「一」
のど赤き玄鳥ふたつ屋梁にゐて
足乳根の母は死にたまふなり
斎藤茂吉
「二」
孟夏の十字街をおもへ
…世界はあげて銀製の大坩堝のみ
日夏耿之介『羞明』より
「七」
これから、わたくしは何も願はないだらう
覓めたものは小さく享けたものは大きい
願ふなき願ひの日日に生きよう
和らぎと微笑みとは、かくして来るであらう
城左門『ねがひ』より
「十」
ぼくは歩いてゐた
風のなかを
風は僕の皮膚にしみこむ
この皮膚の下には
骨のヴァイオリンがあるといふのに
風が不意にそれを 鳴らしはせぬか
堀辰雄
「蝶」
ままごとのやうな生活(くらし)を幸せだと喜ぶ
妻よ おまへは本当に幸せなのか
おまへの笑いがあどけないほど
おまへは泣いてゐるのではないか
悲しみを おまへは包んでゐるのではないか
これが生活(くらし)といふものか
幸福とはかうも静かに悲しいものなのか
大木実『冬夜独居』より