今回は「『あゝ 美味しい』」をお読みいただき、また多くのコメントをいただきありがとうございました。
当初は企画として百合のストーリーを想定しており、第1話がその原型にあたります。「骨噛み」から着想を得て構成しました。
予想以上に反応をいただけたこともあり、加奈子との関係性をさらに掘り下げたいと考え、あわせてカクヨム10テーマ小説コンテストへの応募も視野に入れ、一万文字程度まで物語を拡張しました。
「加奈子と一つになりたい」
好きな相手と同一化したいという欲求は、誰しも程度の差はあれ抱きうる感情だと思います。
作中で加奈子が語る「彼らみたいになりたいの」という言葉は、屠殺される食肉を指しています。愛する相手に一滴残らず取り込まれたい、自分が相手の一部になりたい——その発想の延長として、彼女はヴィーガンという選択に至っています。
なお、この設定は「肉食の家畜は味が落ちるらしい。それならベジタリアンの方が美味しいのではないか」という雑談から着想を得ています。
物語は淡々と進行しながら、二人の関係は後戻りできない段階へと深まっていきます。内面としては「澄んだ水のような愛」が描かれていますが、それはあくまで当事者の認識に過ぎないのかもしれません。
最後に肉を食べ終えた後も、そこで終わりではありません。
残されたものは土に還され、そこから育ったものを再び取り込む。そうして「私」は、繰り返し加奈子を体内に取り込み続けます。
この循環を美しいと感じるかどうかは、読み手に委ねられる部分だと思います。
現実的に考えれば、「私」は相当な栄養失調状態にあるはずです。「今日は休みだからゆっくり味わう」と語っていますが、それが社会的な意味での安定した生活を示しているとは限りません。むしろ、この時点で
日常生活は破綻している可能性もあります。
やがて土も痩せていくでしょう。
そのとき、「私」自身もまた同様に枯れていくはずです。
糞尿にまみれたプランターの土。
それを抱きしめるように座り込み、動かなくなっている「私」。
実際の光景は、決して美しいものではないかもしれません。