**批評する自由がなければ、称賛の意味も薄れてしまう**
カクヨムで作品を読むようになってから、これまでに二、三百作品ほど目を通してきました。
その中で、最近少し気になっていることがあります。
小説の投稿サイトというものは、当然ながら作者だけで成り立っているわけではありません。作品を書く作者がいて、それを読む読者がいて、その両方がいて初めて一つのコミュニティになるのだと思います。
けれど、今のカクヨムを見ていると、作者を守ることにはとても慎重である一方で、読者側に求められるものは少し厳しすぎるのではないか、と感じることがあります。
たとえば、作品のタグについてです。
タグというのは、単に検索のために付ける飾りではなく、「この作品にはこういう内容が含まれています」という、作者と読者の間の小さな約束のようなものだと私は思っています。
読者はタイトルやあらすじだけでなく、タグを見て、「これは自分に合いそうだ」「こういう内容なら読んでみよう」と判断することがあります。
だからこそ、できるだけ作品の内容に合ったタグが付けられていることは、思っている以上に大切なのではないでしょうか。
ところが実際に読んでいると、かなり多くの喧嘩や暴力的な場面があるのに、それを示すタグが付いていなかったり、「純愛」というタグから想像していたものとはかなり違う、複雑な恋愛関係が描かれていたりする作品に出会うことがあります。
もちろん、作者の方に読者をだまそうという意図があるとは思っていません。
作者にとっての「純愛」と、読者にとっての「純愛」が違うこともあるでしょうし、どこからを「暴力描写」と考えるかについても、人によって感覚は異なると思います。
それでも、タグを手がかりに作品を選んだ読者としては、「思っていたものとずいぶん違ったな」と感じてしまうことがあります。
これは意図の問題というより、作者と読者の間で情報がうまく共有されているか、という問題なのだと思います。
そして、もう一つ気になっているのが、読者側から作品について何かを指摘することの難しさです。
カクヨムでは、作者を傷つけたり、創作意欲を失わせたりしないように配慮することが重視されているのだと思います。それ自体は、とても大切なことです。
創作物を公開するというのは、思っている以上に勇気のいることですし、悪意のある言葉や攻撃的なコメントから作者を守る必要があることには、私も異論はありません。
ただ、その「作者を守る」という考え方が強くなりすぎた結果、今度は読者が作品について率直な感想を書くこと自体をためらうような雰囲気になってはいないでしょうか。
少し否定的な感想を書くだけでも、「これは書いて大丈夫だろうか」と考えてしまう。
かなり言葉を選び、できるだけ丁寧に書いたつもりでも、批判的だと受け取られればコメントが削除される可能性がある。
さらに、その積み重ねによってアカウントへの影響まで心配しなければならないとすれば、読者としては自然と何も言わなくなっていくでしょう。
そうして残るのが、応援と称賛ばかりのコメント欄だとしたら、それは本当に健全な状態なのだろうか、と少し考えてしまいます。
もちろん、
「面白かったです」
「続きが楽しみです」
「この作品が大好きです」
という言葉は、とても大切なものです。
作者にとって大きな励みになるでしょうし、そうした言葉が創作を続ける力になることもあると思います。
けれど、もし肯定的な感想だけが安全で、否定的な感想には大きなリスクが伴うのだとしたら、その場所で語られる「称賛」の意味も、少しずつ変わってしまうのではないでしょうか。
自由に「これは好き」と言えることと同じくらい、節度を守った上で「これは少し合わなかった」「ここには違和感があった」と言えることも、本来は大切なのだと思います。
批評と中傷は、もちろん同じものではありません。
人格を攻撃することと、作品について意見を述べることも違います。
その境界をきちんと考えることは必要ですが、すべての否定的な意見を「作者を傷つける可能性のあるもの」として遠ざけてしまえば、読者と作者の間にあるはずの対話まで失われてしまう気がします。
カクヨムが作者を大切にする理由は、よく分かります。
作品を生み出すのは作者ですし、その中から書籍化される作品が生まれることは、プラットフォームにとっても重要なのでしょう。
けれど、だからこそ私は、読者も同じように大切にしてほしいと思っています。
読者は単なる数字ではなく、一つ一つの作品を選び、時間を使って読み、時には応援し、時には離れていく存在です。
そして、本当に面白い作品を見つけて、それを長く支えていくのもまた読者です。
作品への情報が十分でなく、率直な感想も書きにくい環境になってしまえば、結果的に困るのは作者側でもあるのではないでしょうか。
たくさんの作品が投稿される場所だからこそ、作品の内容が適切に伝わり、読者が安心して自分に合った作品を探せること。
そして、作者への敬意を忘れない範囲で、読者も自分の感じたことをある程度率直に語れること。
その二つが両立して初めて、本当に良い作品が見つかりやすくなり、長く愛される作者も生まれてくるのではないかと思います。
これは、あくまで一人の読者として、しばらくカクヨムを利用してきた中で感じたことです。
私自身の理解が足りない部分もあるでしょうし、運営側には運営側の事情があることも承知しています。
それでも、作者にとっても読者にとっても、もう少し安心して「好き」と「好きではなかった」の両方を言える場所になったらいいな、と私は思っています。