食べること自体は別にどうでもいいだろう。だがその際に色々と聞かれるのが嫌なのだ。
そして私にとって夜一が嫌がることをする奴は敵だ。つまりこの名前も知らない男性社員は敵となる。
現に今も恋人はいるのかとか、結婚する気はあるのかとか聞かれているし。
(いや、ナイス! いいぞ、もっと聞け!)
前言撤回。こいつは使える奴だ。
夜一も会話を断って気まずい雰囲気になるのは避けるために多少は答えようとしている。
「恋人はいないですけど結婚願望はなくはないですね」
「へー。ちなみにどんな人が好みなんですか?」
(よくやった! さあ、夜一! 答えなさい!)
酒の酔うことのない夜一はこういう話題で核心に至る発言はしたことがない。
だがもしかした今日、それを聞けるかもしれないとあって興奮が抑えきれない。
「そうですね、俺は」
「俺は!?」
だがそこで頭の中に流れていた映像が突如途切れた。肝心なところなのに。
「朱里! 映像が途切れたんだけど!」
「うるせえ! こんな下らねえことにいつまでも人を使ってんじゃねえよ! こっちだって忙しいんだよ!」
そんなことを言ってるが私には分かっている。
「どうせ思わぬ話題に動揺して夜一に監視してるのがバレそうになったんでしょ!」
「ち、ちげえよ! な、何言ってやがる!」
思いっきり言葉に詰まっているしこの子はこれで隠せてると思っているのだろうか。
「バレてもいいから早く戻して!」
「バレてもてめえは困らねえからな!」
そう、こっそりとスキルを使って監視しているのがバレたしてもやったのは朱里なので私は困らない。
「なにが夜一を監視すれば監視技術が磨ける、だ! ただてめえが見てえだけじゃねえか!」
「そんな分かり切った嘘に乗って監視してる時点で朱里も同罪でしょ!」
「う、うるせえ! 別にアタシは分かってて乗った訳じゃねえからな! 本当だぞ!」
結局、映像が戻った時にはその話題は終わってしまって肝心な話は聞けなかった。
しかも怒った朱里はもう監視しないと断られる始末。
「仕方ない。金で雇えばいっか」
私が尾行しても夜一は気付くだろうからそれは無理。
ならば他の手を使うまで。
とりあえず良い質問をしたあの名前も知らない男性社員から情報を聞き出すとしよう。