私は、登場人物が少ない作品では、あえて固有名詞を付けないことがあります。それには二つの理由があります。
一つ目は、読者に「もし自分だったらどうするだろう」と考えながら読んでほしいからです。
主人公を「○○という人物」として描いてしまうと、読者はその人の物語を客観的に眺める立場になりやすくなります。しかし、名前を与えないことで、主人公との心理的な距離は少し縮まります。私は、読者が主人公を見守るのではなく、その立場に立ち、物語の中で突きつけられる選択を自分自身の問題として受け止めてほしいと考えています。
二つ目は、物語への没入感をより高めるためです。
固有名詞は人物を識別するうえで重要な要素ですが、その一方で、「その人だけの物語」という印象を与えることもあります。あえて名前を付けないことで、読者は主人公を特定の誰かではなく、自分自身や身近な誰かへ自然と重ね合わせやすくなります。その結果、登場人物の感情や葛藤、選択をより身近なものとして感じられ、物語への没入感も深まると考えています。
もちろん、すべての作品で名前を付けないわけではありません。登場人物が多い作品や、それぞれの人物の人生や関係性を丁寧に描くことが主題となる作品では、固有名詞は欠かせない要素です。一方で、登場人物が少なく、作品の主題が個人の人生そのものではなく、人間一般が直面し得る倫理的な選択や普遍的な問いにある場合には、あえて名前を与えないという表現を選ぶことがあります。
私にとって名前を付けないという手法は、人物の個性を消すためではありません。読者と物語との距離を縮め、「もし自分がこの立場だったらどうするだろう」という問いを、より切実なものとして受け止めてもらうための表現の一つです。作品を読み終えたあと、登場人物の名前ではなく、その人物が置かれた状況や、自分ならどんな選択をしただろうという問いが読者の心に残ることを願っています。