みなさんこんにちは。詠暁です。
先日発表されたカクヨム甲子園の中間選考を「薄まる夜と来訪者」「さがしもの」の二作品が突破しました。いつも応援ありがとうございます。
今回は中間選考カクヨム甲子園2025に初参加してみての感想と作品の振り返りをしようと思います。
参加してすぐ思ったのが、自分の作品は浮いているな、ということでした。初めて描いた作品、その上高校一年生という最年少学年にも関わらず、よくもわるくも「高校生らしさ」がない。それは自分から見ても読者から見てもそうであったようで、感想をもらったとき、「自分はここでも子供らしくいられないのか」と単位を落としたような気持ちになりました。
中学校の演劇部で台本を書いたとき、「書きたい作品」を作っていれば誰も評価などしてくれないと思い知りました。自分が自由に創作をしていれば、台本を面白いと思ってくれた部員たちにも迷惑がかかる。だから「見てもらえるような作品」以外を作りたいと思えるような純粋さはもうきっと同年代の人よりも失われてしまっているのでしょう。それが今回功を奏し中間選考を突破できたと考えると皮肉なものですが。
ただ一つ救いなのは自分はそれでも小説を書くのが好きだということです。初めて日も浅いけれど、書き表したいことがたくさんある。それだけで十分なのではないでしょうか。
それでは、少し参加した作品の振り返りをしようと思います。
「薄まる夜と来訪者」https://kakuyomu.jp/works/16818622171796893577
趣味のない祖父が本を読み始めたと聞いて初めて書いた小説です。差し出すだけが優しさではない中で、ただ受け止めることの難しさを描けていたらいいです。
「風下の君へ」https://kakuyomu.jp/works/16818792439172741562
演劇で育てた創作観を詰め込みました。長いお話を書くのは得意でないので、あまり出来がいいとは言えないのですが、頑張りました。各話のタイトルを繋げると、ある人へのメッセージになります。今どこで何をやっているのかはわかりませんが、いつか届けばいいなと思います。
「微睡みのなかで」https://kakuyomu.jp/works/16818792440037703699
この話は読む人によって印象が分かれると思います。現実と非現実に隔てられながらも邂逅があり、別れもある。想像はの産物さえ永遠を許してくれることはありません。それでも、実体がなくても思いが確かに存在していたなら、そんな思いを込めて書きました。
「さがしもの」https://kakuyomu.jp/works/16818792440044506421
知らず知らずのうちにできた傷がひりひりと痛んでいるような等身大の高校生を描けていたらいいな、と思っています。「愛するって何?」そんな作品です。
これからも幼児が描いた絵を見せるように、楽しく作品を作っていけたらなと思います。ありがとうございました。