自動車が排気ガスの推進力で進むと、中学くらいまで勘違いしていた馬渕です。
こないだ紫電改を見て、飛行機のエンジンがどこなあるのか初めて気づきました。まぁ、良いや。
日頃の感謝を込めて掌編です。
トラックに薄暗いため、ドライブシーンはAIに手伝ってもらいました。
タイトル 食えない兵站
闇に沈むジャングルの悪路を、九四式六輪自動貨車が滑るように駆け抜けていた。
敵に見つからぬようヘッドライトは消灯、頼るは月明かりのみ。
ハンドルを握るは、輜重兵・山下正吾兵長。
敵の迫撃砲弾が前方の木々を吹き飛ばしても、眉一つ動かさずクラッチを踏み込み、泥濘の深い轍を神業のようなシフトチェンジでかわしていく。
敵の哨戒機が上空を通過する間はエンジンを切り、慣性だけでカーブを抜けるその走りは、連隊内で「夜霧の正吾」と囁かれるほどの腕前だった。
夜明け前、車体各所に泥と硝煙を浴びながら、トラックは最前線の前進拠点へと飛び込む。
「輜重が来たぞ! 弾薬か! 飯盒炊爨の米か!」
飢えと疲労で限界を迎えていた歩兵たちが、歓声を上げて荷台に群がる。だが、助手席の重いドアが開き、泥まみれの軍靴ではなく、磨き上げられた長靴が地面を踏んだ瞬間、その期待は霧散した。
降り立ったのは、アイロンの効いた軍服に身を包み、ピンと背筋を伸ばした経理部の少佐だった。
「……な、なんだ、視察の偉い人かよ……」
「飯でも弾でもねえのかよ……」
前線の兵から深い溜め息が漏れ、落胆の色が広がる。こんな激戦区にまでお偉方の視察かと、誰もが肩を落としたその時、少佐がふっと口元を緩め、幌の結び目を自ら解いた。
「皆、よく持ちこたえてくれた。自分は手ぶらで視察に来るほど無粋な男ではないぞ」
バサリと開かれた荷台の奥には、木箱が隙間なく積まれていた。少佐がバールでその一つをこじ開けると、ぎっしりと詰まった小箱の、鮮やかな黄色が露わになる。
「実はな、内地で菓子会社を営む私の兄が、『前線の将兵に栄養と元気を届けてくれ』と私財を投じて託してくれた特製の滋養菓子《キャラメル》だ」
一瞬の静寂の後、陣地は先ほど以上の大歓声に包まれた。
配られたキャラメルを頬張り、泥で汚れた涙を流して笑い合う兵士たち。
「山下兵長は食わんのか?」
少佐が、自動貨車の傍に立つ正吾に話しかける。
「甘いものは苦手でしてね」
正吾は運転席の扉にもたれかかり煙草に火をつけながら、甘い匂いに満ちた前線を見つめ満足そうに微笑むのだった。