みなさん、こんばんは。
いつもお読み頂きありがとうございます。
前回お話ししたSS回です。
第69話 放課後6 にて第7章が終わり、次話から第8章 テラニード王国編が始まります。
テラニード王国へ向かう遠征の準備が整うまでの間、フェリたちは王太后さまの訓練を受けつつ午後は自由に過ごしています。
ここで、ヨルロン5でフェリがセリスと約束したクッキー作りを行うのですが、SS回はその前夜のお話になります。
フェリがどうしてクッキー作りを渋っていたのか。
ぜひお楽しみください♪
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SS回 クッキー
「フェリ。大好き」
耳朶にキスしてきた彼女は、ぴったりと体を寄り添わせてきた。
素肌が気持ちよくて、ついすり寄っちゃう。
彼女の体がひんやりしてるから、熱った体にはなおさら気持ちよくて。
いつもやめてくれないくせに、今日はどうしたんだろう。
…なんて、ほんとはわかってる。
隙間なく密着して抱きしめ合う。
これだけでもすごく気持ちがいい。
温かくて、ほっとして、愛されてるって解る。
「明日のこと、不安?」
「…」
その通り。
あの場の勢いで約束しちゃったけど、断ろうかと迷うくらいに。
「話せる?」
耳元で彼女がやさしく尋ねてくれる。
私が聞けば、大丈夫だと彼女は返してくれるでしょう。
優しい彼女の結界の中。
聞こえてくるのは、愛しいあなたの鼓動と呼気だけ。
完全に守られてるってわかってても、口には言い出しづらくて。
やさしい眼差しに背を押されて、一言だけ言えた。
「見てるだけでもいい?」
もちろん、と間髪入れずに返してくれた。
「わたしとフォーレで作るから。フェリは好きなようにしていい」
「うん。ありがとう」
安心して眠れたのに。
「フェリシア!今日は感謝祭のクッキーを作るんだって!おいでよ!」
いいのかな? 逡巡は伸ばされた小さな手に掴まれて、何度か入ったことのある城内の裏戸口から入り込んだ。
侍女さんたちが忙しくしていて、台所からは甘くていい匂いがする。
私が兄さまに手を引かれるまま台所に入ると、お母さまの腕には小さな赤ちゃんがいて、私を見つけた瞳がまんまるから、悲しげに伏せられた。
台所には侍女さんたちもたくさんいて、ひっと息を呑む人もいる。
やっぱり来なければ良かった。
「ライハルト。どうして連れてきたの? 城内に入れてはいけないとあれほど言っているでしょう?」
兄さまは可愛らしく小首を傾げた。
「でも年明けに配るクッキーはたくさんの人の手で作った方がご利益があると、お母さまが仰ったではないですか? だから今日はここにたくさんの侍女がいますよね? 涎でべたべたのマニーシャにだってクッキーを捏ねさせるんでしょ?」
「マニーシャの手は綺麗に洗うわ。当然でしょう」
お母さまは私を最初に目を入れてから、決して目を合わせてはくれない。兄さまだけしかいないみたいに。
「フェリシアはそれに含まれないのよ」
誰かがぼそりと呟いた。
ー忌み子が、ご利益だなんて…
「おじい様は忌み子は精霊にとって益があると仰ってました。天災があればフェリシアを捧げて豊穣を願うのでしょう? なら、人にも益があると思いますが」
侍女さんたちがざわついた。
小声でも、私にはなんて言ったのかわかった。
精霊と人が同じわけないのに。
ダインガルド様は博愛主義でいらっしゃるから。
気味が悪い。
精霊の恵から漏れたから忌み子なのに、益なんて。
「ご、ごめんなさい」
「フェリシア!」
兄さまの手を振り切って、離れの家に逃げ帰った。
わかってたわ。こうなるなんてこと。
どうして少しでも期待したんだろう。
家に遊びにきていた兎が城壁の隙間から城内に入ったことがあった。
見つかれば捕まって食べられてしまう。
私は兎が通った穴をどうにか通り抜けて、兎を追いかけた。城の者に見つかればただではすまないから、物陰から物陰へと身を潜めながら兎を探した。
その途中、覚えのある甘い匂いが鼻を掠め、ふと頭をあげると鎧戸の向こうに台所があった。
大きくなった妹のマニーシャとお母さまが楽しげにクッキーを作っているようだった。
そこに兄さまが現れて、型抜きを手伝っていた。
それは本当の家族で。
幸せそうに笑い合うなかに、私は決して入れない。
その日の夕刻、兄さまが私のところにクッキーを持ってきてくれた。
内緒だよ、と言って。
それは私が入れない、家族の幸福が詰まった甘い香りがする。
「いらない。兄さまが食べて」
「僕はいっぱい食べたからね。今は食べたくなくても後で食べなよ」
兄さまがいなくなったあと、私はクッキーを握りつぶして竈門へと投げ捨てた。ぼっと一瞬炎が舞い、そして真っ黒になった。
焦げ臭い匂いが鼻をついた。
頬が冷たい。
背中からは小さい気配。フォーレね。
前には額をくっつけるようにしてラウがいた。
ラウの腕が腰骨に乗ってる。抱き合って眠った時のなごり。
悲しみと幸福が去来して、私はラウに抱きついた。
いまは縋り付きたかった。
胸元に顔を埋めて、涙もそのままに泣きついた。
「悲しい夢でもみた?」
寝ぼけたままでも慈愛に満ちた緑青の瞳は、やさしく笑んで、ぎゅうっと息が詰まるほどに抱きしめてくれた。
「あいしてる」
そう言って、しばらくすると抱きしめる腕はそのままに、寝息が聞こえてきた。
私が泣いたのをみてもオロオロしたりしない。
なんでもないって、いつもみたいにしてくれる。
眠ってても痛いくらいにぎゅうぎゅうで、絶対離さないって体で解らせられる。
その窮屈さと温かさに、私の胸中もやっと落ち着きを取り戻せた。
いつもみたいでいい。
怯えなくていい。
彼女が言ってくれたことを信じればいい。
ついぞ母には一度も抱きしめられなかった。
でも今は…。
ラウの胸がふわふわすぎるからだとおもう。
彼女の穏やかな寝息が、私の中に忍び込んできて、自分のが紛れるのにそう時間はかからなかった。